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第二百六十七話『入り乱れる思惑』

「……ややこしいことになりましたわね」


 すっかり雰囲気の変わってしまった準備の場を見つめながら、バルエリスは俺たちにしか聞こえないぐらいの声量で軽くつぶやく。目の前ではレミーアが今日の準備プランを説明していたが、話半分にしか聞いていない様だった。


 今軽くあたりを見回すだけでも十人弱ほどの見覚えのない顔がレミーアの話を聞いており、そしてそいつらは揃いも揃ってしっかりと着飾っている。自分の立場は従者とは一線を画するものであると言外に主張しているかのようなそのファッションは、俺からすると悪趣味なようにしか見えなかった。


 マウンティングの材料に使われてしまう服が本当に気の毒でしかないが、そもそもこいつらをこの場に引きずりだしてしまったのは俺たちだ。……守衛が俺たちを潜入させるために提示した条件のうちの一つが、予想だにしない形でこの場に変化をもたらしている。


 男装や女装に比べればなんてことないものだと思っていたバルエリスの同席だが、参加者たちからすると感化できるものではなかったらしい。バルエリスの言っていた『面倒くさい』部分の片鱗が、こうして今日参加している貴族たちの振る舞い方にもあるのだろう。


 そこにどんな真意があるかは想像するだけ無駄だろうが、少なくとも善意だけでここに来ている貴族はいないだろう。本当に善意から準備を手伝う気があったのなら、一日目からこの場にいなくちゃ明らかにおかしいんだからな。


「……昨日も言ったとおり、今日の作業は城の大広間の整備と設備の設置。大掛かりなことも多くなっちゃうけど、その分人数も増えたしうまく動いてくれると嬉しいわあ」


 この状況をどのように見ているのか、レミーアはいつもと同じような口調で集まった俺たちに指示を出す。それに貴族と思しき奴らが大げさに相槌を返しているが、正直言ってうさんくさい事この上ないな。


 でもまあ、そうなるのは当然の話か。レミーアが準備に立ち会うことは最初から言われてたわけで、それを分かったうえで貴族たちも黙認していた。……ゲルウェイの言葉が本当に貴族たちの総意だとするのならば、奴らが標的にしているのはバルエリスという事になるわけだ。


 俺たちとしてはアグニの計画を止めるための策でしかないのだが、それが貴族たちの眼には『レミーアへの点数稼ぎ』とでも映ったのだろうか。ならばお前たちも一日目から準備の場に顔を出せばいいとも思ったのだが、事態はきっとそう単純じゃないのだろう。


(……今日ここに集まった貴族たちも、どうせ仲良しってわけじゃないんだろうしな)


 決して隣り合うことなく一定の間隔を保って立っている貴族たちの姿を見て、俺はとりあえずそう結論付ける。『打算や利害でしか動けない』とあきれた様子でこぼしていたバルエリスの姿が、俺の脳裏によぎり続けていた。


 つまりは利害さえ一致すれば貴族と手を組める可能性も無きにしも非ずと言ったところだろうが、今回に限ってはそれを期待するだけ無駄だろう。バルエリスとレミーアの二人しか高貴な人間がいない状況を不都合だと見て貴族たちが動いている時点で、どうやっても奴らは俺たちの邪魔にしかならなかった。


 むしろアグニの手の者がここに紛れ込んでいたのだとしたら、標的が増えたと言って内心小躍りしたくなる状況なのではないだろうか。もちろん多少なり監視の目は増えてやりづらくはなるだろうが、従者を人として認識しているかも怪しい奴らの眼なんてかいくぐるのは訳ないことだ。警戒の欠片もない人間の眼なんてどんな角度からでも欺き放題なんだからな。


「……うん、全体での打ち合わせはこれぐらいだねえ。……それじゃあ、今日もてきぱきとよろしくお願いするわよ?」


 新たに混じった面倒な要素に辟易していると、レミーアが穏やかな口調で準備の前説明を終わらせる。それと同時に従者たちの一団へと歩み寄って言っているあたり、ここからは個別に指示を出すのだろう。……少しばかり、俺たちのもとに来るのには時間がかかりそうだ。


「……ご主人様、少しよろしいですか?」


 俺と同じことを悟ったらしきツバキが、バルエリスの服の袖を軽く引っ張って移動を促す。それに「ええ」と小さく頷くと、バルエリスは足音を殺しながら城門の方へと走っていった。


 それについて行く形で人込みから離れ、わずかだが俺たちは四人で話し合うための時間を得ることに成功する。レミーアと近づいてさえいなければ目的は達成されているのか、場を離れた俺たち四人を注視する奴はいないようだ。


「……確認だけど、あの悪趣味な服を着ているのって貴族たちなのよね?」


 しっかりと詰めた襟元に触れながら、リリスは話の前提を改めて確認する。それにバルエリスは重々しく頷くと、一瞬だけ思い切り顔をしかめてみせた。


「ええ、それも有力と噂されるような方ばかりですわ。……それと同時に、わたくしがパーティ会場に足を運んだのを『レミーア様とのつながりを強化しようと動いているのだ』と言うように誤解した頭の残念な方々でもあるのですが」


「ま、襲撃計画があるなんて話は誰も知らないわけだからな。その視点から見たら、本来こんな場に参加するはずのない奴が飛び入り参加するのは違和感しかないってことだろ」


 もし本当に頭の残念な奴らだったら色々とありがたいのだが、ゲルウェイの振る舞いを見る限り決して頭が悪いと思うことはできない。ただ必要な情報が足りていないから真実に決してたどり着けないだけで、うっかり気を抜けば出し抜かれる可能性は十二分にあった。


「……さっき話してたあの男、妙な圧迫感があったもんね。ゲルウェイ――とか言ったっけ」


「ええ、フルネームをゲルウェイ・アストライドと言いますわ。……この王国の中で両手の指に入るぐらいに力を持っていると言っても過言ではない家の当主にして、その名前に劣らない切れ者でもあるというのは有名な話ですわね」


 記憶を呼び起こしたツバキに頷いて、バルエリスはそう説明を加える。……貴族世界の評判にどこまで信憑性があるかはともかく、俺たちが想像していたよりもさらに大物であることは間違いなさそうだ。


 さっきバルエリスと会話してた時も終始どこか余裕があるようだったし、最後の方に至っては完璧にペースを握られてたからな……。アレの本性を垣間見ることしかできなかったという点では、ゲルウェイの実力をまざまざと見せつけられたという事になるのだろうか。


「すごかったもんな、あの会話。最後の最後で一気にペースを持って行って、反論する間もなくその場を去っていくんだからさ」


「ああ、もうあれは一種の宣戦布告だよ。本当に由々しきことではあるけれど、ボクたちの自由度は昨日よりもさらに奪われると言っていいだろうね」


 ゲルウェイから覗いていたどす黒い感情を思い返しながら呟くと、ツバキがため息をつきながら同調する。足の引っ張り合いとしか思えない状況ではあるのだが、ゲルウェイたちが俺たちにとって邪魔な存在であることはもう疑いようもない事だ。それをどうにか回避しようと思っても、俺たちにできることなんて本当に些細な事しかないわけで――


「……なに沈んだ顔してますの、ここはわたくしの得意分野ですわよ?」


 それでも何か状況を変える手段はないかと首をひねっていると、唐突に俺の額を冷たい感触が襲う。それに軽く押されて一歩よろめくと、それを見たバルエリスがくすくすと笑っていた。


「……確かに、ゲルウェイ様に絡まれたのは面倒ですわ。あの方はとても狡猾で、しかも横のつながりも広い。それをご本人も自覚していますから、できることなら相手したくない方なのは間違いありません。――ですが、踏んできた場数だけで言うならばわたくしの方が絶対に上ですわよ」


 少し驚いたような俺たちの視線を一身に集めながら、バルエリスは胸を張ってそう断言する。仮面に隠れた赤色の瞳が、きらきらと好戦的な光を帯びていた。


「たとえわたくしに秘密があったとしても、わたくしがくぐってきた場数の多さは嘘じゃない。……そうはっきりと言い切れば、あなたたちはそれを信じてくれるのでしょう?」


「……ええ、そうね。貴女がそこまで自信を持つのなら、私たちが心配するのは筋違いってやつだわ」


 少しからかうようにバルエリスがそう問いかけてきて、リリスは降参するかのように苦笑する。……実際にゲルウェイと言葉を交わすバルエリスがそこまで言うのであれば、傍に立っていることしかできない俺たちがあれこれ考えすぎるのは確かに野暮というものだった。


「……さあ、早いところレミーア様のところに戻りましょう。もうすっかり待たせてしまっているかもしれませんわ」


「ああ、そうだね。……よろしくお願いするよ、ご主人様」


 心なしか少し小さくなった人込みに向けて真っ先に歩いていくバルエリスの背中を追いながら、俺たちは主に仕える従者へと心のスイッチを切り替える。……堂々と断言してくれたその背中を信じることが、新たに増えた面倒事に打てる最大の対策だった。

 様々な思惑たちが交錯する中、果たしてマルクたちはここに来た目的を果たせるのか! 人も増えてさらに状況は混迷していきますが、四人の奮闘を見届けていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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