第二十六話『宣戦布告』
――俺の言葉から少し間をおいて、ギルド全体が大きくざわめきだす。それはきっと、今俺が投げかけた言葉のせいだろう。きっと誰もが思っていたけれど口に出せなかった事実が、今ようやくクラウスに突き付けられたのだから。
「……人徳、だあ?」
「そうそう、人徳。人を引っ張る資質、カリスマ性なんて言い換えてみてもいいかもな」
まだその意味を理解しきれていないクラウスに、俺はもう一度はっきりと伝えてやる。王都一のパーティを率いるリーダーに人徳がないだなんてとんだ笑い話ではあるが、生憎それは紛れもない事実だからな。
「お前がパーティを率いれてるのはただ強いからだ。お前は強くて、それでいて力を振るうことに躊躇がねえ。そんなんだから、その暴力を抑え込めない奴らはただ従うしかない。黙れと言われれば黙るし、忘れろと言われれば忘れる。力にものを言わせて周りを従わせるのが人徳ある人間の姿だって言われても、納得できるわけがねえだろ」
「……詐欺師風情が、分かったような口を聞くんじゃねえ――‼」
ため息交じりの俺の言葉がよほど癇に障ったのか、影に縛られていながらもクラウスは俺の方へと踏み込もうと体を前のめりにする。――しかし、それは無駄な足掻きというものだ。
「はい、そこまで。そういうところが人徳に欠けるって話を今マルクはしてくれているんじゃないのかい?」
ツバキの手によって影の触手がピンと張りつめ、クラウスの体は俺に届くことなく強制的に停止させられる。……その姿は、最強とは程遠いものだった。
「しゃらくせえ、ことを……‼」
「でもそのしゃらくせえことにお前はやりこめられてる。――お前は今、間違いなく俺たちより劣ってるんだよ」
怒りに任せてこちらを睨みつけてくるクラウスに、俺は肩を竦めながら答える。どれだけ不意打ち的なやり方だったとしても、俺たちのしゃらくさい戦術を前に『最強』は無様な姿を晒しているのだ。これを俺たちの勝利と言わずして、一体なんて呼べばいい。
誰もが分かっている通り、俺一人の力だけでは『双頭の獅子』はおろかクラウスを超えることもできない。ほぼすべての面で、クラウスは俺の上を行っているわけだしな。……それが痛いくらいに分かっているからこそ、俺は別の方法を探せるんだ。
「一人じゃダメなら二人で、二人でダメなら三人で。お前が作り上げた全てを完全に超えられるまで、俺たちはどんどん大きくなっていくだけだよ」
力が足りないのは分かっている。だから、俺は人を集めるのだ。クラウスを完全に超えて、そこにいる誰もが幸せになれる最強で最高なパーティを作ることが、俺なりの復讐なんだから。
クラウスがこの先も変わらないのなら、俺たちが目指す領域までたどり着くことは絶対にありえない話だ。クラウスのやり方には絶対に限界があって、どこかで頭打ちが来る。だから、その時が来たら俺たち全員でクラウスのことを高みから見下ろしてやろう。『ほら、だから言ったのに』――って、笑みを浮かべながらな。
「――クラウス、これは俺からの宣戦布告だ。一字一句聞き漏らさないようによーく聞いとけ」
一歩踏み込んで、血走ったクラウスの目を上からのぞき込む。どれだけ忘れたくても、決して忘れられない思い出を刻み込めるように。悪夢に出てくるくらいの衝撃を与えられるように、俺は慎重に言葉を選んで――
「これから俺たちは、お前が積み重ねてきた何もかもを否定する。俺は俺のやり方で『双頭の獅子』を越えて、王都で一番――いいや、この王国で一番のパーティになってやる。俺がお前を詐欺師だなんて言い続けるなら、実力と結果でそうじゃないって証明すればいいだけの話だからな」
『双頭の獅子を超える』。王都にいる冒険者たちすべてに宣戦布告をするようなその宣言は、ギルド全体を衝撃で包むのには十分だった。ギルド全ての視線が俺たちに注がれ、その印象は強く強く冒険者たちの中に刻まれるだろう。――もう誰も、俺たちを無視できない。
「……おいおい、正気で言ってるのか?」
「『双頭の獅子』の強さを知らないで言ってるんじゃないだろうし……やっぱりあいつ、追放されてヤケになってるんじゃ……?」
しかしそれは肯定的なものだけではなく、疑いを取り除けないでいる冒険者の数も少なくない。クラウスの、そして『双頭の獅子』の実力は王都に居れば誰もが知りうるものであり、それを塗り替えるというのは長い間変わらなかったこの街の勢力図を根底からひっくり返すことに等しいのだから。
何の根拠もなく俺がそれを喚いても、人々はそれを妄言だと断じて憐みの視線を向けることしかしないだろう。……だが、この場にいる冒険者たちにはそれが出来ない。影の拘束から逃れられないでいるクラウスの姿は、それくらい衝撃的なものなのだ。
「……でも、あの二人は相当強いぜ……? あの術師一人じゃダメでも、二人がいるなら……」
「クラウスがあそこまで手も足も出ないの、初めて見たわ……あの子たちが上がってきてくれるなら、もしかして……」
その俺の確信を裏付けるように、ギルドの中からは俺たちに期待するような声も上がっている。クラウスの絶対的な強さを揺らがせる存在は、誰もが待ち望んでいたものなのだから。
もしもクラウスが一国の主だったならば、即位して一週間も経たずに政変が起こってもおかしくはない。それくらいアイツは横暴で、そのくせそれを正当化できてしまう強さがあるのがクラウスの厄介なところだった。筋を通して政治をしなくちゃならない王様と違って、冒険者ってのは絶対的な力があればある程度の横暴も通せてしまう面倒な職種だからな。
だが、そのやり方は自分より力を持った存在が登場した瞬間に破綻するリスキーな代物だ。もしもクラウスよりも強いと誰もが理解するような集団が現れれば、その時がクラウス・アブソートの終焉の時だと言っていいだろう。
――だから、俺たちがその引き金になる。クラウスが傲慢でいられる理由の全てを、俺たちが根底から破壊してやろうじゃないか。
「お前が力で築き上げてきた全てを、俺が奪ってやる。遠からず『双頭の獅子』は俺らの踏み台になるんだから、その覚悟だけはしておいてくれよな?」
その額に人差し指を押し当てて、俺は不敵に頬を吊り上げる。……その瞬間、影の拘束がピンと張りつめた。
「クソが、クソがクソがクソが……っ‼」
どれだけ俺を殴りたくても、どれだけその人差し指を押し返したくてもその衝動は叶わない。影に深く縛られたその姿は、これからのクラウスの進む先を暗示しているようにも思えた。
「……お前、結構な時間トップで居続けたんだろ? どんな冒険者でもずっと全盛期ではいられないんだし、そろそろ後進に道を譲ってやろうぜ。まあ、そうする気がないなら強制的に引きずりおろすだけだけどさ」
――お前が唯一持ってない人徳を、せっせせっせと積み上げてな。
クラウスの姿を見下ろして、俺は宣戦布告を終える。今この瞬間、張り詰めたギルドの空気を支配していたのは間違いなく俺たちだった。
さて、ようやくここまで辿り着けました! ここまではあくまでジャブ、あくまでプロローグ。マルクたちが真に成長し、成り上がり&ざまぁをかますのはここからです!次回からもどうぞお楽しみに!
ーーでは、また次回お会いしましょう!




