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第二十七話『示した思い、残ったもの』

「……やってくれましたね、皆さん」


「ああ、やってやったよ」


 俺たち三人の前に腰かけるレインが、何ともいえない表情を浮かべてそうこぼす。明らかに勝算の意味がこもっていない態度ではあったが、それに俺はあえて胸を張って返した。


 カウンター前での宣戦布告からしばらくして、今俺たちがいるのはギルドの中にある簡素な一室だ。普段はあまり使われることもなく、『多目的室』という名前の割には何にも使う機会がないとか言う妙な一室だと思っていたのだが――


「ええ、やってやったわ」


「うん、そうだね。……アレは爽快だったよ」


「確かに、横暴な行いが咎められたのは爽快な事でしょうが……。 事情はどうあれ、あなたたちが起こしてしまったのは禁止行為であることに変わりはないんですよ?」


――今この瞬間、この部屋は『反省室』という役割を果たしていた。


 考えてみれば当然のことだが、冒険者同士の衝突なんて王都で起こっていいものではない。昨日の酒場での一件こそクラウスの圧があったから表沙汰になっていないだけで、他の誰かがやろうものなら罰則は免れないだろう。


 俺たちとクラウスの小競り合いは、規模だけで言うなら昨日の酒場の一件よりもはるかに大きなものだ。街中であるのに魔術が行使され、互いにかなり本気の殴り合いが展開されていた。……正直、過去に例をあまりに見ないレベルの衝突事件と言っていいはずだ。


 その事実を重々分かっていながら、二人は清々しいくらいに晴れやかな表情を浮かべている。もちろん、俺も二人の感想と同意見だ。そんな感じでまったく反省の色がない俺たちの姿を前にして、レインは懐から一枚の書面を取り出してきた。


「どれだけの理由があろうと、ギルド内――ひいては王都内で魔術を戦闘目的で行使することはご法度です。ですから、その行動に伴う罰はこちらから下させてもらいますよ」


「ま、あれだけのことをやったらそりゃな。それでも先に殴りかかってきたのはアイツだし、正当な防衛行為だって主張はさせてもらいたいところだけど――」


「それをクラウスさんが素直に認めてくれるわけもないでしょう? その主張をめぐって小競り合いを起こしている時間があるなら、『双頭の獅子』を超えるための準備に当てた方がよほど生産的だと思いますよ」


――いくらあなたたちの実力があっても、あのパーティを超えることは簡単じゃないでしょうから。


 淡々と書類への記入を進めながら、レインはそう言って俺たちの主張をすげなく却下する。だが、その声に冷たさはない。……というか、むしろ俺たちに何かを期待しているような――


「……レインさん、もしかして」


「私はギルドの職員です。ギルドの中で問題行動が起こったとき、それを咎めないでいることは残念ながらできません。……ですが、職員である以前に私も一人の人間。……私だって、クラウスさんがずっと頂点に立っているのは良くないことだと思っていますよ」


 あんな横暴な人、仕事でもなきゃ話したくないですしね――と。


 あくまで淡々と書類を書き進めながら、レインは控えめながらも俺たちへの賛同を表明する。クラウスのことを酷評するその姿は、いつも丁寧に職務に対応してくれるレインからすると中々想像できない冷たさを纏っていた。


 この話を大っぴらにではなくここで進めてくれているのも、もしかしたらレインなりの優しさなのかもしれないな。あれだけの事件を起こして書類一枚で処理が終わるというのなら、それは採算的によっぽどプラスだと言えるだろうし。まあ、そもそもプラスの効果がどこまで期待できるかって所にもそれは左右されるのだけれど――


「……今日の一件で、印象は与えられたと思うか?」


「あれ以上に印象深い出来事なんて中々起こりやしませんよ。『双頭の獅子』の絶対性が揺らぐという可能性を、あそこまで現実的に考えられたのは初めてです」


 半分独り言じみた俺の質問に、レインは静かに答える。クラウスに迫られてなお冷静さと使命感を失わなかったレインの観察眼は、あの時ギルドにいた誰よりも信頼していいものだろう。


 あそこまでクラウスが詰め寄る羽目になったのも、レインが最後まで個人情報を漏らさなかったからだしな。俺たちをしっかりルール違反で咎めるところといい、ギルド職員の鑑と言っても過言ではない働きっぷりだった。


「……要するに、レインさんはボクたちに期待してくれているってことで良いのかな? もしそうなら、これほどうれしい話もないけど」


「大体そんな感じで解釈してもらって構いませんよ。ギルドの職員として働いている以上、あからさまな肩入れはできませんが」


 ツバキの質問に小さく頷いて、レインはテーブルの隅からギルド公式の印を引き寄せる。クエストの依頼書などにも必ず使用されているそれを書類に打とうとする直前、リリスがゆっくりと口を開いた。


「……あからさまじゃない協力は、期待してもいいのよね?」


「ええ、やれる限りのことはするつもりですよ。これだって言ってしまえばその一種です」


 欲張りと責められても何も言い返せないリリスの質問にも、レインさんの態度は変わらない。ギルド職員らしい慣れた手つきで印を打つと、レインさんは俺たちに向かって書類を差し出してきた。


「……こちら、今回の問題を受けてのあなた方に受けていただく罰則になります。街中での戦闘行為、あるいは魔術の行使は、本来ならば『責任感の欠如の表れ』として冒険者免許の剝奪もありうる行為ですが――」


「……今回は、そうじゃないのね。私たち、かなり派手にやり合ったと思うんだけど」


 リリスの言った通り、書面のどこを見ても『冒険者免許の剥奪』という単語は出てこない。かと言って無罪放免という訳もなく、しっかりと俺たちに課される罰則に関しては記載がされていたのだが――


「『今後一ヶ月、クエスト報酬から六割の天引き』――結構な罰には変わりねえけど、これで通したとしてレインさんの上司は納得してくれるのか?」


 儲けの六割を持っていかれると考えればかなりキツいが、冒険者としての活動には何ら支障が起こらない罰則なのも確かだ。やったことの重さを考えれば、この罰でも軽すぎると言っていいくらいだった。しかし、俺の問いかけにレインは大きく頷いて続けた。


「今回の件に関しては私も当事者のようなものですから。クラウスさんが私に詰め寄ったこと、それを見かねたマルクさんたちパーティが割って入ったことも正確に記録してありますので、これだけあればこの問題に対する私の裁量権はかなり大きくなるかと。……まあ、これだけでは足りないとギルド本部から呼び出しを受ける可能性は否定できませんが」


「それくらい破格の対応なのは間違いない、ってことだね。……本当、ありがたい話だよ」


 レインの行動の意味を理解したツバキが、座りながらではあるが深々と頭を下げる。それを目にしたレインも、深く深く頭を下げた。


「あの時あなたたちが割って入ってくれなければ、暴力は私に向けられていたかもしれませんから。勇気と実力を示してくれた貴方たちを、正しさに囚われているせいで見殺しにするのはよくないですからね」


 どこまでも真摯な対応に、俺はつくづく感服するしかない。間違いなく一番怖かったのはレインのはずなのに、それを全部棚に上げて俺たちのために思考を巡らせてくれてるんだもんな……


「本音を言えば罰金もしたくないところですが、罰金以下の罰となると少し規模的には小さいものになってしまっていて……。当分生活は苦しいかもしれませんが、そこだけは飲み込んでいただけると幸いです」


 そこまで俺たちのことを考えてくれているのに、なぜかレインは少し申し訳なさそうな視線をこちらに向けてきている。それに対して最大限の感謝で応えるべく、俺は笑顔を浮かべた。


「大丈夫だ、五百万ルネの借金抱えるのに比べたら天引きぐらいどうってことねえよ。ちゃんと四割は俺たちのもとに入ってくるわけだしな」


「……それに、その文章の書き方だと私たちが獲得した素材の売却金には天引きがかからなそうだしね。というか、あなたもそういう意図でこの文面にしたんでしょう?」


 サムズアップを決める俺の隣で、契約の穴を見つけ出したリリスが不敵に笑う。商人の近くにいただけあって、そういう言葉遣いには二人とも目端が利くようだ。


「……まあそんなわけで、ここまでしてくれれば俺たちとしても十分すぎるくらいだ。かけられた期待にはきっちり応えるから、楽しみにしててくれ」


 そんな風にこの事件を総括した俺を、レインは目を丸くして見つめている。それは、この反省室に来てからずっとギルド職員としての顔を崩さなかったレインが初めて私人としての表情を見せた瞬間のような気がして――


「……はい、楽しみにしていますね!」


ーーレインが見せた明るい笑顔に、俺たちは全力の頷きを返したのだった。

密かにいろいろな期待を背負いだす彼らは、この先どんな歩みを続けていくのか! 次回からはそう言ったところにも触れつつ話が進んでいくと思いますので、ぜひお楽しみにしていただけると幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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