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第二百五十六話『勝負が決まるタイミング』

 この時を待っていたと言わんばかりに、ドレスと仮面を身にまとったバルエリスは堂々と宣言する。……だがしかし、実際に俺たちの目的を遂行する前に聞いておかなければいけないことがあった。


「……そういえばさ、さっき話してた女の人――レミーアさん、だっけ? どう考えても従者の側じゃない人だったけど、あの人はいったい何者なんだ?」


「あ、確かにそれはボクも気になるところだったね。今後どう接していくかにも関わってくるし、そこに関しては今の内に共有しておいてくれると嬉しいかな」


 流れをぶった切る形になってしまった俺の質問に加勢するように、ツバキもピンと挙手をして要望を付け加える。のっけからの横槍に面食らったのかバルエリスはつんのめるように体を前に傾けたが、即座に咳払いをして俺たちの質問に答えた。


「……そういえば、あなたたちは知らないんでしたわよね。わたくしたちの世界では知らないとやっていけないレベルの方でしたから、すっかり失念しておりましたわ」


「私たち、貴方の従者としての経歴はとてつもなく短いしね。……でも、あなたがそこまで言うってことは重鎮と呼ばれるレベルの人なのかしら」


 少し照れくさそうに頭を掻くバルエリスにジト目を向けつつ、リリスは確認するようにそう問いかける。それにバルエリスは小さく頷いて、目線だけで少し離れたレミーアの背中を指し示した。


「あの方はフルネームをレミーア・グラサリオ様と言って、ろくでなしだらけの貴族界における数少ない良心と言っても良い方ですわ。……もっとも、甘いだけの方では決してありませんが」


 少し曲がった小さな背中を見つめつつ、バルエリスはレミーアのことをそう評する。基本的に貴族や上流階級にまつわる者に関して厳しい評価を下してきたバルエリスだったが、レミーアに関してはまた別のようだ。


 そういえば、レミーアもさっきの会話の時に『最近の若い世代は』みたいなことを言ってたもんな……。そう言ってる世代の社会がいいものだったかどうかは別問題だから置いておくとして、レミーアが今の貴族たちの在り方に対して思う所があるのは確からしい。


 さっきのやり取りを経てその『若い世代』のカテゴリから俺たちが外れていればいいのだが、それはきっと希望的観測ってやつだろう。たった一度の、それも主同士の会話だけで従者である俺たちを信用するようじゃ、バルエリスの言っている貴族の世界で生きるのは難しそうだからな。


「……甘いだけじゃないってのは、ちゃんと頭も切れるっていうことでいいんだよね?」


「ええ、あの方はそれでこの世界をのし上がってきたと聞いております。財政的に苦しくなった貴族がレミーア様の援助を経て余裕を取り戻したという逸話が各地にあるぐらい、現状を整理して対策を立てることに長けている方ですわ」


 この一代でずいぶんと有力な家にまでなったみたいですし――なんて付け加えて、バルエリスはツバキの確認を真っ向から肯定する。大きな机を運んでいる数人の従者とともに行動するその後ろ姿には一切の威圧感が感じられないが、それでも実力がある人物なのは間違いないようだった。


 領地経営に関する実績には少しばかり脚色もあるだろうが、家が大きくなったってのは揺るがしようもない実力の証明だよな……。今回のパーティに参加する以上、一定以上の地位があることは間違いないし。


「ま、敵に回すと面倒な相手になるのは確定と言ったところですわね。アルフォリア家の今後のためにも、徹頭徹尾気づかれないように動くのが最適ですわ」


 いきなり現れたキーパーソンに俺が頭を悩ませていると、行動を起こしたくてしょうがない様子のバルエリスがくるりと古城の中に身体を向ける。その次に起こす動きを察した俺は、その背中にとっさに声をかけた。


「……ちょ、ちょっとだけ待ってくれ! まずはレミーアさんの指示をもらってから動く方が結果的にはやりやすいなるんじゃないか?」


 周囲に聞こえないように、しかしバルエリスには届くようにちゃんと声量を調節しながら、俺は目的達成の最短ルートを行こうとするバルエリスをどうにかこうにか引き留める。……だが、振り向いたバルエリスの顔には明らかな疑問の色が浮かんでいた。


「……どうしてですの? 今は城の入り口を見ている人も少ないし、中に入るなら今の内ですわ」


「ああ、それも一理ある。……だけど、人が少ないのはきっと理由があっての事なんだ。レミーアが解散を指示した時の動き、なんだか異様にスムーズだっただろ?」


「…………まあ、確かにそうでしたわね。でも、そのこととレミーア様のところに行くことの繋がりはどこにあるんですの?」


 かなり気が急いているバルエリスをなだめるようにゆっくりと話しながら、俺は頭の中でバルエリスを説得するための理論を構築する。ずいぶんと状況証拠ばかりにはなってしまうが、それでも自信を持って言えることは確かにあった。


「多分だけど、準備の参加者たちは事前に役割分担もどんな手順で進めていくのかも事前に通達されてる。その状況で外の方に人が多いってことは、城の中は後回しでいいっていう方針がここにいる奴らの中で共有されてるかもしれないんだよ。……そんな中で俺たちが城の中にずかずかと入り込んでいったら、どうなると思う?」


「十中八九、悪い意味でほかの人たちの目線を集めることになるだろうね。『外を優先しよう』って方針がレミーアさんの主導で建てられたものなんだとしたら、わざわざボクたちを城の中の作業に派遣することもないだろうし。レミーアさんから何をやればいいのかの指示も当然もらってない以上、準備という準備もろくにできない状態に陥っちゃうだろうからね」


「その結果私達には常に他者からの視線が向けられて、自由に動こうにも動けなくなる。……そうなれば、間違いなく一日目を棒に振ることになるのは想像に難くないわ」


 俺の問いかけにツバキが答え、最後は軽く息を吐きながらリリスが締めくくる。これはあくまで最悪の展開でしかないが、しかしかなりの確率で起こりうるものでもある。……幸いなことにバルエリスもそのことに気づいてくれたのか、小さく息を呑むような声が聞こえてきた。


「……わたくし、もしやかなり危ない橋を渡ろうとしておりましたの?」


「ああ、それも結構猛スピードでな。いつ仕掛けてくるか分からないアグニ達を警戒したい気持ちはすごく分かるけど、そもそもこれはスピード勝負じゃない」


 あいつらが本格的に動くのはパーティの当日だろうから、仮に罠が設置されていたんだとしてもそれを当日までに解除することができれば御の字だ。……それよりも何よりも今恐れるべきは、かろうじてなじむことができたこの場の空気から明らかに浮いてしまう事だろう。そうなってしまえば、当日まで罠を残してパーティ本番を迎える確率は爆発的に膨れ上がることになる。


 ここまでお膳立てをしてもらった以上は確実に成果を出さなくてはいけないし、そのためにも迅速に行動を開始しなければならないというバルエリスの焦りもよく理解できる。……だが、それを踏まえたうえでも俺たちが今取れる最善手が『我慢』であることには変わりなかった。


「城の外の準備が終われば、きっと次は城の中の準備のターンが来る。そうなったら俺たちも自然に城の中を動けるようになるはずだ。……だから、そこまではぐっと気持ちをこらえてくれ」


 バルエリスの眼をまっすぐに見つめて、俺は必死にそう頼み込む。赤い瞳はしばらく不安げにあちらこちらを見つめていたが、やがてその首がコクリと縦に振られた。


「……ええ、そういたしましょう。どうやらわたくし、知らず知らずのうちにとても焦っていたようですわ」


「いいや、それに自分で気づけるだけ上出来だよ。……さて、そろそろレミーアのところに行こうぜ」


 あんまりここで固まってても怪しまれるしなーーと。


 申し訳なさげに視線を下げるバルエリスに対して首を横に振り、同時に俺は頭の中でスイッチを切り替える。他者の眼があるところへ向かう以上、俺はバルエリスの従者の女性だ。そこはちゃんと心に刻んでおかなければ。


「……よし、それじゃあ打合せ通りに行こう。コミュニケーションはボクに任せておくれ」


 事前に宿で決めた約束事の通りツバキが先頭に立ち、俺たちは五人ほどの従者と一緒に立っているレミーアの背中に向けて近づいていく。その距離が二メートルか三メートルほどにはなっただろうかと言ったタイミングで、ツバキは緊張をほぐすかのように息を吸い込んで――


「……お取込み中申し訳ございません、レミーア様。ボク達の役割について、少々お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 普段よりも数段トーンを落とした中性的な声で、ツバキはレミーアに向かって丁寧に声をかける。……その対象であるレミーアが振り向くよりも早く、その奥に立っていた女性たちの眼がきらきらとした光を帯びたような気がした。

 

 慎重に慎重に状況を見極めつつ、マルクたちは準備の場を動いていくようです。次回、レミーアとの会話をツバキは切り抜けられるのか、ぜひお楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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