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第二百八十九話『悪意と作為でできた筋書き』

「しっかし、メリアの野郎もがっかりさせてくれるぜ。『一人で決着をつけたい』って息巻いてたから俺たちも温かく送り出してやったのに、ボロボロに負けた挙句最後はお前たちに命を救われちまうんだからよ」


 全身から余裕を漂わせながら、クラウスはツバキに抱え上げられたメリアの方へと視線をやる。リリスの指示を受けてツバキとともに後ろに下がっていたその体は、呼吸に合わせてゆっくりと上下していた。


 ここまで穏やかな決着になったのは俺達――というかほとんどはツバキとリリスの尽力によるものだが、それがどうもクラウスには気に入らないらしい。……まあ、アイツの人となりを思えはそれは当たり前なのかもしれないが。


「……だから、あなたは真っ先に斬ろうとしたのね。私でもツバキでもマルクでもなく、無防備に倒れ込んでたメリアを」


「ああ、御名答。俺たち『双頭の獅子』が求めたのは、今のメリアみたいに弱っちろい奴じゃねえ。……だから、これ以上恥を晒す前に終わらせてやろうって言うリーダーからの温情だよ」


 何か感情を抑え込むように問い掛けるリリスに対して、クラウスはどこまでも見下すかのような姿勢を崩さずに答えを返す。……その性根は、二度俺たちに敗北してもなお何も変わってはいないようだ。


 相も変わらずクラウスの価値観には『強いか弱いか』しかなくて、それが全ての行動原理に繋がっている。……『金の無駄だ』なんて言って俺のことを追放したあの時も、結局根底にあったのはその考え方なわけで。


「……相変わらず、理解できない考え方ね」


 吐き捨てるようにそう返すと同時、リリスの背後に氷の武装が顔を出す。もはや戦闘は避けられないと、この短時間でそう判断したのだろう。……非常に残念なことに、俺もそれには同意見だった。


「そうか? むしろお前はあの三人の中でも一番俺に近い考え方を持ってくれてると思ってたからよ、そう言われると少しばかり意外だな」


 それにおどけるように返しながら、クラウスもゆっくりと背中に携えていた剣を抜く。まるで最初からその展開を望んでいたかのように、その様子は気楽なものだった。


「……ツバキ、メリアを俺に預けてくれるか?」


 そのやり取りを少し離れたところで見守りつつ、俺はツバキにそう声をかける。それだけで俺が次に頼もうとしていることまで読み取ったのか、ツバキは一瞬だけメリアへ視線を送ってから小さく頷いた。


「……ああ、君になら安心して預けられるよ。大丈夫、ボクたちは負けないさ」


 壊れ物を扱うように丁寧な手つきでメリアを下ろして、ツバキは前に立つリリスの下へと歩み寄る。……その背中からは、すでに真っ黒な影が立ち上っていた。


「……実のところ、私たちは先を急がないといけない事情があるの。……今ここで目の前から消えてくれるなら、私も追撃はしないであげるけど?」


 氷の剣と無数の槍を携えて、リリスは最後通牒をクラウスへと投げつける。それが通ってくれるならばそれ以上の結末もないが、この場に居る誰もがそこに至るとは思っていない。……俺たちが顔を合わせてしまった以上、始まるのは一切の容赦のない命の奪い合いだ。


「……悪いな、その『事情』って奴を知ったうえで俺たちはここにいる。お前たちがのびのびと自由に行動できちゃあ困るってやつが、この街にもいるみたいでよ」


 その想定通り、クラウスはリリスの言葉を撥ねつける。……そこでほのめかされた『何者か』の存在に、俺の背筋がゾクリと震えた。


 クラウスの今の言葉を仮に真実とするのならば、俺たちが乗った馬車が襲撃されたのも、メリアやクラウスがここにいるのも偶然ではなく必然の帰着へと形を変える。質の悪い偶然だと思っていた遭遇が、誰かの悪意によって仕組まれた脚本へと輪郭を変えている。


……俺が知る中で、そんなものを仕込みうるのは一人だけだ。他に考えられる可能性と言えば『情報屋』だが、ショッキングな情報こそ高額で売り買いするアイツからすれば俺たちが自由に行動するのはむしろ歓迎できることのはずだ。そんな消去法を見て、俺の脳内には一人の名前しか残っていなかった。


「……よほどお前たちのことが面倒だったのか、作戦に当たって色々と援助までしてくれたんだぜ? 間近で戦いを見守っていてもバレないぐらいの隠密術式が編み込まれたマントとか、後は――」


 その予感がだんだんと現実味を帯びていく中で、クラウスは剣を握っているのとは逆の手で無造作にウエストポーチを探る。そうして取り出された小さなボールのようなものを、リリスの方に向けて無造作に放り投げて――


「……ッ⁉」


「世にも珍しい中距離の転移魔術が刻まれた魔道具とか――なあッ‼」


 俺たちには見えない何かの気配を感じ取ったリリスが身構えたと同時、クラウスが一瞬にしてリリスへと肉薄する。――氷の剣と豪奢な魔剣が、甲高い音を上げて衝突した。


「……アグニ・クラヴィティア…………‼」


「おう、大正解。相変わらずお前たちは敵を増やすのがお上手なこった」


 上から押さえつけるようなクラウスの一撃を受け止めきることは難しく、リリスは氷の剣を消滅させながら瞬時に身を翻すことでそれをどうにかしのぎ切る。転移との合わせ技による奇襲が終わったそのタイミングで、リリスの身体にツバキからの影が合流した。


 と言ってもリリスに影を全て委ねるわけではなく、ツバキの裁量にある程度左右されるぐらいの上体だ。……全力を出すにはまだ早いと、そういう判断なのだろうか。


「クライアントの情報を簡単に漏らすとか、あまりいい傭兵には思えないわね。さっきの『偶然』って言い方も白々しいったらなかったし、このザマを見られてたら粛清された方がマシだって判断されるんじゃないの?」


「冗談はよせよ、粛清するための人員なんてものがあったらまず真っ先にお前たちを殺すために差し向けられてる。……その手が足りないからこそ、俺たちにこんなチャンスが回ってきたわけだしな」


 影の援護を受けつつ氷の武装を作り直すリリスに、クラウスは肩を竦めながら笑みを浮かべる。やり取りだけを見れば冗談がちりばめられた愉快なものだが、そこに乗るのは冗談でも何でもない殺意だ。……やはり互いは相容れないのだという事を、言葉を交わすたびに確認しているようにも見えた。


「それに、俺たちにとってもお前らを殺すのは絶対に必要なことだからな。今俺たちがここにいるのは利害の一致の結果ってやつだよ」


 魔剣の切っ先をリリスへと合わせつつ、クラウスはそう言葉を付け加える。その後ろに付き従うカレンが何事かを呟くと同時、その体を軽やかな風が包んだ。


「一度刻まれた負けは、屈辱は清算できねえ。絶対に消えないから、俺たちはそれを塗りつぶすことしかできねえんだよ。……そんなものが目立たなくなっちまうぐらい、センセーショナルな勝利でな」


「そのためなら手段を選ばない――と。その言葉を聞けば、あなたたちとどうしても分かり合えないことは一瞬で理解できるわね」


 そういう意味では悪くない格言だわ――なんて、皮肉たっぷりの言葉を口にしながらリリスも氷の剣を構え直す。……そうして、両者の視線が交錯した。


 いや、交錯したのは決して視線だけじゃない。今まで生きてきた中で積み重ねてきた思いが、考え方が、価値観が、譲れないものが。……それらが導いた因縁が、今ここにこうして絡み合っている。


 そうして作り上げられるのは、今度こそどちらかが砕け散るまで終われない熾烈な戦場だ。逃げることも許されず中断も起こりえない、死闘のためだけに作られた苛烈な舞台がここにある。


「……まあいいや、お前が俺たちの考えを理解できないことはよく分かった。細かい御託やなんやらは、剣に乗せて語る以外になさそうだな」


「ええ、そうでしょうね。……そういう単純なやり方じゃなきゃ、知能の足りないあなたは学習しないでしょうから」


 その中心でお互いに殺意を交換しながら、互いはゆっくりと腰を落とす。前衛一人に支援魔術を送る人間が一人。……とても良く似た構図で、ギルドでの一件を含めれば三度目の戦いが幕を開ける。


「炎よ」「氷よ」


 お互いの姿だけを視界に捉えながら、二人は術式を口にする。リリスの背後には氷の武装が無数に装填され、それに対抗するようにクラウスの剣を青い炎が包み込む。……しばらくの沈黙の後、示し合わせたかのように二人はほぼ同じタイミングで地面を蹴り飛ばして――


「一切合切爆ぜさせやがれ‼」「私に続きなさい‼」


 半分吠えているかのような荒々しい詠唱によって二人は魔術を解き放ち、二人の剣が再度衝突する。……俺が決して踏み込めない領域にある二人の戦いは、轟音とともに本格的な幕開けを迎えた。

 三度目の二人の衝突、果たしてどんな方向へと向かって行くのか! 今まで積み上げてきたすべてがぶつかり合う戦い、ぜひ固唾を飲みながら見守っていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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