第三十話『ダンジョン開き』
『ダンジョン開き』。『双頭の獅子』に所属している時に何回か小耳にはさんでいたそれは、国や街の手によって普段意図的に封鎖されているダンジョンの区画が期間限定で解放される冒険者にとってのちょっとした行事の名前だったはずだ。
冒険者にとってダンジョンとは攻略されるべきものでしかないが、ダンジョン内の環境調査などを専門にしている研究者と言うのもこの王国に一定数存在する。そう言った人物からしたら冒険者の戦闘行為による過剰な環境破壊なんて邪魔でしかないわけで、冒険者がダンジョンに立ち入ってくるというのは立派な業務妨害なのだ。
だがしかし、環境を保全したいからといってダンジョンの中の環境をほったらかしにしておけば魔物は際限なく増え続ける。それじゃあ結局研究も満足にできないってことで妥協案として生まれたのが『ダンジョン開き』だ――とか、二年前ぐらいに説明してもらったっけ。
「しばらく封鎖されてた分だけ魔物やらもしっかり増えてて、危険度が高い代わりに報酬も申し分ないってわけだ。そんな美味しいイベントをクラウスが見逃すわけもないってな」
「要は書き入れ時ってわけだね。冒険者の世界にも行事みたいなことがあるなんて少し意外だったよ」
冒険者はパーティ以外に対する連帯意識が低いものだと思ってたからね――と。
手元のドリンクをすすりながら、ツバキは興味深そうに呟く。三人で囲んだ机の真ん中に置かれた書類に目を通しながら、俺たちは仕事終わりの食事会としゃれこんでいた。
天引きがあるとはいえ十分な資金は得られているので、クエスト終わりに近くで食事をとるのはもはや恒例と言った感じだ。すっかりなじみになった肉料理を口に運ぶと、豊富な肉汁が口の中でこれでもかと広がった。……うん、今日も安定の美味しさだ。
「この行事、明日からなのよね。一部の冒険者限定とはいえそうやってアナウンスがされるってことは、早い者勝ちのクエストとはまた違うってことで良いの?」
手の込んだ料理に俺が舌鼓を打っていると、リリスがそんな問いを投げかけてくる。あのパーティにいた時の記憶を思い返しながら、俺はゆっくりと頷いた。
「ああ、確かそうだったはずだ。『双頭の獅子』にいたころに何回か説明を受けたけど、この行事の特徴はたくさんのパーティが一度にダンジョンに潜って探索を行うって所だからさ」
最低限の条件さえ満たしてしまえば、ダンジョンの門戸は全ての冒険者に開かれる。その結果何が起こるかと言えば、冒険者同士での利益の奪い合い――というか、『どれだけスピーディにダンジョンの奥へと踏み込めるか』という一種のレースだった。
ここまで説明しておいてアレだが、俺はダンジョン開きには同行したことがない。他の冒険者との速度勝負になる以上、俺みたいなのは足かせにしかならないからな。だから全部伝え聞きになってしまうのだが、一応間違ったことは言ってない……と、思う。
「ということは、他のいろんなパーティと競い合う形になるのか。それなら出来るだけ準備を入念にしたいと思うのも確かに納得できる話だね」
「クラウスたちからしたら自分たちの力を誇示するいい機会だものね。……まあ、冒険者同士の格付けが出来てしまうような指標があるかどうかは分からないけど」
「ギルド側が競い合いを推奨してるわけじゃねえし、そういうシステムはねえだろうな……まあ、ダンジョンの中で活躍してれば嫌でも冒険者の間で噂にはなるけどさ」
『双頭の獅子』の戦い方なんかは、まさに話題を独占するに相応しいだろう。大型パーティの花形のような後方からの強力な魔法射撃とクラウス達を筆頭にする前衛の殲滅攻撃の連携は見事なもので、それを正面から受け止めた魔物を俺は未だかつて見たことがなかった。
惜しいところを上げるとするのならば、その連携は絆によるものでは決してないってところぐらいだろうか。正確な連携を実現させているのは、『最強の肩書を手放したくない』というある種の危機感のようなものなんだから。
「逆に言えば、あいつらより目立つ活躍が出来れば話題性はは俺たちに持っていかれる。……このタイミングでのダンジョン開きって、そう考えると中々のチャンスなんだよな」
「へえ、それは良いじゃない。あの時食い下がって正解だったわね」
チャンスという言葉を聞いて、リリスの青い眼が興味深そうに光る。その隣で、ツバキも楽しそうにあごに手を当てていた。
「命綱がないチャレンジにはなるけど、そのリターンはあまりにも大きいね。そんなことを聞いてしまったからには、当然ボクたちもそれに照準を合わせるってことで良いのかい?」
「ああ、お前らさえよければ……って言おうとしたけど、わざわざ確認するまでもなさそうだな」
俺もそこそこ積極的に動いているつもりではあるが、最近の二人はともすれば俺よりも好戦的だ。すっかりノリノリの二人を見つめて、俺は思わず笑みがこぼした。
「それじゃ、次の目標は『ダンジョン開き』で結果を残すってことで。区画が解放されるまでに半日はあるし、その間に色々と対策はしとかねえと」
「そうね、レインがちゃんと警告してくるのって初めてだったし。まあ、それでも『タルタロスの大獄』より危険なんてことはないでしょうけど」
「ああ、それは確かだね。あれほど過酷な環境がそんなホイホイとあってほしくはないな」
あの激闘を思い出したのか、二人はどこか疲れた表情を浮かべながら手元の料理に手を伸ばす。今までかなりハイペースでクエストを受けて来たつもりではあるが、あの場所以上に追い込まれたことは未だになかった。
だが、だからと言ってダンジョン開きが楽にクリアできるかと聞かれたら答えはノーだ。この行事は、普段取り組むようなクエストとは事情が違いすぎるからな。
「確かに、ダンジョン自体は『タルタロスの大獄』よりも危険度は低いだろうさ。……だけど、ダンジョンには他の冒険者たちもいる。ダンジョン開きで一番怖いのは、俺たちの同業者に足を掬われることなんだよ」
「確かに、間違って戦いの巻き添えになんてしたら穏便には済まなそうだものね……。冒険者同士での戦闘行為が禁止されてるのに争いを誘発するような行事があるの、システムとして破綻してないかしら」
「ああ、そうだな。ダンジョン開きのシステムは思った以上に破綻してて、やろうと思えばルールなんていくらだってすり抜け放題だ。んでもって、『双頭の獅子』は目的のためならそういうことだって躊躇せず仕掛けてくる。例えば、そうだな――」
そこで一度言葉を切って、俺は注文していたお茶をすする。俺の脳裏には、今まで『双頭の獅子』がやってきたルール違反ギリギリの行為が次々とよぎっていた
そもそもパーティメンバーを大っぴらに追放してくるような奴だし、倫理観とかを求める方が間違ってるってものなんだけどな。かといって何も常識を分かってないなんてこともなく、絶対的なアウトラインのスレスレを行くようなことをしてくるからアイツらは厄介なんだ。
『冒険者同士の直接戦闘を禁ずる』というのは、ギルドに所属して冒険者として生きるに以上絶対に守らなくてはいけない鉄則だ。同業者たちで戦うことはギルドにとっても損失になりかねないからという理由で必然的に定められたルールだが、その文面には一つ大きな欠陥があった。
「さっき言った通り『ダンジョン開き』にはたくさんの冒険者が集うわけで、いくらギルドが管理しているとはいえ中で起こったすべての事件を把握できるわけじゃない。――そんな環境の中で仮に『双頭の獅子』が俺たちに何かを仕掛けてきたんだとして、それが戦闘行為かただの過失かを正確にギルドが判断できると思うか?」
「「……っ」」
俺の言葉に、リリスとツバキの眼が軽く見開かれる。俺が何を警戒しているか、その表情を見る限りではどうやら理解してくれたようだった。
ダンジョン開きとは、ただ期間限定で探索できる場所が増えるだけの行事ではない。冒険者しか存在しないその空間は、誰も真実を掴めないブラックボックスのようなものだ――なんてのは、『双頭の獅子』の副リーダーの言葉の受け売りだけどな。たとえ受け売りだとしても、この行事が平穏に終わる事の方が少ないということだけは事実だ。
「なるほどね。ダンジョン開き、思った以上に穏やかじゃない行事じゃないか」
「上等じゃない。相手がもしも動いてくるなら、その時は返り討ちにしてやるだけよ」
しかし、その情報を耳にしても二人の戦意は鈍る様子を見せない。……というか、その話を聞いたことでむしろ好戦的になっているようにも思えた。
商会の護衛を務めてたこともあったし、利益を巡った荒事の類には慣れっこなんだろうな……。二人が揃っていて負けることもそうないだろうし、よっぽどのことがなければ大丈夫だとは俺も思ってるけどさ。
「だけど、油断しないことに越したことはない。……折角転がり込んできたチャンスなんだ、取りこぼしのないようにいこうぜ」
俺がそう言って拳を握り締めると、二人は強く頷く。そんなやり取りを経て、俺たちの次の目標は『ダンジョン開き』に定まったのだった。
ということで、三人の次なる目標が定まりました! そこに向けて彼らはどんな準備を重ねていくのか、楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




