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第三百十六話『騎士たちを統べる騎士』

「マルク殿、迅速なお呼び出し感謝する。レーヴァテイン様はこの国にとっても例の事件にとっても重要なお方だ、すぐにでも私たちと情報共有をしなくてはならないからな」


「いいんだよ、見守るって言い出したのはこっちだし。事件が終わってから今までのお前の頑張りに比べて、俺たちができることなんてこれぐらいしかないんだからさ」


 続けて俺たちの方にも深々と頭を下げるロアルグに、俺は片手を軽く振りながら返す。俺たちもこの五日間ロアルグの世話になりっぱなしだし、むしろ感謝しなくちゃいけないのは俺たちの方だった。


 アグニの襲撃自体はあれで終わりを告げたとはいえ、今回の事件は規模も巻き込んだ顔ぶれも今までとは違いすぎたからな……。ロアルグの指揮のもとに騎士団がうまく事後処理をしてくれなければ、最悪後一週間ぐらいはバラックで立ち往生する羽目になっていたっておかしくなかっただろう。


 それに加えて寝泊まり場所として騎士団の本部の一室も提供してくれてるんだから、ロアルグの厚意には本当に頭が上がらない。もう少し早く事件に介入してくれていれば本当に言うことはなかったが、それが無理な話だったってことももうはっきり分かってることだ。


 ――そう、状況はこの五日間の内にも変わっている。それによって生まれた疑問も決して少なくないのだが、まずはアネットがその段階に追いつくことを最優先にしなくちゃな。


「――というか、こんな朝早くでもあなたはすぐに駆けつけてくるのね。まさか徹夜してるわけでもないでしょうし、本当にどういう鍛え方をしてるの?」


 襲撃が決着してもなお忙しかった五日間に俺が思いを馳せていると、リリスが呆れ半分と言った様子で俺の後ろからそう問いかける。その言葉にからかう様子は微塵もなくて、どうやら心からロアルグのバイタリティに疑問を持つ……というより、若干だが引いてすらいるように見えた。


 俺から見たらリリスも十分瞬発力のある方なのだが、その視点から見てもやはりロアルグの反応速度には目を見張るものがあるらしい。だが本人からしたらそう特別なことでもないようで、返ってきたのは実に単純な答えだった。


「王国にその身を捧げた以上、私は二十四時間いつでも騎士として相応しい心構えでいなくてはならない。そのことを深く心得ていれば、眠っていようと呼びかけに答えるなど容易いことだぞ」


 まるで世界の常識を語るように、それ以外の正解があるのかと言わんばかりにロアルグはそう断言する。……それに対して、俺達はしばしの間沈黙するしかなかった。


「……なんでかしらね、ツバキ。今のロアルグの言葉、あの商会でも聞いたことがあるような気がするのだけれど」


「いいやリリス、ロアルグのあり方はそれ以上だよ。だってボク達はただ戦えるようにしていればよかったけど、彼はそれに加えて騎士らしい立ち振る舞いも心がけなきゃいけないんだから」


「うん、間違いないな。結構過酷な生活を送ってきた自覚があるけど、まさかそれがこうも霞んで見える日が来るとは思わなかった」


 その沈黙を破ったリリスの問いかけに。ツバキとメリアの姉弟はため息を吐きながら同調する。これが騎士団長の言葉と分かっているからそれなりの美談に聴こえているものの、その背景を取っ払った後に残っているのはとんでもなく過酷な現状だった。


 騎士の力が必要になるような事件がいつ起きるか分からないことを思えばその在り方は理想的なんだろうが、そんなに気を張っていたらすぐにダメになってしまいそうだ。……逆に言うならば、それを苦にしない精神力が王国騎士に必要な素養だってことなのかもしれないけどさ。


「仮にそれが正しかったとして、とんでもなく疲れる生き方なのは間違いないしな……。休みの日はちゃんと休まなきゃ本当に体がどっか悲鳴を上げるだろ」


 ロアルグと同じような生き方をしている自分を想像して二秒、すぐに俺の背中を冷たいものが走る。リリスたちのような護衛としての生活にも耐えられなさそうなのに、そこに加えてその称号に相応しい在り方を身に着けなくちゃいけない騎士の責務に俺が耐えられるはずもなかった。


 だが、そんな呟きにロアルグは小さく首を傾げる。その姿勢のまま少ししてから、ロアルグはゆっくりと首を横に振ると――


「――休むも何も、私は騎士以外の生き方を知らぬ身だ。お前たちが想像しているような休暇と言うものは、私にとっては存在しないと言ってもいいだろう」


「……は?」


 またしても冷静に告げられた言葉に、真っ先に声を上げたのはメリアだ。全くもって理解ができないと言いたげなその眼は、今や俺たち四人の意見を全て代弁しているように思えた。


「休みがないって、それじゃああなたは一年中騎士としての役割を果たしていると? 王国を統べる騎士として、毎日何かしらを解決し続けていると、そういう事なのかい?」


「ああ、大体そういう事だ。仮に王国が穏やかだったとしても、その時間は己の身体や剣と向き合う時間に消えていくばかりだからな」


「「「「…………」」」」


 ロアルグから返ってきた答えに、俺達は今度こそ絶句する。俺たちと合流してからずっと騎士たちの指揮を執り続けているのは、別に特別でもなく普段通りの事だったらしい。……そりゃ確かに、さっきから価値観が微妙にかみ合わないわけだ。


「……あのなロアルグ。一人の指揮官がずっと休まずに組織を回し続けてるってのは、実はとんでもない大偉業なんだぜ?」


「そうでもないさ、私の部下たちは優秀だからな。今私がすべきことはその情報をもとに次の動きを考えることと、部下たちでもどうにもならないような問題を代わりに受け持つこと。いつでも騎士として役目を果たすという心構えができていれば、平時も有事も大した違いではない」


 俺からの説明にもなぜか笑顔が返ってきて、俺は無意識のうちにのけぞってしまう。騎士団長として完成しきっているロアルグの在り方は、俺たちの常識を受け容れる隙間なんてないぐらいに強固なものだった。


「……諦めてくださいまし、団長は昔からずっとこうですわ。というか、こうだからわたくしは団長に教えを乞うたんですのよ」


 二の句が継げずにただ黙ってロアルグを見つめていると、小さくため息を吐いたアネットが話に割り込んでくる。そこで聞こえてきた『教えを乞うた』という表現に、俺達は耳を疑った。


 まあ確かに、ロアルグの技術を継承するのは強い騎士になるための最短距離とも言っていいだろう。だけど、今までのやり取りを見る限りロアルグって教えることに関してそんなに上手だとは思えないのが気になるんだよな……。


「……アネット、貴女の剣ってまさかロアルグから教わったものだったの?」


「ええ、騎士としての剣術も心構えも、騎士としてのわたくしを作り上げたのは団長と言っても過言ではありませんわ。その関係に至るまでにわたくしがどれだけの労力を費やしたか、今も克明に思い出せますわね……」


 信じられないといった様子で問い直したリリスに、しかしアネットは堂々と首を縦に振る。そのまま昔を懐かしむように目を瞑ったアネットだったが、その思索を遮ったのは少しばかり硬くなったロアルグの声だった。


「当然でしょう、レーヴァテイン様はこの国の未来を担われる方なのですから。そんな方が突如『貴方が今一番騎士らしい騎士であるとお聞きしましたわ』と言って弟子入りを志願されても断られるのは当然ではありませんか?」


 かしこまった口調でそう理屈をたて、ロアルグはアネットの思い出を一喝する。言っていることは至極真っ当なのだが、ロアルグが常識を説くという光景自体が何となく違和感のあるものになってしまうのだから不思議な事だった。


「あーそうそう、そんなことも言われましたわね。それでも諦めずに門を叩き続ければいつかは受け入れてくれる当たり、執念の大事さを思い知らされるというものですわよ」


「ええ、それは間違いありませんが……いやしかし、それをいま語っている場合ではないのです」


 話が二人の過去へと流れていこうとしたところを、ロアルグがぶんぶんと首を横に振りながら引き留める。話が収まったのを確認してロアルグが一つ咳払いをすると、その瞬間にこの部屋の纏う空気が引き締まったものへと切り替わった。


 咳払いと言う些細な動作をトリガーとして、この部屋が歓談の場から討議の場へと変化する。たとえ誰がこの場に居ても、よほど鈍感な奴でない限り今から真剣な話が始まるというのはすぐに理解できるだろう。


 それを可能にしているのは、ロアルグが持つ特有の存在感だ。今こうして同じ空間に存在しているだけで、『騎士団長』という彼の肩書が伊達なものでないことを改めて実感させられた。


「……レーヴァテイン様とマルク殿一行が出会った古城襲撃事件は、厳密なところを言えばまだ解決していません。まだ謎は残されており、それに伴って危険性も高いままです。……だからこそ、私たちは少しでも正確にこの事件の真相を探る必要がある」


「ああ、そうだな。俺たちとアネットとメリアとロアルグ、この四勢力が持ってる情報を整理してまとめなきゃ本当の真相は見えてこねえ」


 実を言えばそこを合算してもなお分からない部分はあるのだが、そこはひとまず目をつぶるしかない。今の俺たちにできるのは、周到に仕組まれたあの事件の背景をできる限り覗き見ようと足掻くことしかないんだからな。


「……とはいえ、目覚められたばかりのレーヴァテイン様には不確かな事も多いでしょう。マルク殿、あの古城から今に至るまでの事情について説明をお願いしても?」


「ああ、そこは俺に任せとけ。アネットも聞く準備はできてるか?」


 現状の俺たちのスタンスを説明しきって、ロアルグは俺の方へと水を向けてくる。それに頷きながら問いかけると、いつの間にか背筋を伸ばしたアネットからはっきりした頷きが返された。


 その真剣さに感心しながら、俺はゆっくりと息を吸い込む。それぐらいの心構えで臨むのが正しいぐらい、アネットが目覚めるまでの五日間は濃厚なものだった。それを改めて一から語るために、俺は古城での顛末をもう一度思い返して――


「今からお前に伝えるのは、お前が眠ってた間の五日間の話。……あとは、俺たちがこの事件に関わることになった理由に繋がる話だ。心して聞いててくれよ」


――そう、話の口火を切った。

 ロアルグという新キャラが出たばかりではありますが、次回から空白の五日間が語られることになります! その中にもロアルグはばっちり登場すると思いますので、今に至るまでのマルクの道のりをぜひお楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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