第二十四話『再度の問答』
「……あん?」
その姿を認識したクラウスの瞳が、ゆっくりと細められる。訳の分からないものを見るような、幽霊でも見るかのような。だが、その戸惑いも一瞬の事だった。
「……あのマルク・クライベットが、冒険者として動いている? 冗談にしてももう少しセンスあるのを持ってきてくれよ、そんなんじゃ道化師としても生きていけねえぞ」
その顔面全体に嘲りを張り付けて、クラウスは俺の言葉の一切を否定する。カウンターに置かれたものも、どうせ石か何かを詰め込んだ偽物だとでも思ってるんだろうか。
追放されてからの俺の足取りを何も知らないクラウスからしたら、そう思うのだって仕方がない事なんだろうけどな。このままじゃ何を言ってもまともに取り合ってくれないだろうし、確固たる証拠を叩き付けてやった方がスムーズに話を進められそうだ。
「冗談でも何でもねえよ。……レインさん、麻袋の中にカラミティタイガーの素材が詰めてある。確認、頼めるよな?」
「は、はい。今こちらで確認いたしますね」
差し出された麻袋を受け取り、安全用の手袋を付けたレインさんがその中をガサゴソと漁り始める。その様子を半笑いで見つめていたクラウスの表情が凍り付いたのは、大きな爪がカウンターの上にごとりと置かれた瞬間の事だった。
「……それ、は」
「はい、カラミティタイガーの物で間違いないでしょう。迅速なクエストクリア、ありがとうございます! 報酬は素材売却分と合わせて後でお支払いいたしますね!」
そう言いながらもレインさんは素材を取り出し続け、カウンターの上に種類ごとに分類されていく。俺が割って入ったことでクラウスの注意がこっちに向いたのもあって、レインはすっかり落ち着きを取り戻しているようだ。――それとは対照的に、クラウスの表情はどんどん穏やかなものじゃなくなっていってるんだけどな。
「お前が受けたかった依頼ってこれだろ? カラミティタイガー、ざっと三十匹くらいはいたぞ」
――これを全部売却したら、さぞ金になるんだろうなあ――
すっかり余裕を失っているクラウスに向かって、俺は大げさに天を仰いでそう呟く。普段なら嘲笑だけでやり過ごされる可能性もあるが、今の状況はそれを許してくれない。だって、クラウスからしたら詐欺師にまたしても稼ぎを奪われたようなものなわけで――
「――お前ッ、誰からその情報を引き出した‼」
顔を真っ赤にしたクラウスが、俺の胸ぐらをつかんでそう怒鳴りつけてくる。『双頭の獅子』にスパイが居て、そいつが俺に狙いのクエストの情報を漏らした……とか、そんな事を考えているんだろうか。
自分の仲間すらも信じられないあたり、相変わらず可哀想な奴だ。そういうのは他の可能性が潰された後に考えるべきものなのに、真っ先に出てくる可能性がそれとは本当に恐れ入った。
実際のところはクラウスが興味を持つクエストなんて最高額のやつしかないだろうと踏んで決め打ちしただけで、『双頭の獅子』が受けてたのがあのクエストだなんて確かな証拠は一個もなかったんだけどな。自分から正解だって告げてくれて本当にありがたい限りだ。
「お前の仲間からは何も聞いてねえって。どうした、誰か裏切りそうなやつでもいたのか?」
構図的には俺が問い詰められている形だが、昨日とは精神的な余裕が違う。鼻息荒く詰め寄って来るその姿にため息をつきながら、俺はさらなる煽り文句をかまして見せた。
「……無能の分際で、よくもまあペラペラと……!」
その俺の態度に、クラウスは想像通りヒートアップしていく。それに伴ってギルドの空気もひどく張り詰め、この場にいる誰もが俺たちのやり取りから目を離せなくなっていた。
「……アレ、どうなってるんだ……?」
「クラウスが取ろうとしていたクエストを、マルクって奴が先回りしてクリアしたみたいなんだけど……アイツ、ちょうどさっきクラウスが『詐欺師』って言ってたやつじゃないか?」
「ああ、修復術師の癖に治療ができない無能とか言ってたっけ。……あれ、それじゃあなんで『双頭の獅子』が受けるようなクエストを先回りできたんだ……?」
俺たちの問答を見つめる冒険者たちから、そんな内緒話が漏れ聞こえてくる。聞く限り俺へのマイナスイメージはしっかり浸透させられているようだが、それもこの光景によって疑わしいものになりつつあるようだ。
クラウスの発信力のデカさには本当に恐れ入るが、今この時だけは好都合だな。クラウスが集めてくれた俺への視線、存分に利用してやろうじゃないか。
「裏切られるのが怖いらしいお前にいい事を教えてやるよ。見るからに怪しい奴が居たらな、何かされる前にさっさと追放すればいいんだ。――昨日俺にやったみたいに適当なレッテルでも張っちまえば、お前の評判が下がる心配もしなくていいだろ?」
最後の部分をことさら大きく、ギルド全体に聞こえるように俺は声に出す。狙い通り、俺の告発とも言っていいそれにギルドは大きくざわめいた。少しだけ疑問が持たれていた俺への評価は、これでさらに信憑性のないものになってくれただろう。
街ゆく人たちにどんな噂をされようと別に困ることはないのだが、冒険者たちからもその認識のままでいられると少しだけ困る。その誤解を解く機会として、このチャンスは絶対に逃せなかった。
「……何がレッテルだ。お前は、ロクに外傷も治せねえ詐欺術師だっただろうが!」
「俺は修復術師だよ、外傷治療が専門なんて誰も言ってねえ。その確認をする前に無理やり引き込んできたのはお前の方だろ」
「……だが、無能なことに変わりはねえ! 戦闘もできねえ、後方支援もできやしねえ、そんなお前がよくもそんなに大きく出られたもんだなあ⁉」
俺の訂正を完全に無視して、クラウスは俺の無力さを糾弾する。俺の主張も事実だが、続くクラウスの指摘もあながち間違っていないのは事実だった。
「そうだな、俺は何もできねえ。……少なくとも、お前たちからしたらそうなんだろうな」
なので、俺は素直にクラウスの言葉にうなずきを返す。俺があのパーティで何をしていたか――クラウスがそれに勘付くのは、どれだけ早くても二週間後くらいになりそうだからな。それまでに俺の能力を知られるのはちょっと都合が悪い。
俺が与えていた恩恵は、『双頭の獅子』からしたら本当に些細なものだ。俺が居なくてもあのパーティはよっぽどのことがない限りスムーズに回るし、よほどの新星が出てこなきゃ暫くは王都最強の冒険者集団として君臨し続けるだろう。『双頭の獅子』が安泰である限り、俺の仕事の正体が見えてくることはないと言って良かった。
「……ああ、ついに素直に己の無能さを認めたか。それじゃあ、この詐欺のトリックを分かりやすく解説してもらおうか?」
そんな俺の肯定を降参の意の表れと見たのか、クラウスは急に余裕を取り戻してこちらにあざけるような視線を向けてくる。自分が優位だと思った瞬間にここまで人を見下せるとは、クラウスは本当にリーダーの素質がある奴だ。――もちろん悪徳リーダーの、だが。
「ああ、それの事か? 残念だけどそれは詐欺でも何でもねえよ、カラミティタイガーの素材が偽物じゃないのは間違いないだろ?」
「ええ、それは私からも保証します。……この素材は、間違いなく討伐対象のものです」
俺の宣言に、レインも援護射撃と言わんばかりに大きく頷く。それを聞いたクラウスは少しだけたじろいだが、その顔面から嘲りの色を失うことなく続けた。
「……それでも、この魔物をお前が討伐したなんてことはあり得ねえ。……お前、どんな手を使った?」
とことん俺の戦闘力を信じていないクラウスは、切り口を変えることで俺の手口を見抜こうとしているようだ。まあその認識自体は間違っていないので、俺は軽く肩を竦めてやった。
「ああ、その質問になら答えられるな。だけど、せっかくだから先にヒントだけやるよ。お前にないものを使って、俺はこのクエストをクリアした。……さあ、お前にこの意味が分かるか?」
クラウスの中に生み出された少しの焦りをできるだけ引き延ばそうと、俺はあえて答えに直接触れない。その答えがクラウスにとっての最大の煽りとなるように、俺は慎重に仕込みを続けるのだ。
こんな偶然でもない限り、クラウスとこうして対決できる機会なんてそう訪れるもんじゃない。だからこそ、その無駄に高い鼻っ柱を徹底的に叩き折ってやろうじゃないか。
「相変わらず回りくどい奴だな。……その駆け引きに、俺が素直に乗ってやるとでも思うか?」
「今のお前を見てると到底そうは思えねえな、どう見ても頭に血が上ってるし。……その様子だと、お前の頭じゃあ俺の問題は難しすぎたらしい」
苛立ちをだんだん隠さなくなったクラウスに、俺は半笑いを浮かべながら返す。……クラウスを嘲り返しているかのようなその一言は、クラウスの堪忍袋を爆発させるには十分だった。
「てめえ、言わせておけばギャーギャーと……‼」
俺に向けて猛スピードで踏み込み、クラウスは右の拳を振り上げる。尖ってない分昨日より傷は浅くなるかもしれないが、直撃すれば軽傷じゃすまないのは確かだろう。
そんでもって、俺の身体能力じゃあそれを回避するのは至難の業だ。ヤマ勘で一発か二発躱すことは運が良ければできるかもしれないが、それをしたところで結果が変わることはないだろう。結局のところ、俺一人じゃクラウスの暴力には抗えないのだ。
だが、俺じゃない要素に頼っていいならいくらでもやりようはある。……俺がクラウスの前に割り込めたのは、今ならその勝ち方を実行できると確信していたからだ。
「消し飛びやがれ、クソ詐欺師が――‼」
クラウスの身体が躍動し、すさまじい速度でストレートパンチが打ち出される。いざ目の前に立つとその速度はすさまじく、ヤマ勘で避けられるなんて考えすら甘かったことを一瞬で思い知らされた。
一万回やろうと一千万回やろうと、俺がクラウスに一人で勝つなんて無理な話だ。それが分かっているから、最初から一人で戦うなんて選択肢は選ばない。俺は最初から、クラウスが持ってない唯一の要素に頼り切っている――
「――ツバキッ‼」
「分かってる、行っておいで!」
クラウスの拳が俺の顔面を直撃する寸前、割って入った一人の少女がその拳を受け止める。――右腕だけを影の鎧に包んだリリスが、堂々と俺の目の前に立っていた。
次回、さらに盛り上げていきます! マルクはクラウスに何を叩き付けるか、是非ご注目していただければ嬉しいです!
――では、また次回お会いしましょう!




