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第三十一話『極端なスイッチ』

「私たちの次の目標は『ダンジョン開き』。決まったからにはそこに向けて準備を整える、っていうところまでは良いんだけど――」


「いざ何をすればいいかって言われると、そう簡単に答えは出てこないものだよねえ……」


 連泊を続けるうちにいつの間にか定位置になったベッドに揃って寝転びながら、リリスとツバキは間延びした声を上げる。リラックスしていると言ってもやりすぎなぐらいに気が抜けているような気がしないでもないが、差し当たってやるべきことが見つかっていないのは事実だ。


 二人の連携はとっくに完成されきっているものだし、連携の中でもアドリブを駆使してくるくらいだからわざわざ新しい何かを仕上げる必要はない。かと言って一日で俺が爆発的に成長するなんて、そんな夢みたいなことは起こるはずもないわけで。


 結局のところ、俺たちは今の手持ちで『ダンジョン開き』に挑むしかない。強引に手札を増やしに行ったとしても、それがいい方向に働いてくれるかは分かったものではなかった。


「そんな中で何ができるかって言っても、選択肢は邪なり限られてるしな……。あれだけ気合を入れたはいいけど、今日は早く寝て英気を養うのが真面目な選択肢に思えてきたぞ」


 わざわざ買い込んだ厚手の布団に腰を下ろし、壁にもたれかかって俺はしみじみと呟く。考えれば考えるほど、『何もしないこと』の価値はどんどんと高まっていくばかりだった。


「そうね、何もないなら休むのはいい選択だと思うわよ。常に何かしているよりもこうして空白の時間を作る方が、私も安心して調子を整えられるし」


「と言いながらも、今日のリリスは絶好調に見えたけどね。今のクエストのペースでも護衛時代の激務に比べたら仕事の負担は明らかに小さくなってるし、本当はこうやってだらけ続けたいだけなんじゃないかい?」


「一回魔術神経が壊れたんですもの、ペース配分にも慎重になるわよ。……まあ、このままゆっくりだらけていられるならそれ以上にいい事はないけど」


「本音出てんぞ、リリス」


 最後の最後でそうこぼしたリリスにため息をつき、俺は軽く首を振る。その姿を見て、ツバキは楽しそうにからからと笑っていた。


 今まで働き過ぎの生活を送って来た反動なのかなんなのか、一度休養モードに入ったときのリリスは極端に怠惰になりがちだ。クエストの時なんかはしっかり切り替えてるし別に咎めることでもないのだが、それだけにこの落差をほかの冒険者が知ったらひっくり返るぐらい驚くんだろうな……。


「……ツバキ、コイツは昔からこんな感じなのか?」


「そうだね。緊張感を保たなきゃいけない場面が多すぎるからあまり出てこないだけで、リリスの本性の部分はこっちなんじゃないかとボクは思ってるよ」


 俺の質問に、ツバキは肩を竦めながらそう答える。リリス以上にリリスのことを知っていると言っても過言ではないツバキが即答したことで、俺の中の疑念は確信へと変化していた。


「別にいいでしょ、やるべきことはこなしてるし。……それとも、こんな私の姿は想像できなかった?」


「ああ、想像できなかったのは事実だな。あの初対面からこの姿は考えられねえよ」


 あの時はどこまでも芯の強い少女だと思っていたのだが、そんな少女は今宿のベッドの上で力の抜けた声を上げている。この姿を見たからと言って第一印象が覆るわけではないにせよ、初めて脱力モードのリリスを見た時に驚いたのは事実だ。


「ま、だからと言って失望したりはしてねえけどな。修復術師としては自分の体を大切にしてくれてるのは嬉しい事だし。この先もお前たちの体に何かがあったら治してやることはできるけど、だからと言って自分を使い捨てみたく扱ってほしくはねえからさ」


 しかし、誤解を招かないように俺は間髪入れずにそう付け加える。リリスからしたらそれは意外な言葉だったのか、軽く息を呑むような声がベッドから聞こえてきた。


「クエストの時は全力を出してくれてるし、俺一人じゃ絶対に出せないような成果を出してくれてる。それだけで俺はお前たちに十分感謝してるよ。それ以外でどれだけだらけていようとそれを責める気になんてなれねえし、何ならツバキにだってもう少し気を抜いてもらいたいくらいだ」


「これでもかなりリラックスしてる方なんだけどね、やっぱり昔からの癖はなかなか抜けないみたいで。……でもまあ、考えておくよ」


 話の流れでふと水を向けられたツバキが、小さく息をつきながら笑みを浮かべる。それを聞いたリリスはゆっくり体を起こすと、俺の方に視線を向けた。


「そんなことを一年前の私に聞かせたら驚いてひっくり返るわよ。冒険者の仕事って、もしかして護衛の仕事よりずっと気が楽なのかしら」


「護衛の世界をよく知らないからそこについては断言できねえな。だけど、気持ちがちゃんと切り替えられる仕事ではあると思うぞ」


 働くか休むかは自分の裁量で決められるし、街の中にいる時は基本オフモードでいても許される仕事だからな。内と外がしっかり決まってる当たり、護衛よりはよっぽど良心的な仕事だと言ってもいいだろう。


「そう。それなら私も堂々とこの姿をさらせるわね」


「……マルクにそう言われる前から堂々としていた気がするのは、ボクの勘違いかな?」


「気のせいよ、気のせい」


 茶々を入れる首を横に振って、リリスは再びベッドに倒れ込む。その動作にはまったくの力感がなく、まさしくだらけきっているという言葉が相応しかった。


「ほんと、初めて会った時からは想像が出来なかったな……」


 理知的な雰囲気を纏いながらも取る手段はいつも力任せだったり、スイッチが入ってる時以外はこんなにも脱力していたり。どのどれもこれも、俺が予想だにしていなかったことだ。だけど、そんな一面だって見つけられるのは嬉しいことだ。そういう所も全部含めて、俺の仲間のリリス・アーガストの姿なんだからな。


「正直な話をさせてもらうと、ここまで力を抜いてもいい生活なんて今までできなかったからね……。あの商会のトップはいろんなところから恨みを買ってるし、その分襲われることも多くてさ」


 気楽なんて言葉とは程遠かったよ、とツバキは苦笑して見せる。この二週間の間にもちょこちょこ護衛時代の話を聞くことはできていたが、その事実に関しては初耳だった。


「つまり、魔物だけじゃなくて人からも主を守らないといけなかったってことだよな。……そうなると、商談とかで訪れた町もロクに観光できないんじゃないか?」


「当然でしょ。尊大な癖に変なところで臆病な主が、街なんていう不特定多数が往来する場所で私たちが離れることを許してくれると思う?」


「それに加えて、ボクたちは彼の価値を上げるための宝石のような役回りも背負わされていたからね。連れている護衛の見た目次第で対応が変わるなんて途轍もなくくだらない話だと思うけど、世間には思ったよりそういう類の人間が多いんだよ」


 そう言って、ツバキとリリスはため息を一つ。商会時代のエピソードに主が絡んできた時、そのエピソードの最後はため息と愚痴で締めくくられるのはもはや高齢になりつつあった。


 だけど、これを聞けたのは幸いなことだ。体のメンテナンスをすると言ってもここでだらけるだけが手段じゃないし、明日をよりよく迎えるための選択肢はできるだけ多い方がいい。それに、日ごろから力を貸してくれてるお礼もしたいと思っていたし――


「……なら、さ。せっかく今日は時間もあるし、景気づけの王都観光としゃれこまないか?」


 ベッドの上の二人に視線を向けて、俺はそう提案する。普段のお礼が王都の観光だけでは割に合わない気もするが、今のところはそれが俺にできる精一杯だった。


「……あれ、今日は明日に向けての準備をするって話じゃなかったっけ?」


「ああ、それも観光のついでに少しばかりするつもりだ。ちょっと接触したい奴がいるからさ」


 困惑した様子のツバキに、俺は片目を瞑ってそう答える。クラウスの勢力が削れた今でなくては頼れない存在に、俺は一人心当たりがあった。


「冒険者の中じゃ俺たちの噂は有名だけど、観光区に行けば俺たちの知名度なんてないに等しいはずだからな。折角だから誰の視線も気にせずにのんびり観光して、明日に向けての英気を養うのも悪くないんじゃないか?」


「……まあ、悪くないわね。その観光区とやらにゆっくりだらけられる場所はある?」


「寝ころべるかって言われると怪しいけど、リラックスできる場所ならあるぞ。大丈夫だ、もし人酔いしたなら早めにここに戻ってくればいいだけだから」


 ここまでは生活の基盤を作るためにも精力的に動いていたが、最近は安定した生活が視野に入りつつあるからな。まとまった時間もできたし、ここで一回くらい王都を堪能したって罰は当たらないだろう。


 そんな俺の意図が伝わったのか、リリスは再びゆっくりと体を起こす。そして、両手を合わせてぐいっと大きく伸びをすると――


「……いいわ。マルクの観光案内に付き合ってあげる」


 穏やかな笑みを浮かべて、俺のプランを承諾したのだった。

ということで、三人は次回一体どこへと向かうのか! 穏やかではない明日を前にした穏やかな一幕、しばしお楽しみいただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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