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第二百七十二話『内密の二者択一』

 言葉を発さなくても、その態度を見ればリリスの意識がどこに向いているかは大体分かる。俺が誇る二人の仲間の方針が一致している以上、俺もそれに乗らない手はなかった。


 それにここで相手を叩ければ明日がある程度楽になるのは間違いないしな。本当の勝負が明日であることは間違いないにせよ、前哨戦だって勝っておくに越したことはない。


「今までの感じを見るに、設置と起爆の準備を進めないとリリスの感覚でもこれを察知することはできないはずだ。おそらく所持者がある程度の魔力を注ぎ込むことで起爆までのカウントダウンをゆっくりと進めていくような仕組みになっているんだろうね」


 城の中を見渡しながら出した推論を肯定するように、リリスは目を瞑ったまま小さく頷く。視覚からの情報を捨てて魔力の探知に全てのリソースを注ぎ込むリリスは、どんなレーダーだって凌ぐ最強の監視網だ。相手がどんな行動を起こすとしても、そこに魔力が絡むのならばリリスの感覚からは逃れられないだろうという確信が俺にはあった。


 ダンジョンの中は対策されていることが多いからだろうか、リリスの探知をここまで多用して動いていくのはなんだか久しぶりな気がするな。一つの情報を取りこぼすことが致命的となるこの状況の中では、リリスのその技術は何よりも頼もしいものだ。


 着々と探知が進んでいく中で俺ができることと言ったら、周囲から違和感を持たれないように作業しているふりをすることしかない。箱の中の花飾りをつまみ上げてみたりそれを意味ありげに二人の方へと差し出してみたり、仕事をさぼっているという評価だけは喰らわないように必死に立ち回っていた。


 まあ、それを監視する役割はバルエリスのものなんだけどな。アイツが貴族たちに囲まれて身動きが取れなくなっている以上、俺の偽装なんて気休めのものでしかない。


 箱の中に雑に詰め込まれたいろいろな飾りに目を向けながら、俺は半ば無意識にあれこれと体を動かす。考えと行動を分離させるのにも、リリスたちと過ごした二か月を経てずいぶん慣れ始めていた。


 目下のところ考えられるところと言ったら、アグニ達が何を決め手としてこのパーティを破壊しようとしているかという事だ。ボウガンを仕掛けたり狙撃手らしきものが城に配置されていたりと、参加者の命を脅かそうとする仕掛けは今までにいくつも見てきた。宿に一応置いてある奴らの魔道具も、ある程度殺傷力に特化させたものなのは確かだしな。


 だが、それらの仕掛けと爆弾の相性がいいかと言われると微妙なところだ。そりゃ爆破すればインパクトは大きいが、今までの仕掛けと違って少し力任せが過ぎるというか、狙う対象が大きすぎる。……最終的にアグニ達がどこをゴールとしているのか、その問題に俺たちは答えを出せずにいた。


 リリスの拷問も失敗しているし、今のところ奴らから引き出せた情報は『パーティの日に何かしらが起こるかもしれない』ということだけだ。それもアグニが冗談のように言った言葉から察しているだけだし、ハッタリかもしれないのがまた恐ろしいところではあるが。


(……だけど、リリスたちと全力でやりあって無傷なんてことはありえないはずだ)


 事実二回目の遭遇の時はすぐさま撤退しているし、ここまでアグニが城に直接仕掛けてくるような気配もない。……それがあるとしたら、パーティ当日のことになるのだろう。


 貴族の護衛というのがどれだけの手合いであるかは知らないが、リリスやツバキクラスの強者がごろごろと転がっているのは想像しにくい。……『未だ底が見えない』とまでリリスに言わしめたアグニの実力に食らいつける奴が一人いればいいという事すら、この現状からすると希望的観測のように思えていけなかった。


 だがしかし、それでも計画を成功させるわけにはいかない。だからこそ、前哨戦は勝てるだけ買っておきたいという最初の前提へと戻ってくるわけで――


「……見つけたわ」


 思考がちょうど綺麗に一周を果たしたその瞬間、目を見開いてリリスが小さくつぶやく。集中の極みにいたからなのか、声色を偽ろうという意識すらそこからは抜け落ちているように思えた。


「うん、それなら動こうか。……リリス、目立たないように動きを止めることはできる?」


「ごめんなさい、それは苦手分野だわ。その点については任せるわよ、ツバキ」


 待ってましたと言わんばかりに手を叩くツバキに対して、リリスはあくまで淡々と役割を分担していく。いろんな偽装の類を統べてツバキにぶん投げているあたりがとてもリリスらしい。


 ま、今なら多少派手なことをやってもバレないだろうしな。多少疑念を持たれたのだとしても、それが大きな問題へと発展しなければそれでいい――


「……実行犯が離れる前にとっとと行きましょう。こういう輩は現場を押さえるに限るわ」


「うん、確かにもたもたしてはいられないね。……行ってらっしゃい、最低限の意識さえしてくれればボクたちでどうにかフォローはするよ」


『手伝ってくれるよね?』と言いたげな視線が俺の方に飛んできて、俺は夢中で首を縦に振る。せっかくリリスが見つけ出したチャンスなのだ、その首根っこを掴みにいかない理由はない。どうせどデカいリスクを冒してここにいるなら、リターンはできる限り高く取らなきゃ割に合わないからな。


 俺たち二人からの答えに、リリスは満足そうな笑みを浮かべる。……そして、スイッチを切り替えるかのように口を一文字に結んだ。


 そのまま踵を返し、走りと歩きのちょうど中間のような速度でリリスは少し離れた壁へと走っていく。その足取りが向かう先には、紫色の髪をした一人の男が立っていた。


 フォローできるぎりぎりの範囲を逸脱しないように、俺たちも駆け足でリリスの後を追いかける。……壁に掛けられた一枚の絵画の額縁をリリスがむんずと掴んだのは、あと五歩もすればリリスに追いつけるだろうというタイミングでのことだった。


「ちょちょちょ、いきなりなんだよ⁉」


「……ッッ‼」


 突然の行動に男は混乱して、リリスの方をまじまじと見つめている。しかしリリスがその問いに答えを返すことはなく、駄々をこねるかのように首を振るだけだった。


 リリスの態度からするに、あそこのどこかにさっきと同じような爆弾があるのだろう。それを確信した俺たちは一瞬視線を合わせると、ツバキは悠々とした様子で前に出た。


「……ああ、ごめんなさい。ウチの者がご迷惑を」


 軽く頭を下げながら、ツバキはリリスの横に身体を滑り込ませる。会話ができる人が現れたことに安堵したのか、男は戸惑いを隠さないままで声を上げた。


「おう、いい迷惑だこった! こちとら結構な思いをして掛けたってのに、これじゃあまたやり直しじゃねえか!」


「それは本当に申し訳ない。彼はとても感覚が鋭敏でこだわりが強くてですね、自分の気に入らないものが目に入るとそれを正したくて仕方がなくなるんです。普段はご主人様が止めてくださるのですが、生憎貴族の方々に捕まってしまったようで」


「言い訳なんざ知らねえよ、従者にぐらい首輪はちゃんと付けとけ! いいか、分かったらすぐに離れててめえらの持ち場に戻れ!」


 激情を隠すことなく、まるで威嚇するかのように男は声を荒げる。最初こそは周囲の従者たちも何事かとこちらを見ていたが、従者同士の些細な問題であると見るやすぐさま興味を失ってそれぞれの持ち場に戻っていた。仲裁に入る可能性があるとすればレミーアだけだが、彼女は今でも取り入ろうとする貴族たちのおべっかに巻き込まれてこっちの状況なんて見えていない。……つまり、多少なり大胆なことをしてもその瞬間に気づける人間はいないって寸法だ。


 場が整えられたことに勘付いて、ツバキもにんまりと笑みを浮かべる。それが気に食わなかったのだろう、男はまたしても声を荒げた。


「聞こえなかったのか⁉ 早いとこその額縁を置いて、従者は従者らしく黙々と作業をしやがれ!」


「いえ、聞こえていますとも。……聞こえたうえで無視をして、ボクたちのやるべきことを遂行しようとしているだけです」


 その圧力を笑顔でいなし、ツバキはリリスに視線を向ける。その無言の要求に応えるかのように、リリスは額縁の裏面を向けてツバキへと差し出した。


 よくよく目を凝らしてみれば、その中心と四隅には何か小さなものが張り付いている。一見すると額縁を固定する道具にも見えるが、それはどうしてかちかちかと赤く明滅していて――


「先ほども申し上げましたように、彼はとても感覚が鋭敏でして。……それゆえに気づいてしまうのですよ、こういう不埒で無粋な仕掛けにね」


 パキリという固い音がして、五つの爆弾が同時に凍り付く。ツバキはそれを一つ一つ丁寧に摘み上げ、影を通してから指ですりつぶす。……たった一手間かけるだけで簡単に爆弾は無力化され、両者の立場は一瞬にして逆転した。


「な、な……」


「……さて、あなたには二つの権利があります。今ここで潔く自分の策略を認め、足早にこの場を去るか。――あるいは、どうしてもそれができないのなら」


 急に体を震わせ始めた男に歩み寄り、ツバキは獰猛な笑みを浮かべる。ついに捉えた獲物を前にして舌なめずりをして見せるような強者の余裕が、その全身からは立ち上っているかのようで。


「……ここで影に飲まれてしばらく寝ててもらうことになりますが――さて、どっちがお好みですか?」


「ひ、ひぃッ……‼」


 俺たちにしか見えないようにして立ち上らせた影をちらつかせつつ、ツバキは小声で問いかける。……だがしかし、それに対してひきつった声以上の答えが返ってくることはなかった。


 男は恐怖心からか地面に倒れ伏し、挙句の果てには泡まで吹いている。その様子を見降ろして、ツバキは小さくため息を吐くと――


「――やれやれ、三つ目の答えを出してくるとは恐れ入るね」


 それだけ零して、男の全身を影で覆いつくした。

 アグニの手先を見つけ出すことができたマルクたちですが、しかしまだまだ気は抜けません! パーティ当日を無事に乗り切るまでつきまとう続ける危険性を果たして彼らは打破できるのか、これからもお楽しみいただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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