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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第四章『因縁、交錯して』

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第二百八十一話『覚悟の陰に隠れて』

――自分が弱かったせいで、あの時メリアは大切な姉の手を取ることができなかった。守るって約束して、一緒にいたはずなのに。メリアに向かって伸ばされた助けを求める手に、メリアは少したりとも触れることができなくて。


 その時に、決意したのだ。とことん強くなって、何もかもを守れるようになろうと。どんなところにも救いの手を伸ばせるように、一度掴んだそれを決して離さないように。


 強くなればそれができると信じて、メリアは今日までを過ごしてきた。いつの間にか一年が経ち、五年が経ち、気が付けば十年が経って。……そんな長い空白を超えて、ようやく助けたい人の目の前に立つことができた。……できた、はずなのに。


「が、あッ……⁉」


――どうして、この手はまだツバキに届かないのだろうか。


 氷の刀身がメリアの体を走り、その軌道を追うように赤い血がドクドクと流れだす。何本もの槍に後押しされて加速する一撃を止めることができずに、メリアは思わず膝をついていた。


 影の防護は完璧だった。自分で制御できる限界ギリギリを行き、並の魔術師ならば追随できない領域にまでメリアの身体能力は跳ね上がった。……その状態で負ける道理なんて、本来ならあるはずがない。だってこれは積み重ねてきた修練の成果、メリアの覚悟の証ともいえるものなのだから。

 

 しかし、それはたった今打ち破られた。……メリアとツバキの間に立ちふさがる強大な壁を、乗り越えることができなかった。……あれだけ研鑽を積んだのに、どうして。


「……どうして、届かないんだよ……‼」


 体中から力が抜けていくのを感じながら、メリアは震えた声をこぼす。影の鎧を応用した止血を試みているが、リリスから与えられた傷はあまりにも深い。……医術に長けていないメリアでは、血の出し過ぎで死なない程度にするぐらいしかできなかった。


 だが、メリアの脳は今も『立て、戦え』とその体に命じている。そうしなければいけないのだと、今この時のためにお前はに生きてきたのだろうと、今までの自分がうるさく叫んでくる。


「おとなしく負けを認めなさい。……そんな怪我じゃ、私を超えるなんてもう無理よ」


 地面についた手をゆっくりと握り締めたメリアに、リリスが冷徹な言葉を浴びせかけている。武装を解く気配は全くなく、不意打ちをしてもあっさりといなされるのは分かりきったことだ。……それでもなお、メリアは震える拳を握り締めている。


――立て、戦え。今までの十年間の意味を証明するんだ。強くなれば大切な物を守れるのだと、そう断言して見せてくれ。


「ぐ、あ」


 体の奥底から熱が沸き起こってきて、霧散しかけていた影の鎧を繋ぎとめる。まともに動かないはずの体を、どういう原理か立ち上がらせる。……奇妙な出来事だけど、それが何で起こっているかなんてどうでもよかった。


――ツバキを守れ。あの時の自分とは違うってところを見せるんだ。強くなれば、弱かったあの時に奪われたものだって取り返せるって一途に信じさせてくれ。……でないと、そうでないと。


「ぐ、ううううう……ッ」


――僕は、どうやっても僕のことを許せなくなる。


「あああああああーーーーッ‼」


 胸の奥からあふれ出す『何か』に突き動かされるままに、メリアは地面を蹴り飛ばす。もうズタボロのはずの体を強引に動かして、影を纏った右腕を大きく振り上げた。


 ツバキと才能を分け合った結果メリアに残ったのは、影魔術の攻撃的な側面だ。練り上げれば影は何物をも引き裂く刃となり、また己が身を守る鎧となる。『この才能を磨けばお姉ちゃんとずっと一緒にいられるよ』なんて言われたときには、自分に宿る影の力を誇らしく思っていた。


 だから、メリアはこの影をツバキのために使わないといけないのだ。この影さえあればほかの守りなんて必要ないのだと、ツバキに安心してもらわなければ――


「往生際が悪いわよ、このエゴイスト」


――しかし、希望と誓いを乗せた爪撃はあっさりとリリスの剣に受け止められる。再び立ち上がったことに驚く様子も見せず、うんざりとしたようなため息を一つ付くばかりだった。


 その眼ははっきりとメリアの方を捉え、そして見下している。その顔を吹き飛ばしてやりたくて仕方がないのに、メリアの右腕は一ミリたりとも動かない。……メリアが積み重ねた修練は、リリスに少しも届かない。


「な、んで――‼」


「何でも何もないわよ、さっき言った通りだわ。……あなたは、ツバキのことを守りたいんじゃない」


 メリアの咆哮もあっさりとあしらわれ、それと同時に影の爪もあっさりとはじき返される。……そしてその瞬間、音もなくリリスはメリアの懐へと潜り込んできて。


「昔守れなかったツバキを今守って、今までの自分に意味を持たせてあげたいだけ。……そんなことをする男がエゴイストじゃなきゃ、いったいどうやってあなたのことを呼べばいいのよ」


 鋭い掌底が鳩尾に突き刺さり、メリアは声にならない悲鳴を上げる。体の中で何かが砕けるような音が、嫌になるぐらい鮮明に響き渡った。


 戦いの中に身を投じていたこともあって、骨が砕けたのはこれが初めてではない。だが、今この瞬間のそれは今までと何かが違う。……背筋が凍り付くような感覚が、いつまでたっても消えてくれない。


 それは多分、攻撃しながら放たれたリリスの言葉のせいだ。……『エゴイスト』という響きがずっとずっとこびりついて、どうやっても消え去ってくれなかった。


――違う、決してエゴイストなんかじゃない。僕はずっと今の今まで、姉さんを救うために強くなり続けたんだ。あの時取れなかった姉さんの手を今度こそ掴むんだって、そう決意し続けてきたんだ。


 メリアの体を突き動かした『何か』が、今度は明確な声となってリリスからかけられた言葉を真っ向から否定する。泣きそうに震えている高い声は、どこかで聞き覚えがあるような気がしてならなかった。


「違う。……僕は、姉さんを助けるために――‼」


 その言葉に寄り添われ、メリアは必死にリリスへと反駁する。体はとっくにボロボロだが、それでも影はまだ消えていない。……この至近距離でならば、影の一撃を叩きこんで殺すことだってできるだろう。


 そう思った矢先、リリスがメリアを覗き込むようにして視線を合わせてくる。……その冷たい目を見た瞬間、メリアの気力は全身からごっそりとそぎ落とされた。


「ええ、それは知ってるわよ。……何のために助け出すのかって、私はそう聞いているの」


 殺意とも憐憫とも取れるようなそれを浴びせかけられて、メリアの体は硬直する。……押し込めたはずの痛みが、さっきよりも痛みを増して蘇ってきていた。


――もし仮にツバキを助け出すことができたら、メリアはその先どうするのだろう。影の里に連れて帰って、あの時の穏やかな暮らしに戻るのだろうか。『影の巫女』にも別の人が就いているだろうし、ツバキは穏やかに生きることができるはずだ。


 それはきっと幸せで、その場にいるメリアの心は穏やかそのものだろう。決して裕福ではないけれど、影の里で過ごす日々はきっと幸せだ。……だけどそれを、ツバキは自分の言葉で拒んでいるわけで。


「……それは、ねえさんの」


「本当に? ツバキの意志を無視して里へと強引に連れて帰ろうとすることが、本当にツバキのためになるとでも信じているの?」


 必死に紡ぎだした答えは、リリスの鋭い言葉によってすぐさま撃ち落される。……まるで心の中に氷を突き刺されたかのように、メリアの心が冷えていく。体を突き動かした熱が、しぼんでいく。


――ダメ、アイツの声を聞いちゃダメ! 君は姉さんを助けるんだ、それが姉さんのためなんだ! ……そう、信じないとダメなんだよ!


 そんな状況においても、メリアの中の高い声は必死に主張を続けている。それが聞こえる度にメリアの中に熱が宿って、だけどすぐに冷え込まされてしまう。……リリスの言葉によって、メリアは向き合いたくなかった現実をこれでもかと突き詰められていた。


――本当は、もっと早くから気づいていたのかもしれない。十年かけて強くなったのだとしても、十年前の失態を取り返すことなどできやしないのだと。あの日あの場所でツバキを守れなかった時点で、メリアに『姉さんを守る』だなんて嘯く権利はなかったのだと。――強くなれば全部を守れるだなんて、子供騙しの理想論でしかないのだと。それに気づくことを、メリア自身が拒んでいたというだけの話で。


「く、うっ」


 事実と向き合っていくたびに、メリアの胸の奥が鈍い痛みを訴える。それが正しい現実なのだろうと気づくたび、メリアの心が軋みを上げていく。……十年間掲げ続けていた理想の光景が、音を立てて崩れ落ちていく。


 張りぼての理想が崩れ落ちて、その向こうにある残酷な現実がだんだんと像を結び始める。……その中で、甲高い声がメリアを手ひどく責めるかのように響いた。


――違うよ、今ここで勝てばまだ取り戻せる! この力と一緒に強くなれれば、君は大切な物を全部全部取り戻せるんだ! ……だって、だってそうでないと――


「……ああ、そうだったのか」


 ミシミシと、見えない何かが壊れていくような音を聞きながら、メリアはようやくその声の正体に気づく。……いや、思い出すと言った方が正しいだろう。


 メリアは小さな時から、『影の巫女』としての才能にあふれた姉が好きだった。大人ものけぞるような魔力を持っていて、少し体は弱いけど魔術の才能もずば抜けたものを持っていて。……間違いなく、メリアにとってツバキは誇りだった。


「……は。ははっ」


 だからこそ、だからこそだ。ツバキがメリアの誇りだったからこそ、メリアは許せなかったのだ。そんなツバキの才覚に、影を差した存在がいることが――


『……メリアさえいなければ、あの子はもっと完璧な『影の巫女』になれたでしょうに』


「くっ、ははははは……」


 いつだか大人がそう言っていたのを思い出して、メリアはかすれた笑いを浮かべる。……今まで張りぼてを掲げてきたのはこれを思い出さないようにするためなのだと、壊れて初めて思い知った。


 そして今同時に、メリアはリリスの言葉の真意にたどり着く。……ああ、言っていた通りじゃないか。メリアが理想を掲げ続けていたのは、姉のためでも何でもない。


――どれだけ強くなっても姉さんを守れないなら、僕なんて生まれてこない方がマシだったじゃないか‼


「あは……は」


――『姉を守る』という理想を無理やりにでも掲げていなければ、メリアの心はあまりにもあっけなく崩れ落ちてしまうのだから。


 高い声――いや、幼い頃のメリアの声が叫ぶのを確かに聞いて、メリアはそのことを確信する。……その瞬間、メリアの思考を黒い影が一切合切呑み込んでいった。


「……はははっ、ははははははは……っ」


 真っ黒に揉まれてすべてがぐちゃぐちゃになって、考えて居た何もかもがないまぜになっていって。……本当は何が一番大事だったのかすらも、最後には分からなくなってしまって。


――何か見えないものがぽっきりと折れるような音を最後に、メリアの意識は深い底へと沈んだ。

 次回、メリアとの戦闘はまた一つ大きな転機を迎えていくことになります! 剣を交えた二人がどんな結末を迎えることになるのか、まだまだご注目ください!

――では、また次回お会いしましょう!

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