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第二百五十七話『リスクヘッジは入念に』

 お互いの性別を入れ替えるにあたって、まず最初に大きな問題となったのは声の問題だった。女性として振る舞うにしては俺の声は既に変わりきってしまっているし、逆にリリスの声は中性的な男性を演じるにしても少々高すぎるきらいがある。もちろんそれだけで『性別を偽っている』だなんて言いだされたら失礼もいいところなのだが、それにしたって疑念を持たれるきっかけは少しでも減らしておくに越したことはないだろう。


 そこで白羽の矢が立ったのが、落ち着いた声色をしたツバキだった。本人曰く『結構頑張って落としている』状況ではあるらしいが、その声は声変わり前の中性的な男性を思わせるものになっている。……だからこそ、基本的なコミュニケーションはツバキに一任することにしていたのだが――


(……もしかしたら、それも失敗だったかもな……)


 レミーアの背後に立つ女性たちの目線がツバキに集中しているのを見て、俺は内心だけでため息を吐く。俺たちの努力によって美丈夫に仕上がったツバキの姿は、女性たちの心を一瞬にしてがっちりとつかんだようだ。


 別に心をつかむだけなら全然かまわないどころかありがたいとまで言えるのだが、その女性の中の何人かがひっそりとツバキの方へにじり寄り始めているのが問題だ。レミーアとの会話が終わるそのタイミングを決して見逃すまいとする姿勢は、まるで狩りの真っ最中かのようだった。


「……あら、アルフォリアさんのところの。何か分からないことでもあるのかい?」


 その視線に気づいているのかいないのか、レミーアはツバキをまっすぐ見つめておっとりと問いかける。それにツバキは丁寧にうなずいて、古城を取り囲む庭園をぐるりと視線で示した。


「……ほかの方々の動きが機敏過ぎて、ボクたちがどこに入ればいいのかが分からない状態でして。……お手数をお掛けすることにはなりますが、レミーア様に断りなく勝手な行動もできませんから」


「だからこうやって私に指示を仰ぎに来た、と。……バルエリスさん、あなたいい従者を持ったわねぇ」


「……ええ、わたくしには身に余る従者たちだと思いますわ」


 丁寧な様子のツバキに感嘆した様子で、レミーアはバルエリスの方へと水を向ける。称賛を受けてバルエリスは一瞬だけ恥ずかしそうにしていたが、すぐに切り替えて頷いていた。


 結果論にはなってしまうが、レミーアに方針を仰ぐのは正しい選択だったようだ。監督役からの評価がどうなるかで、行動の自由度は大幅に変わると言ってもいいからな。一つ一つは小さなことかもしれないが、それでもコツコツと信頼を積み重ねていかなければ。


「そうねえ、結局一番人手がいるのはこまごまとした設備の準備だから――ちょっと遠くて申し訳ないけど、城の裏手で作業している一団に混ざってもらってもいいかしら?」


「ええ、遠慮なくお申し付けください。ボクたちは体よく動かせる人手、言ってしまえば遊撃部隊のようなものですから」


 少し考え込んだ末に発されたレミーアからの要請を、ツバキは恭しく頭を下げて受諾する。それに続くようにして俺たちも頭を下げると、レミーアが優雅に笑う声が聞こえてきた。


「遊撃部隊とはこれまた的を射たたとえをする子だねぇ。……バルエリスさん、この子たちは大事にしないといけないわよ?」


「ええ、肝に銘じておきますわ。……たとえ金をいくら詰まれても、彼らにはわたくしに仕えてもらうつもりです」


 楽しそうに笑うレミーアに真剣な口調で答え、バルエリスはしとやかな笑みを返す。それを最後に少し沈黙が生まれると、顔を上げたツバキがくるりとこちらを振り向いた。


「それでは、ボクたちは持ち場に向かいます。……一段落したら、また指示を仰ぎに来ても?」


「ええ、そうしてちょうだい。あなたたちの頑張り、期待してるわ」


 最後の確認にレミーアがそう答えて、ひとまず俺たちのやり取りは終了する。レミーアの下を離れて古城の裏手へと向かって行く俺たちの背中に何人かの視線が突き刺さっていたが、強引に声をかけるという荒業にまでは流石に踏み切れない様だった。


「……ふう、とりあえず最初の関門は突破だね。正直なところ気が気じゃなかったよ」


「ああ、かなり視線集めてたもんな。……まあ、その理由は変装が上手くいきすぎてるからだと思うけどさ」


 ほっと胸をなでおろしながらいつもの口調に戻るツバキに、俺はねぎらいの声をかける。準備には結構な人数が割かれているはずなのだが、会場の広さも相まって周囲に人がいないタイミングがそこそこ生まれるのは嬉しい誤算だった。

 

 基本方針自体は事前に共有してるにせよ、その時々で対応を考えたい状況は生まれるかもしれないからな。こういう移動時間の間だけでもスイッチを切って素で意見交換できるのはとてもありがたいことだ。――現にそれがなきゃ、俺たちはレミーアの信任を得られなかったわけだしな。


「……商会時代の同僚たちみたいな目をしてたわね、あの従者たち。……ああいうのをあしらうのって、いつまでも慣れられる気がしないわ」


「貴族のもとに仕える人間には、高貴な立場の人間に見初められることを目標としている方もいるともっぱらの噂ですもの。……そういった人たちのお眼鏡にかなうぐらい、ツバキさんの変装はしっかりしたものに仕上がってるってことですわね」


「まあ、きっとそういう事なんだろうね。それ自体はありがたいことのはずなんだけど、なんだか少し複雑だなあ……」


 バルエリスの評価を受け取りつつも、ツバキは困惑を隠せないと言った様子で頬を掻く。その姿もどこか様になっているように見えて、二人の仕上がりの良さにただただ感嘆するしかなかった。


 あんまり人の見た目への表現力があるわけじゃないが、『素材が良い』ってのはこういうことを指すのかもしれないな。ある程度抑えるべきポイントさえ押さえておけば、どんな装いをしても二人はにあってしまうんじゃないだろうか。……それをこういう形で実感することになるとは、俺も全く想像できなかったが。


「今は離れた持ち場を指示してくれたからよかったけど、問題はさっきの人たちと同じところでやるってなった時だよな……。ツバキ、上手い感じにごまかせそうか?」


「うん、そういうのに慣れてないってわけじゃないからね。……というか、むしろボク的には二人が目をつけられたときの方が心配だよ」


「ああ、それはありますわね。ツバキはまだ会話がスムーズにこなせますけど、二人は無理をしないと体裁を保てなくなりそうですもの」


 ツバキが唐突に俺とリリスの方へ話題を向けると、それに同調するようにバルエリスも続く。俺自身に人の視線を集めるような要素はないと思っているのだが、しかし俺の方を見つめるツバキの視線は真剣なものだった。


「いいかい二人とも、強引に言い寄られてるなって思ったらすかさずボクかバルエリスを頼ってくれ。……さっきの人たちの雰囲気を思うと、力任せに距離感を詰めてくることは十分に考えられるからね」


「ええ、その時は遠慮なく助けてもらうことにするわ。『心に決めた人がいる』とか言っても、アイツらは全然臆してくれそうにないしね」


 念を押すかのようなツバキの忠告に、リリスが小さく息を吐きながら同意する。それと同時になされた従者たちへの評価は手厳しいものだったが、それを的外れだとは到底言えなかった。


「うん、分かってくれてありがたいよ。……マルクも、自分には関係のないことだって油断してちゃダメだからね?」


「……了解。ちゃんと助けてくれる奴らがいるってこと、肝に銘じとく」


 俺の内心を見抜いているかのようなツバキの言葉が飛んできて、俺は一瞬気圧されながらもはっきりと頷く。それを見てツバキは満足げな笑みを浮かべると、裏手へと続く古城の隅をぐるりと曲がった。


 ここから先はまたスイッチを入れなければいけない場所、俺たちが与えられた役割を果たす場所だ。決定的なタイミングが現れるまで、俺たちは頼もしい助っ人でいなければいけないからな。


「……失礼します。レミーア様のご指示を受け、この裏手の作業を手伝いに参りました」


 一足先に思考を切り替えていたらしきツバキが丁寧にあいさつをすると、準備にいそしんでいた従者たちが手を止めて視線をこちらに集中させる。……準備の場への本格的な潜入は、ここからが本番だと言ってよさそうだった。

 次回、彼らは無事準備の場になじむことができるのか! 対に本格始動した彼らの様子、次回もぜひ見守っていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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