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第二百五十二話『おそらく最初で最後の経験』

「……ほら、こういうのはどうですの?」


「あ、こっちも悪くないかもしれないわよ。ふわっとしてるデザインなら体つきで怪しまれることもないでしょ」


「うん、それならこのスカートを合わせるのも悪くないかもだね。……まあ、それが準備に向かう服装かと言われると少し疑問ではあるけどさ」


――訂正しよう。服選び自体は日常的であっても、この状況はそうそう起こりうるものじゃない。


 思い思いの服を持ち寄りながら、三人は俺を囲んでああでもないこうでもないと言葉を交わす。明日の準備に忍び込むにあたって、俺の服装は女性陣によって完全プロデュースされていた。


 バルエリスがこういう事への知識を持ち合わせていることは何となく想像がついたが、リリスとツバキもしっかり知識を備えているのが俺にとっては少し意外ではあった。『護衛をしているといろんな知識が必要になる時があるのよ』――というのは、リリスが胸を張って言っていたことだが。


 一方の俺はというと知識は乏しいし、正直言って服装に関心を持ったことすらあまりない。あまりに変なデザインじゃなきゃなんでもよかったし、見てくれを気にできるような立場でもなかったしな。……だから、ここはおとなしく三人の知識に身を委ねるのが正解なのだ。


 そのはず、なんだけどな……


「……こうやって女性ものの服をたくさん持ち寄られてると、今から女装するんだなって実感がふつふつと湧いてくるな……」


 三人が持ち寄ってきた服を見て、俺はしみじみと息を吐く。ドレスやフレアスカートにブラウスと言ったおよそ自分と接点がないであろうと思っていたような服が、今俺を取り囲んでいた。


「あら、これはみんなで決めたことでしょう? 『正体を明かしたくないのなら、お互いに性別を逆転させて振る舞ってしまえばいい』って」


「ああ、発案者が俺なことまでしっかり覚えてるよ。……だけど、お前たちが俺の女装に対してそこまでガチになるのはちょっと予想外だった」


 少し呆れた様に俺に言い返すリリスに、俺はさらに言葉を返す。作戦に乗ってきてくれるのはありがたい話だが、作戦への意欲以外の何かもその瞳の奥にはあるような気がした。


「マルクの服装への無頓着さはいつか指摘したいと二人して思ってたところだからね。言ってしまえばこの機会は渡りに船、たとえ女装であろうとしっかり仕上げてやろうってつもりでいっぱいだよ」


 すました顔をしているリリスの隣では、ツバキがにんまりと笑顔を浮かべてそんなことを言っている。どうやら二人からすると、俺のファッションへの無関心さは物申したいものであったらしい。……ま、確かにずっと三着ぐらいをぐるぐるローテーションしてる感じだったしそれも仕方ないことか。


「お二人が張り切っておられますし、わたくしも積み重ねてきた知識を貸すのはやぶさかではありませんわ。ずっと無駄だと思いながら学んでいましたが、こんなところで役に立つとは嬉しい誤算ですわね」


「それで三人とも本気になって俺を女性として完成させようとしている、と。……うん、ありがたい話ではあるんだけどな……」


 別に女装自体に抵抗があるわけじゃないし三人が協力してくれるのは嬉しい事なのだが、このままの路線で行って完成するのは主に仕える使用人ではなくどこかのお嬢様そのもののファッションスタイルだ。それで従者を名乗っても、何かしらの問題が発生するような気がしてならなかった。


「俺としてはもう少し地味というか控えめなスタイルで行きたいって思うんだけど、そこらへんどうなんだ?」


「ダメダメ、そんなのもったいないよ。こうしていろいろ考えてみると分かるんだけど、マルクって意外と可愛くなれる才能が秘められてるんだから」


「肩幅がそんなに広いわけじゃないし、体つきもどっちかって言えば華奢な方だしね。それでも少し体の線は隠さないと怪しまれるかもしれないけど、十分才能がある方だと思うわ」


「……お前たち、間接的に『筋トレが足りない』って言ってるわけじゃないよな……?」


 最低限と言っていいぐらいではあるが、俺も一応筋トレはしてるんだけどな……。それでもまだ細い方と言われるあたり、まだまだトレーニングを重ねていく必要がありそうだ。


 二人の言葉に内心反省する俺だったが、俺を取り囲む三人はその言葉に対してぶんぶんと首を振っていた。……よっぽどのことがない限り、女装するのは明日からの二日間が最初で最後のはずなのだが、どうも俺が女装に適さない体格になるのは三人にとってもったいないことであるようだった。


「とにかく、マルクは目一杯着飾るべきだと思いますわ。……ああいうパーティの会場では護衛や従者も着飾らないと、それを雇っている主の器量までもが問われることになりますもの」


「……たとえ、それが準備の場だとしてもか?」


「ええ、今回はわたくしも同席するんですもの。誰が誰に仕えているか分からない状態ならともかく、それが判明している状態でみすぼらしい恰好なんてさせようものならすぐに噂となって参加者に伝わるに決まってますもの」


 あいつらはマウントのための材料を常に探しているんですわ、とバルエリスは忌々し気に呟く。そんなエピソードが実際にあったのかは分からないが、社交界というのは俺が思っている以上に面倒な舞台のようだ。……今からそこに乗り込むのが、少しだけ怖くなってきたな。


「だからもちろん、リリスさんとツバキさんもしっかり着飾りますわよ。パーティ当日に噂になってしまうような、とびきりの美丈夫として」


「ええ、望むところよ。……パーティ当日に居もしない男性の噂でもちきりになる会場、少しばかり興味があるわ」


「あ、それは面白そうだね。仮にボクたちがパーティに参加することになったんだとしても、その時はいつも通りの姿で来ることになるだろうからさ」

 

 リリスが想像した光景に、ツバキが楽しそうな笑顔を浮かべて乗っかってくる。それにバルエリスが口を挟む様子はなかったが、笑顔を浮かべているあたりそのやり方に異議はなさそうだ。……やはりと言うべきかなんというか、この三人は服屋でのひと時を思いっきり楽しんでいる。


「……それじゃ、遠慮なく俺のことも着飾ってくれ。存在しない三人の噂でパーティの話題が持ちきりになれば、少しは俺たちも動きやすくなるかもしれないしな」


「あ、やっと乗り気になってくれましたわね? 任せてくださいまし、完璧な美人に仕上げるために力を尽くしてみせますわ!」


「ボクたちからしてもファッションに興味のない君を聞かざる貴重な機会だからね。……間違っても、鏡で見た君自身に惚れちゃいけないよ?」


「さすがにそんなことはないと思うけどな……。ま、そうなってもおかしくないぐらいに仕上げてくれることを期待しておくよ」


 三人の熱量に委ねるような形で、俺は全力で美人になることを決断する。こういうのは中途半端にやるのが一番失礼に当たるし、俺としても半端な変装になるのは嫌だしな。……そもそも発案者が俺である以上、最終的に受け入れることは仕方のないことでもあったのかもしれない。『主に並びかねないぐらい着飾っていいものか』という疑問も解消されたことだしな。


 ツバキに対する俺の返事を聞き終わるか終わらないかと言ったぐらいのタイミングで、三人は俺の下を離れて服が並ぶコーナーへと再び向かっていく。派手な外装とは裏腹に丁寧な陳列がされた店内には、普段着のようなものからパーティドレスのような高級そうなものまで幅広く並んでいた。


 もちろん、三人が向かっているのは高価な服が中心に並んでいるブースだ。最終的に何ルネのコーディネートをを俺が纏うことになるかは分からないが、何にしたって全力でその服装に見合う人物を演じ切るとしよう。


「……これも、後手から捲るための一手だからな」


 楽しそうに服選びをする三人を見つめつつ、俺は小さくそう呟く。……いつの間にか、俺の口元には笑みが浮かんでいた。

 マルクはそう言っていますが、果たしてその予感が当たるのかは――はい、今はまだ僕にも分からないお話です。そんな彼らの作戦が果たして成功するのか否か、ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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