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第二百五十三話『魔法の言葉』

「……うん、これなら十分ね。私たち三人の知恵を結集させただけの甲斐があったわ」


「そうだね。まじまじと見られたりしたらともかく、初見でこれを男の人だと見抜ける人はいないと言って間違いないよ」


 様々な角度から着飾った俺を見つめつつ、ツバキとリリスはご満悦の様子でそう評する。その言葉を聞く俺の視界の隅で、ウィッグによってロングヘアにされた俺の茶髪がゆらりと動いた。


 それもただロングにしただけではなく、毛先の方をを軽くカールさせてあるというおまけつきだ。どういう技術を使えばこんなウィッグを作れるのか全く謎でしかないが、とにかく三人にとっては好都合だったらしい。……まあ確かに、自分で見ても地毛なんじゃないかと疑いたくなるぐらいに髪色がそっくりだしな。


「……手は抜かないって言ってたけど、まさかここまでのクオリティになるとは予想外だったな……少し足元がスース―するのが気になるにせよ、それ以外にあまり違和感もないしさ」


「足元の感じは慣れるしかないわ、諦めなさい。大丈夫、私たちから見てもよく似合ってると思うわよ?」


 ひざ下ぐらいまであるドレスの裾を触れながら発した俺に、リリスが励ましてるんだか突き放してるんだかよく分からない言葉で返す。若干ふんわりとした素材で作られた黒いドレスの手触りはとても良くて、それが返って俺の心をざわつかせた。


 いわゆるパーティドレスってやつなんだろうが、ドレスどころかタキシードみたいなやつでだってそういう服装に振れたことがなかったからな……。まさかタキシードよりも先にドレスを経験することになるなんて、過去の自分に説明しても鼻で笑われてしまいかねないぐらい現実感がないことではあるんだけどさ。


「……しっかし、それにしてもよく似合っていますわね……。断言したからには実現して見せますが、この仕上がりを超えるというのは生半可なことではなさそうですわ」


「うん、なんというかオーラがあるよね。準備の場の話題をかっさらっていくのは、もしかしたらマルクの役割なのかもしれないや」


 満足げな笑みを浮かべるバルエリスにうんうんと同調して、ツバキが悪戯っぽい笑みを浮かべる。……その言葉を聞いた俺の脳内に、俺の周りに集まってなんやかんやと問いかけてくる男たちの姿がふっと思い浮かんだ。


「……できることなら、お友達どまりでいてほしいところだな……」


「そうでしょうね。あんまり肩入れされたところで、その女性は二度と現れることもないでしょうし」


 小さく息を吐いて呟いた俺に、ちょっと呆れ気味な様子でリリスは頷く。ちやほやされること自体は別に嫌いじゃないのだが、女装された俺に本気になられるのはあまりにも困る。正体がバレないようにしなくてはいけないほかにも、明日からの準備はいろいろ気を付ける必要がありそうだった。


「ま、あまりにもまずそうだったら私が上手いこと言って救い出すから安心してなさい。同じ主に仕える従者同士の関係が深くなるのは別におかしな話じゃないでしょうしね」


「ああ、そん時は任せた。俺でこんだけきれいに仕上がるんだから、俺よりも元がいいお前たちはよっぽど美形になってくれるだろうしな」


 任せろと言った様子で胸を張るリリスに、俺は期待の意味も込めてそんな風に返す。その足元に置かれた籠には、男装用の礼服と思われるものがきっちりと折りたたまれた状態で入っていた。


 性別を逆転させる以上、俺だけでなくツバキとリリスは男装して準備の場に向かうことになる。パンツスタイルの二人は何回か見たことがあるから俺のドレスほどの違和感はないんだろうが、それでも俺の胸の奥には妙な期待感があった。……もしかしたらこれが、三人が俺を女装させた原動力ともいえるものなのかもしれない。


「タキシードはあまり華美な装飾をするのも難しいし、君のクオリティを超えるのは難しいかもしれないけど……うん、楽しみにしていておくれよ。ボクたちが今の君を見て感じた驚き、君にも味わってもらいたいからね」


「ええ、すごい衝撃だったもの。今の貴方と並んでも見劣りしないように、堂々と着こなしてくるわ」


 俺の期待に堂々と応えて、二人は後ろにある試着室へと籠を抱えて入っていく。一人で着られるかだけが少し気になるが、俺もなんだかんだ着れたしどうにもならないってことはないだろう。……まあ、俺の場合は部屋の外から口頭ですごい量のアドバイスをもらったんだけどな。


「……愛されてますわね、マルクさん」


 二人が試着室に入ってからしばらくして、唐突に隣のバルエリスがそんな風に声をかけてくる。その声色はさっきまでの満足げな様子から打って変わってしんみりとしたもので、俺は思わず首をバルエリスの方へと向けた。


「お二人とも、服選びにすごくこだわってたんですのよ?『マルクの体格ならこれぐらいのが似合う』とか、『動きやすさのバランスを考えてもこっちのドレスの方がいい』とか、すごく細かいところまで二人で話し合ってましたもの。わたくしも一応知恵は貸しましたけど、基本的なコーディネートは全部あの二人が自力で考え出したものですわ」


 無言で視線を向ける俺に対して、バルエリスはさらに言葉を続ける。確かにずいぶん時間がかかっていたなとは思ったが、まさかそこまでこだわっているとは思わなかった。……自分の服装にすらあまり頓着しない俺の眼からしたら、今の俺の服装のどこにどんな考え方が含まれてるかは全く分からないからな。


 だが、『二人が目一杯考えてくれた』という事実がそこに加わると話は変わってくる。たった一つの情報が加わっただけで、俺が身にまとっているものが急に特別さを増したような気がした。


「……それは、嬉しいことだな。アイツらみたいなすごい奴らに思ってもらえて、俺は本当に幸せ者だと思うよ」


 ドレスの袖をさらりと撫でながら、俺は正直な感想をバルエリスへと返す。改めてこういう形で信頼を示されると少しくすぐったくもあるし、その思いに見合った何かを返したいという気持ちになるな。……もしかしたら俺も、二人に似合うタキシードを見繕うべきだったのかもしれない。


「……バルエリス、今からでもタキシードってあれこれ見れたりするか?」


 そんな思いが膨れ上がって、俺はバルエリスにそう問いかける。二人がしてくれた以上のこだわりは見せられないかもしれないが、それでも二人に似合うと思う奴は見つかるかもしれない。……そう思っていたが、以外にもバルエリスはゆるゆると首を振った。


「いいえ、その必要はありませんわ。それよりも何よりも、あなたから二人に思いを返すためにぴったりの方法がありますもの」


「ぴったりの方法……?」


「ええ。ちょっとこちらに耳を貸してくださいまし」


 首をかしげる俺に対して、バルエリスは自信たっぷりと言った様子で頷く。言われるままに俺が耳を寄せると、バルエリスは俺にこそりとアドバイスを送ってきた。


「……なるほど、それなら確かにうまく伝えられるかもな」


「ええ、その言葉こそがあのお二人にかける魔法の言葉ですわ。それがない限り、あのお二人の変装は完成しないと言っていいかもしれませんわね」


 小さく笑みを浮かべる俺に、にやりと口元を釣り上げてバルエリスは太鼓判を押す。……そのやり取りが終わるのを見計らったかのように、二つの試着室のカーテンが同時に開けられた。


「さて、とりあえず着てみたよ。ボク自身ではそこそこ上手に着こなせてると思うんだけど、どうかな?」


「……これ、実際に着るといろんなところが苦しかったりするわね……。ねえマルク、貴方から見て変だったりしないかしら?」


 それぞれが見繕った服に身を包んで、ツバキはどこか自信ありげに、リリスは少し心配そうな様子で俺に評価を求めてくる。……それに対して俺がどう答えるかは、二人の姿を一目見た瞬間に決まっていた。


 少しベクトルは違うが、二人とも一瞬息を呑むぐらいにキリっとした雰囲気を纏っているからな。むしろ一緒に歩くことで俺が悪目立ちしないかの方が心配だが、そこらへんの懸念は一旦置いておくとしよう。そんなことよりもまず最初に、バルエリスからも伝授されたあの言葉を伝えなければ。


 二人それぞれの服装をまじまじと見つめて、俺は改めて小さく頷く。……そして、俺は二人に向けてサムズアップをしてみせた。


「大丈夫だ、二人ともめちゃくちゃカッコよく仕上がってる。お前たちのセンスもスタイルも、間違いなく一級品だよ」


「……そう。それなら、とりあえず一安心ね」


「ああ、マルクが言うなら大丈夫だろうね。……ボクたち三人、パーティの噂をかっさらう準備は完了したってわけだ」


 俺が送った最大限の称賛にリリスは安堵の表情を浮かべ、ツバキはさらに自信を増した様子で胸を張る。最後の確認を終えた二人の背筋はまっすぐと伸びて、何も言わずに見せられたら名家の執事か何かだと勘違いしてしまいそうなぐらいの風格を纏っている。


「ほら、言った通りでしょう? 大切な人から贈られる称賛こそが、お二人を勇気づける魔法の言葉なのですわ」


「……ああ、そうみたいだな。また一つ勉強になったよ」


 堂々とこちらに歩いてくる二人を迎えながら、バルエリスが小声で俺にそう言ってくる。まるでこうなることが分かっていたかのようなその言葉に、俺は内心感服するしかなかった。

 お互いの信頼関係を見せつけていきつつ、明日に向けての準備は進んでいきます! 果たして彼らの対策はどれほどうまくいくのか、ぜひご注目いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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