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第二百九十二話『瞬発と継戦、その先の突破口』

「……っ、るああああッ‼」


 青い炎を纏った魔剣が振るわれ、影の刃がまたしても両断される。力任せに影を破壊するその様を見て、リリスは僅かに舌打ちをした。


――影と炎の派手な衝突で始まった死闘の第二幕は、七メートルの距離を保ちながら影の刃でリリスが攻勢を仕掛ける状況がしばらく続いている。中遠距離から一方的に主導権をにいるその展開自体はリリスが望んでいたものではあったのだが、予想を超えるクラウスの出力の高さが状況を五分で膠着させていた。


 定型がないという影そのものの特性もあって、影魔術は全般的に単純な破壊に対して強い耐性を誇る。それは炎と相対しても変わらないはずなのだが、あっさりとクラウスに両断されているところを見るとどうしてもその知識を疑わずにはいられなかった。……まあ、リリスもメリアが作り上げた影の鎧を氷の剣で叩き切っているから何とも言い難いのだけれど。


 それにしても、前に殺しあった時よりも影への対処が上手くなっているのは間違いない事実だ。……同じく影魔術であるメリアがクラウスに合流してからそんなに時間は立っていないはずだが、その間に立ち会う機会でもあったのだろうか。


(……まあ、何にせよ)


 その答えがどちらであろうとも、安全圏からの攻撃で仕留められるほどクラウスも甘くないのはよく分かった。……面倒ではあるが、リリスもある程度のリスクを背負って戦いに臨んでやらなければいけないらしい。


 魔力の総量で争えば粘り勝ちも夢ではないが、そうなった場合は別のリスクを背負う必要がある。……アグニ・クラヴィティアを古城で野放しにしておく方が、リリスにとっては余程ハイリスクに見えた。


「……風よ」


 さも当然のように影と風を両立させて、リリスは小さく飛び跳ねる。手の先がしびれるような嫌な感覚はあるが、この程度ならば許容範囲だ。……迅速に終わらせて、マルクの修復を受ければいいだけのこと。


「吹き荒れなさい‼」


「……ああ、そうこなくっちゃなあ⁉」


 地面に着地したその足を一歩目として突進するリリスを見て、クラウスが高らかに快哉を上げる。……直後、青い炎がその感情を写し取ったかのように膨れ上がった。


「っ、また……‼」


 氷の墓標を破壊した時にもあった感覚が肌を刺して、リリスは急減速しながら宙がえりをするようにして地面を蹴り上げる。その軌道を追従するようにして放たれた影の刃は、クラウスが振るった青い炎に飲まれてあっさりと消えた。


 もしあそこに真っ向から突っ込んでいれば、リリスはあっさりと打ち負けていただろう。……それどころか、影もろとも消し炭にされていた未来だってあったかもしれない。……あの嫌な感覚が走った時、クラウスの出力は一時的にリリスを大きく上回るのだ。


「おいおい、フェイントとはつれねえな。こっちは歓迎の姿勢をとってたってのによ?」


「あなたを接待するために戦ってるわけじゃないもの。徹底的に嫌がらせをするに決まってるわ」


 がっかりしたように話すクラウスに言葉を返して、リリスは影の刃を構え直す。……クラウスとの頃試合に臨むリリスの心境は、メリアを前にした時とはずいぶんと違うものだった。


 この戦いに意味を込める必要はない。この戦いの目的はただ勝利することだけで、わざわざ相手の土俵に戦ってやる意義も義理もあったものではなかった。……クラウス・アブソートは、どんな手を使ってでも打破すべき不倶戴天の敵なのだから。


「……影よ」


 小さく呟いて、リリスは影の弾丸を空中に練り上げる。刃とは違って細かい操作性には欠けるが、それを補って余りある弾速と物量がこの攻め方の大きな長所だ。……そしてそれは、瞬間的な火力に長けたクラウス相手に立ちまわるのに本当に役に立つ。


 ツバキのような例外はたまに存在するにしても、エルフと人間の間にはどうやっても埋められないような魔術に対する素養の差があるのだ。その上でさらに修練を積み重ねてきたリリスの魔術を瞬間的なこととはいえただの人間が上回るなど、正直何か異変が起きているとしか考えられない。


 だが、クラウスが上回るのは本当に僅かな一瞬だけだ。……瞬間出力で上回られるのならば、こっちは丁寧に平均値で勝負していけばいいだけの話で。


「……貫きなさい‼」


 リリスが勢い良く腕を振るうと同時、無数に練り上げられた影の弾丸がクラウスの体をハチの巣にしようとまっすぐに迫る。……それを前にして、クラウスは大層不愉快そうに魔剣を地面に突き立てた。


 その瞬間影の弾丸が見えない何かに衝突し、そして武装としての機能を停止する。弾丸も決して威力がないわけではないのだろうが、魔剣によって展開される結界を突き破るには不十分だった。


「やっぱりいい魔剣ね、それ。競りに出したらとんでもない値段が付きそうだわ」


「ああ、この世界に二つとない優れもんだ。……お前如きの小細工で突き破れると思うんじゃねえぞ?」


 リリスの称賛にドスの利いた声で応え。クラウスは魔剣を地面から引き抜く。……瞬間、刀身を真っ青な炎が覆った。


「俺の魔術を纏っても壊れない剣なんざ、王都にも数えるほどしか存在しねえ。間違いなく、この剣は王都最強の代物だよ」


「へえ、それはいいことじゃない。……まあ、だからと言って私が負ける道理なんてないんだけど」


 どんな道具も使い手次第、振るい手の腕が鈍っていれば剣の価値が正しく引き出されることはない。……実際、その剣を手にしてもなおクラウスはリリスを殺しそこなっているのだから。


 だが、その指摘はどうも気に食わなかったらしい。……肌を刺す嫌な感覚とともに、クラウスの炎がまたしても膨れ上がった。青くきらめく刀身の向こう側から、紅色の視線がリリスを貫いている。


「いいや、お前は負けるね。……なんせなあ、剣も使い手も王都最強なんだからよぉッ‼」


 影もろともすべてを焼き尽くす炎を携えて、クラウスはリリスへと攻勢を仕掛ける。厨遠距離からの攻撃で主導権を握っていたリリスが、ついに攻撃を受ける側へと回ることになった。


 敗北してもなお自らが最強であることを疑わないのは大した自信だが、面倒なことにクラウスにはそれを言ってもおかしくないと思われるほどの実力がある。……その言葉に誤りがあったのだと気づく機会があるのだとしたら、避けようのない死を迎える直前とかになるのだろうか。


(……いや、死んでも治らない可能性も十分にあり得るわね)


 まっすぐ突っ込んでくるクラウスを見つめつつ、リリスは内心でそう結論付ける。……目の前から迫ってくる攻撃の規模の大きさにしては、リリスの心の中にはある程度の余裕があった。それはつまり、すでに対策を講じているという事の証左でもあるわけで。


「よ……っ、と!」


 小さく足踏みをして風の渦を作り出し、生まれた上昇気流によって天高く舞い上がる。その直後に炎の剣がリリスの立っていた地点を通り過ぎ、気流を通じてその熱が体に伝わった。


 あれが直撃すれば重傷は必至、おそらく継戦は不可能だろう。速度や軌道に工夫があるわけではないが、一撃掠っただけでも終わりうるというのは十分な脅威だった。


 救いがあるとすれば、それが継続するのが本当に僅かな秒数であるという事だろうか。現に今一撃を回避しただけで、クラウスの方から感じる魔力の気配はいつも通りの規模に戻っているし――


「……ん?」


 そこまで考えて検証したところで、リリスの中に小さな違和感が芽を出してくる。……それは、リリスにとって予想外の変化だった。


 と言っても、それは決してリリスにとって不都合なものではない。……むしろ、この戦いを終わらせるのに大きく貢献しそうな、ある種の突破口ともいえるものだ。


(……罠? いや、クラウスがそんな器用なことをできるとは思えないし)


 本来ならば生きているだけで自然と漏れ出てしまう魔力の気配を抑え込むというのは、よほど魔力に精通しているエルフでも難しいことだ。クラウスも才能ある魔術師なことには間違いないが、しかしその適正は繊細さというよりは力強さに向いている。……この違和感が作為的に生み出されている可能性は、おそらく切り離して考えた方がいいだろう。


 それを前提にして、リリスは今までの戦闘、ひいては『プナークの揺り籠』での戦闘で見てきたクラウスの姿を思い出す。……そうして、リリスは気が付いた。


「……なんだ、やっぱりタネがあるんじゃない」


『それ』が見えた瞬間、リリスの心はふっと軽くなる。未知の高出力への恐怖は消え、その代わりに勝利までの道筋が光輝いて見えてくる。……それは、ともすればメリアに勝利するよりも簡単かもしれないぐらいのもので。


「可哀想ね。……あなたはいまから、自分が捨てた大きな存在のせいで敗北するんだもの」


 クラウスには見えないように嘲笑を浮かべながら、リリスはゆっくりと地面に着地する。……そして、こちらを向き直ってくるクラウスに向けてまっすぐに右腕を伸ばすと――


「あら、それがあなたの全力かしら? 私の肌一つ焼けないで『最強』だなんて、世の中には面白い冗談を言う人もいるのね」


「……ああ?」


 指先をくいくいと曲げながら、リリスは自分の語彙力を尽くしてクラウスを挑発する。……それに応えるようにして、クラウスの瞳が不吉な紅色を帯びた。

 リリスの策は果たして通用するのか、そして戦いはどんな方向へと向かって行くのか! リリスと同じ結論に至れるだけの情報は本編中にも出てきてはおりますので、ぜひ皆様も予想してみていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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