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第二百四十六話『差が見える瞬間』

「……どこに転移されたか、今の段階で分かるか?」


「ええ、大体は。どうも魔力の隠蔽をしてるみたいだけど、転移魔術の残滓だけは消し去れなかったみたいね」


 俺の質問に視線だけで応えながら、リリスは手の中に氷の剣を作り出す。その様子を見ながら、バルエリスも恐る恐るではあるが魔剣に手をかけていた。


「……これは、戦闘不可避かな?」


「というか、見逃す理由もないでしょうね。こいつらがまだ襲撃を諦めてないってことが分かったなら、諦めるまで叩きのめし続けるしかないんじゃない?」


 全身に戦意をたぎらせながら、リリスはドアの外を見やる。むやみな交戦は危険も伴うが、おそらくだが相手はこっちを認識していない。……それならば、止める必要もないか。


「リリス、アグニがいた時の確認だけさせてくれ。……その時、俺たちはどうしたらいい?」


「すぐに逃げて頂戴。転移魔術で距離を詰めてこられる以上、私でも対応が間に合わない可能性があるわ。もちろん、バルエリスもすぐに離れて」


「……ええ、分かりましたわ。先頭は、お二人がいくという事でいいんですの?」


「ああ、ボクたちが一番戦闘には慣れてるからね。相手の底が見えない以上、常に全力をぶつけるつもりで行かなきゃいつ足元を掬われるか分かったものじゃないよ」


 リリスの隣に並び立ちつつ、ツバキは肩目を瞑ってバルエリスの疑問に答える。まだ二十年も生きていない二人のその背中には、人が一生かけても経験できるか怪しいぐらいの豊富な経験が積み重なっていた。


 二人がいろいろな戦場を駆け抜けてこられたのは、その経験が二人の中で生き続けているからだ。経験に基づいて打たれた最適解に俺が何度救われたことか分からないし、たぶんその回数はこの先も増えていくのだろう。


「……相手の姿が見え次第、各個撃破を目指して攻撃を仕掛けるわ。マルクとバルエリスは、私たちから常に三歩ぐらい距離を取ってて頂戴」


 入り口の影に身を隠しながら飛ばされた指示に頷きを返して、俺たちは揃って外に出ていくリリスたちの姿を見送る。そこから一呼吸置いたのち、俺とバルエリスは足並みをそろえて二人の背中を追いかけた。


 部屋と部屋をつなぐ通路に敵の姿はなく、静かで厳かな古城の雰囲気は一見変わらないままだ。だが、ここはもう戦場に変わっている。一秒後に命のやり取りが始まったって、それに何の抗議もすることはできないのだ。


「……バルエリス、怖いか?」


 最小限にまで声を潜めて、バルエリスに俺は問いかける。……それから少し間をおいて、ほんの少しの頷きが答えとして俺に返された。


「ま、そうだよな。一回乗り越えても二回乗り越えても、死が近くにいる感覚ってのは慣れられるものじゃねえよ。……だから、そのことを気に病まなくてもいい」


「……ええ、分かっていますわ。わたくしには、死ぬよりも怖いことがありますもの」


 昨日俺が欠けた言葉をなぞるかのように、バルエリスは凛とした声で答える。……やはり、バルエリスは俺が思っていた以上に呑み込みが早いようだ。俺の教えたことは、すでに彼女の中で生きた考え方として息づいている。


 俺が内心感嘆していると、足音を殺しつつ通路を駆け抜けていたリリスがゆっくりとその速度を落とし始める。……やがて止まったリリスの左隣には、一枚の扉があった。


 それを前にして、リリスとツバキは一言二言やり取りを交わしている。離れたところからでは聞き取ることができないが、様子だけ見ていると逸るリリスをツバキが止めているようにも見える。……もしかして、またドアを吹き飛ばそうとでもしたのだろうか。


 ただ、幸いにもツバキの説得はリリスに届いたらしい。氷の剣を片手にぶら下げながらドアノブに手をかけるリリスには、あんまり派手にやりすぎる意図はなさそうだ――


「――氷よ、荒れ狂いなさい‼」


――いや、そんなことはなかったのかもしれない。ドアがギイと音を立てた瞬間にリリスの高らかな詠唱が響き渡り、それから少し遅れて男たちのものとみられる悲鳴が部屋の中から漏れ聞こえている。……その様子を部屋の外から見守っていたツバキが、肩を竦めながら俺たちを手招いた。


「……やっぱり、リリスはリリスだね。ドアを吹き飛ばさなかっただけ成長ではあるんだけどさ」


「ま、一応締め切っておけば中の様子が見えることはないしな。……大丈夫だろ、多分」


 部屋の中を荒れ狂う氷柱の嵐を見つめながら、ツバキは呆れているのか感心しているのかよく分からないような表情を浮かべる。それに俺も乗っかって肩を竦めると、後ろの方からバルエリスの苦笑が聞こえてきた。


 ただ、制圧という面で考えるならリリスの攻撃は大成功だ。生み出した氷柱に工夫でもされていたのか、部屋の中では昨日と同じ組織の一員と思しき男たちが血を一滴も流すことなく崩れ落ちている。それで惨状が緩和されるわけでもないが、部屋の荒れ具合に関してはどうにかまだ取り繕えるレベルに収まっているようだった。


 壁や床に穴も開いてないし、血がシミを作ることもないからな。……ひび割れてしまった額縁が目に入って少し気まずくなったが、この際それは見なかったことにしよう。


「……リリス、もう中は大丈夫か?」


「ええ、思ってた以上にあっけなかったわね。この中にアグニがいたら、こんなことで全滅なんてするわけがないもの」


 部屋の中に踏み込んだ俺たちを迎えつつ、澄ました様子でリリスはそう答える。そのままゆっくりとした足取りで倒れ伏す男たちの一人に歩み寄ると、その体を唐突にあお向けにした。


「……うん、こいつはまだ少し意識が残ってるみたいね。……それじゃ、昨日の続きと行きましょうか」


「ああ、そうだね。少しばかり胸は痛むが、今のボクたちには何よりも情報が必要だ」


 後ろ手でドアをゆっくりと閉めながら、ツバキはゆっくりと影を空いた手の中に浮かべる。その手際はとても慣れたもので、眼にもとまらぬ速さで男の上半身までが氷の檻に拘束されていた。


「……さて、それじゃあ起きてもらいましょうか。お目覚めを待っていられるほどの時間は私たちにないし」


「……ほ、本当にやるんですの……?」


 一切の躊躇なく拷問を始めようとする二人を見つめつつ、バルエリスはどこか怯えたような、しかし抗議するような声色で問いかける。……まあ確かに、騎士を志すバルエリスからしたらその光景は少しだけショッキングなものかもしれなかった。


「ええ、やるわよ。少しでも情報を集めないと、それで痛い目を見るのは私達だもの。……こんな男たちに情けをかけたせいでマルクが死んだら、あなたはそれに責任を取れるっていうのかしら?」


「……っ、それは……」


 だがしかし、リリスはその意見を意にも介さない様子で淡々と男の額に手を触れる。その手を止めることができなくて、バルエリスは口をつぐんでいた。……二人の間に横たわる覚悟の差が、ここにきてまた俺にずっしりとのしかかってくる。


 リリスとツバキにとって何よりも優先するべきなのは、俺を含めた三人が生存することだ。それ以外の優先順位が下がっているからこそ、情報を引き出すことに何のためらいもない。……たとえそれが、誰かを傷つけるというプロセスを経るものなのだとしても。


 ありとあらゆるすべての物を大切にできるのならばそれに越したことはないが、現実はそう都合よくいってくれないことばかりだ。だからこそ、自分にとって最も大事なことだけは守る。……そうやって覚悟を決めることを、一体誰が責められようか。


「……何が、起こった……?」


 そんなことを考えているうちに男は目覚め、自分の身体が動かない現状を悟って困惑の声を上げる。……ローブをはがされたことで露わになったその眼をまっすぐに見つめて、リリスはいつもよりも数段低い声で話し始めた。


「……今からあなたには、知っていることを洗いざらい吐いてもらうわ。……別に拒否してもいいけど、その場合に何が起こるかは覚悟できてるわよね?」


 手の中に氷を浮かべながら、リリスは凶悪な笑みを浮かべて男の意志にくぎを刺す。……しかし、リリスを見つめる男の視線は何か怪訝な雰囲気を帯びていた。


「……金色の髪、青色の眼。……そして、氷魔術を使う女。……通達、通りだ」


 まるでうわごとのように呟いて、男は一度目を瞑る。それに何か危機感を覚えたのか、リリスは無言のまま氷の弾丸を作り上げて男に照準を定めたが――


「上層部へ、こちら標的を補足した! ――至急、救援を――」


 男の声を統べて遮ることは敵わず、ワンテンポ遅れてリリスの弾丸が男のこめかみを直撃する。それによって男の意識を刈り取ることには成功したが、結果的に俺たちが大損したことだけは間違いないようだ。……なにせ、ゆっくりと扉の方を振り向くリリスの表情には見たことないような焦りの色が見えていたから――


「……二人とも、ごめんなさい。……少しだけ、アグニって魔術師を読み違えていたみたいだわ」


 手の動きだけで俺たちに下がるよう指示しながら、リリスは剣呑な口調で謝罪する。……その視線の先には、まるで空気から染み出してきたかのように出現した刺客たちの姿があった。

 緊急事態が発生した部屋の中、リリスはどう動いていくのか! 油断できない状況が続きますが、加速していく第四章をぜひお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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