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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第四章『因縁、交錯して』

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舞台袖『気高き理想の下に』

「――ふう、ようやく終わった。昨日あんだけやりあったのに、全く若いのは元気なもんだ」


 革張りの椅子にどさりと腰を下ろして、くすんだ青色の瞳をした茶髪の男――アグニ・クラヴィティアはしみじみと零す。自分のような立場にありながら独り言が多いのは決して褒められたことではないと分かっているのだが、それでも今回の出来事ばかりは声に出さなければ整理できそうにもなかった。


「あんな活きがいいのと連日真っ向からやりあうとか、あちこちガタが来てるおっさんにはきっちいわ……ほんと、寄る年波ってものには嫌になっちまうねえ」


 右手に持った小さな棒のようなものをもてあそびながら、アグニは大きくあくびを一つ。アグニのためだけに調整を重ねて作り上げられた作品がそんな扱いを受けているのを見たらエンジニアは卒倒するだろうが、そんなことはアグニの知ったことではない。『君専用の特注品だ』と言われて手渡された時点で、これをどう扱うかはアグニに一任されているようなものなのだ。


 暇つぶしに遊ぶにはちょうどいいサイズだし、本来の使い方なんてしなくていいならそれに越したことはない。わざわざ自分が働かずとも計画が完遂できるのならば、アグニはそれを諸手を上げて喜ぶだろう。なんなら自腹で部下にねぎらいの飯を食べさせてもいいぐらいだ。戦闘にしても転移にしても、基本的にはアグニにとって退屈な労働でしかない。


「――今回に関しては、久々に胸が躍っちまったけどな?」


 手の中でくるくると回転する魔道具に話しかけながら、アグニは珍しく満面の笑みを浮かべる。普段は銃撃だけでどうにでもなることが多かったのだが、今回ばかりはエンジニアがつけてくれたそれ以外の機能が役に立った形だ。あの二人の攻撃をまともに受けていたら、アグニのような脆い人間はすぐに死んでしまうだろう。


「……ほんと、エルフ様ってやつは羨ましいねえ」


 長い耳をしていた金髪の少女を思い出しながら、アグニは乾いた笑いとともに全体重を背もたれに預ける。それに伴ってだらしなく投げ出されたアグニの姿は休日の労働者の様で、とてもではないがリリスたち二人を死の淵にまで追いやった戦士だとは思えない。


 だがしかし、戦いの後は確かに残っている。……ひざ下からつま先にかけて残るジンジンとした違和感が、部下もろとも一切痕跡を残すことなく古城からの撤退を果たしてみせたアグニに残る戦いの残滓だった。


 戦いの――というよりは、酷使されたことへの反動とでもいうべきだろうか。転移魔術を乱発すること自体には抵抗感がないものの、まさかこれだけ短時間で使わされることになるとは夢にも思わなかった。何も対策を施していなければ、今頃アグニの体はばらばらに砕けてしまっているだろう。


 人間の身体というのは本来それぐらい脆くて、おまけに繊細なものなのだ。それでもどうにかアグニがリリスたちとやりあえたのは、その脆さを補ってくれる存在がいたからに他ならない。


「福利厚生もしっかりしてるし、ここは最高の組織だ――なあ、ボスさんよ?」


 ついには頭も背もたれへと投げだして、アグニの視線は真上を向く。明らかに誰のことも見ていない、独り言としか思えない言葉だったが、ほどなくしてそれに驚いたような様子の返事が返ってきた。


「……気づかれていたのか。まったく、相変わらずスイッチが入っているんだかいないんだかよく分からないね」


「俺からしたらそりゃあ誉め言葉だな。いい年したおっさんがひーこら言いながら頑張る姿なんてどこにも需要ねえし、何事も飄々とやれることに越したことはねえよ」


「ああ、そうかもしれない。そういう美学は嫌いじゃないよ」


 冗談めかしたアグニの言葉に笑みを返し、声の主はだらしなく座るアグニの背後に立つ。その全身は真っ黒なローブで覆われ、その体形と声の質からかろうじて男性と推測するのがやっとといったところだ。


 その人物――『ボス』と呼ばれた男に対するアグニの態度は適当なものだが、そこには確かな信頼の色がある。リリスやツバキに言葉をかけていた時よりも、アグニの声色は柔らかいものだった。


「というか、おっさんが頑張ってる話なんて今はどうでもいいんだよ。それよりも問題なのはあの嬢ちゃんご一行だ、あんなの計画の内になかっただろ?」


 少しだけ姿勢を正して、不平を訴えるかのような口調でアグニはボスへと語りかける。決して二人の前では見せないようにしてきた焦りの感情がそこにははっきりと見えていて、アグニにとって古城での遭遇戦がいかに不本意なものだったかがはっきりと読み取れた。


「ああ、認めるよ。どこから情報が漏れたかは知らないが、我々の計画は筒抜けになっていたみたいだ。……同志を疑うのは心苦しいけれど、スパイがいるならば排除しなくてはいけないだろうね」


 少し悔しそうな声色をして、ボスは自らの計画が狂ったことを恥じ入る。……そこに珍しく人間らしい感情が見え隠れしているのを見て、アグニは思わず笑い声をあげた。


「……なぜ笑っているんだい? 君にとっても、この計画の狂いは決していいものじゃないと思うけど」


「ああ、確かにいいものじゃねえな。……だけど、今のお前さんを見れたんならそれもまあいいかって気持ちになりつつある。おっさんは現金な人間だからな」


 不満げに問いかけるボスにも臆することなく、アグニは心底楽しそうに笑い続ける。先の古城で見せた獰猛な笑みとはまた違う、純粋な笑みだ。


「お前さんのカリスマも計画性も純粋に尊敬できるんだが、それを込みにして考えてもいささか大人びすぎてるからな。おっさんからすると『もう少し子供っぽくてもいいんじゃねえの?』とか思っちまうわけよ」


「……いいや、それは違うね。僕は十分子供だよ。…………子供じゃなきゃ、理想を叶えるためだけに組織を立ち上げたりしない」


「…………あー、そりゃ間違いねえかもな。すまん、こうやってふざけるのはおっさんの悪い癖だ」


 どこか諭すように語り掛けるアグニに対して、ボスはゆっくりと首を振る。その話題がボスにとってデリケートなところに踏み込んでしまったことを察したのか、アグニは笑顔を消して謝罪した。


 アグニからしてボスは年下だが、だからと言って尊敬の念に曇りが出ることはない。このボスが頂点に立つ組織だからこそ、アグニは老い始めた体に鞭を打って力を貸しているのだ。労働に対する対価は相応以上にもらっているが、アグニは金のためにこの組織に属しているわけではない。……ボスが掲げた気高い理想にたどり着くために、ここにいる。


「『破綻したすべての世界をバラして、正しい形に修復する』――だよな。……確かに、子供じゃねえと描けないようなでっかい理想だ」


「だけど、決して叶わない願いじゃない。……それを分かってくれているから、アグニはここにいてくれるんだろう?」


 いつか聞いた理想を復唱すると、ボスは大きく首を縦に振る。何も知らない人間からしたら絵空事としか言えないような理想だが、それが絵空事でないことをアグニは知っている。……ボスがいるならそれも不可能じゃないと信じて、少しも疑っていない。


「……ああ、思わず本題を忘れるところだった。……あれだけ転移魔術を酷使すれば、流石のアグニも無傷ってわけにはいかないだろう?」


 話が一度落ち着いたところで、思い出したかのようにボスはアグニに視線を向ける。それが何を要求しているのかをすぐに察して、アグニは行き場なくだらりと伸ばしていた手をボスの方へと差し出した。


「……楽な仕事だと思ってたのに、あんの嬢ちゃんたちのせいで想定外の労働量だ。この作戦が終わったらボーナス弾んでくれよ?」


「ああ、それは約束するよ。……三日後には、我々の存在を世界は嫌でも無視できなくなるだろうからね」


 冗談半分のアグニに対し大真面目にうなずいて、ボスはそのかさついた手を取る。……繋がれたその手を媒体にして、アグニの魔力が傷ついた足元へと流れていくのが分かった。


「……この世界に存在する数多の破綻を踏み越えて、僕は絶対に理想を果たしてみせる。だから、どうかそれまでは壊れないでおくれよ」


「ああ、善処するよ。……全損さえしなければ、お前さんがどうにでもしてくれるはずだしな」


 がっちりと手を取り合いながら、二人は不穏な言葉を交わす。――仕えるべき存在を前にして壊れないことを誓ったアグニの瞳は、ゾッとするぐらいに凶暴な光を帯びていた。

 マルクたちの目的、バルエリスたちの目的、クラウスやメリアの目的、そしてアグニたちの目的。さまざまな思惑が絡み合い、第四章はさらに展開していきます! 果たして行き着く先はどこなのか、是非ご期待いただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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