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第三百六話『混乱する庭園』

――意を決して古城の門を一歩くぐった先に待ち受けていたのは、想像以上に混沌とした庭園の光景だった。


 あちこちで参加者の護衛と思しき人たちがローブに身を覆った襲撃者と剣を交え、背後に立つ主を傷を負いながらも守っている。見渡す限りアグニの姿は見えなかったが、それでも状況は素人目から見ても芳しくないように思えた。


「……見た限りだとジリ貧、かな?」


「ええ、防音結界がこの城の周りに張り巡らされてるのが災いしたみたいね。……これだけの騒ぎになっても、外からそれに気づいて救援に来れる人が居ないんだもの」


 かくいう私たちも入ってみるまでこの騒ぎに気づくことが出来なかったんだから――と。


 大混乱の庭園の様子を見つめつつ、リリスとツバキは切羽詰まった口調でそう言葉を交わす。あれだけの戦いを超えてもなお、二人の集中力に限界というものは訪れていないらしい。……本当に、頼りがいのある仲間たちだ。


「……お三方、いらしたのですね!」


 二人の視線を追いかけて俺もその様子を観察していると、横から聞いたことのある声が近寄ってくる。それは、俺たちの事情を知ったうえで協力してくれたあの時の守衛さんだった。


 しかし、様子はあの時とは大きく違っている。何よりも目立つのは、服全体に付着している大量の赤い染みだ。きっと、この人も守衛としての役割を果たそうとしたのだろう。


「パーティをお楽しみ下さい……と言いたいところですが、状況は大変なことになっています。……あなたたちの主が、そう予言していたように」


「ええ、それも思った以上に巧妙な形でね。……内と外から同時に襲撃の手を広げていくとか、実にあの男らしい手の込んだやり方だわ」


 右腕をかばい、荒い息を吐きながら俺たちに説明する守衛さんに、リリスは苛立ちの感情をを隠すことなく返す。その手の先には、すでに氷の剣が握られていた。


「でも、見た目に反してやるべきことは単純だわ。……ここにいる襲撃者全員、私達で蹴散らせばいいのよね?」


「ええ、それができれば理想的です。しかし、あなたたちの主は――バルエリス様は、今でも城の中に――」


 その剣を構えて参戦の構えを取るリリスを呼び止めて、守衛さんはそう伝えてくる。――確かに、そういえば俺たちはバルエリスに雇われた護衛ってことになってるんだったな。他の護衛たちがそうしているように、俺たちが最優先にしているのも主の保護であると思ってるのだろう。


 確かにそれが護衛にとっての最重要項目なのは間違いないが、こと俺たちに関していえば事情は大きく変わってくる。俺たちがここにいるのはアグニの計画を完膚なきまでに叩き潰すことだし、それに――


「――大丈夫よ。私たちが信じるご主人様は、この程度の苦難で簡単にくたばったりしないから」


 不安げな守衛さんをまっすぐに見つめて、リリスははっきりとそう断言して見せる。その言葉に何かを返す暇も与えずに地面を蹴り飛ばし、リリスの姿は戦線の中に消えて行った。


「……まあ、今の言葉が俺たちの総意です。だから俺たちは、とりあえず庭園の無事を確保することを優先します」


「うん、ボクもそうするよ。死人はもちろん、ケガ人だって少ないに越したことはないんだからね」


 リリスの後ろ姿を見送りながら俺がそう付け加えると、ツバキもメリアを背負ったまま首を縦に振る。どう見たって正念場なこの瞬間に、俺たちが足を止めている暇なんてあるはずがなかった。


 この五日間であの手この手の策を潰して、どうにかアグニ達の出足をくじきながらここまで来たのだ。そうまでしたならば、死人の一人も出さずに切り抜けなければ割に合わないだろう。


「……マルク、できる限りついてきてくれ。リリスほどの安心感はないかもしれないけど、ボクが君のことを全力で守るからさ」


「不安なんてあるもんかよ、お前だって十分プロの護衛だ。信じてるぜ、ツバキ」


 目線で進行方向を示したツバキに頷きを返して、俺はツバキの軽やかな足取りについて走っていく。メリアを背負っていることもあって全力は出せないはずなのに、それでも加減されていることがはっきりとわかるぐらいにツバキの足取りは俺のことを気遣っていた。


 激戦が続いている影響もあってなのか、襲撃者たちは突然現れた俺たちの存在に気づいていない。それを証明するかのように、一人の護衛と打ち合っている襲撃者が無防備な背中を晒していた。


「……影よ、呑み込め」


 ふさがった手の代わりに足を地面に叩きつけ、ツバキは静かな詠唱とともに影の触手を男の背中に向かって差し向ける。それが瞬く間に全身に絡みついたが最後、数秒と経たずに男の身体は崩れ落ちて行った。


 気配を悟られることもなく、最後まで正体を隠しきった完璧な一撃。それを目の当たりにして、今まで襲撃者を相手取っていた護衛の男があんぐりと口を開けていた。


「……君たちは我々の味方――だ、よな?」


「ああ、少なくとも敵対の意志はないよ。……もしあったら、さっき二人まとめて呑み込んで終わらせてるさ」


 体中に傷を作った男の問いに、ツバキは小さく笑みを浮かべて答える。果たしてそれは男の目にどう映ったのか、心なしかその姿が縮こまったように見えた。


「……少し見るだけでも明らかに傷がひどいね。ここからの相手はボクたちで何とかするから、君は守るべき主のところに戻ってあげてくれ」


「そうできるなら、それはとてもありがたい話だが……しかし、大丈夫なのか?」


「大丈夫さ、ボクもこいつも簡単には負けやしない。君は、護衛として一番優先すべきことを徹底してあげてくれ」


 感謝と遠慮が入り混じったかのような男の問いかけに、ツバキは改めて笑顔で答える。男が深々と俺たちに頭を下げたのは、それから少ししての事だった。


「……済まない、正直なところとても助かる。倒しても倒しても消えてはまた現れる軍勢に、俺としても辟易し始めてきたところだ」


「消えては、また現れる……へえ、それは興味深い話だね」


「ああ、切り抜けたと思っても油断はするな。……それじゃあ、この場は任せるぞ!」


 最後にもう一度ツバキに向けて頭を下げ、男は外側の塀に向かって駆けていく。その姿を眼で追う事もなく、ツバキは軽く目を瞑っていた。


 おそらくだが、消えてはまた現れるという襲撃者のことに考えを向けているのだろう。それを実現している仕組みには、俺も少なからず心当たりがある。


「……転移魔術、とことん厄介だな」


「ああ、あっちの勢力で使えるのはアグニだけだと思ってたんだけどね……。アイツは今城の中で誰かとぶつかってるはずだし、もう一人か二人は転移術師を抱えてるって考えた方が自然そうだ」


 周囲の状況に目を配りながら、俺とツバキはお互いの考えを交換する。その視界の先で大きな氷の槍が突き立てられて、それとともに襲撃者が数人まとめて吹き飛ばされていた。


 修復を受けたこともあって、リリスはまだまだ戦えるらしい。常人なら魔力切れしていてもおかしくないレベルの過酷な戦いをしているはずなのだが、そこはやはりエルフの才媛という事なのだろう。ひとまず、あっちの心配をする必要はなさそうだ。


「……というかツバキ、さっき俺のことまでまとめてすげえ歴戦の護衛みたいに話してたよな……?」


 安心とともにそんなことを思い出して、俺はツバキにそんなことを問いかける。それに対して軽く舌を出して、ツバキはあっけらかんと続けた。


「何も嘘は言ってないさ、マルクだって常人じゃ考えられないような死線を大量に乗り越えてきてる。経験だけで言うなら、そこらの護衛なんて比較にならないぐらいね」


「経験だけなら、な」


「そう卑下する必要はないさ、経験ってのは一番大切な武器だよ? 命のやり取りが当たり前に発生するような場所に立たされた時、経験よりも頼れる根拠なんて中々あったもんじゃないんだから」


 自嘲気味に笑って見せる俺に対して、ツバキは間髪入れることなく返す。口調こそ世間話をするかのように軽いものだったが、嘘をついているようには全く思えなかった。


 直感的にそう理解して俺が思わず言葉を詰まらせたその瞬間、地面に倒れていた襲撃者の姿が突如消失する。そして、瞬きの後には同じような黒ローブを纏った集団が入れ替わるように虚空から出現していて。


「……さて、ここからが本番ってところか。気張ってくれよマルク、ボクもやれるだけのことをするからさ」


「ああ、分かってる。ここで成果を出せなきゃ何のためにリリスに手ほどきしてもらったか分かんねえからな」


 ククリナイフに大きな鎌、魔銃にハンマーと様々な武装を手にした襲撃者の一団を前にして、ツバキはかすかな笑みを浮かべつつ足元からゆらりと影を立ち上らせる。華奢な体から立ち上る濃密な戦意を隣でひしひしと感じながら、俺も軽く腰を落とした。

 さて、第四章も大詰めが近づいてきております! 果たして窮状をマルクたちは切り抜けられるのか、ぜひその顛末を見届けていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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