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第二百四十三話『覚悟を決めて守るべきもの』

「誰にだってこれだけは譲れないっていうものがあって、それを守る者なら多少手荒になったってかまわないってものがある。それを理解するところが、覚悟を決める第一歩よ」


 バルエリスの方を向きながら、リリスは真剣な声色で優先順位についての説明をバルエリスにしている。……その言葉は確かにごもっともだし、眼を輝かせて頷いている様子からしてバルエリスにとっても刺激になる考え方であるのは間違いないのだろう。


「……だけどさリリス、この広いソファーでこんなに引っ付く必要はないんじゃねえか?」


――それを何で俺の左腕にぴったりくっつきながらしているのかについては、流石に質問せずにはいられなかったが。


 この部屋がもともと大人数での宿泊を想定したものなこともあって、ソファーは俺たち三人が並んで腰かけても十分に余裕があるぐらいだ。実際俺の右隣に座るバルエリスとは拳二個半ぐらいの距離を開けられているし、リリスが座っている方にも同じぐらいのスペースは存在する。……はずなのだが、リリスと俺の間の空間はほぼゼロと言っていい状況だった。


 この場にツバキがいてくれれば何かしらの説明かヒントかを投げかけてくれたのかもしれないが、激戦の疲れもあってかツバキは夢の世界から戻ってくる様子はない。……自然、リリスに直接理由を問うしか選択肢はなくなるわけで。


「なんで……って言われたら、実演かしらね。私が今何を最優先にしているのかという事を、バルエリスにも分かりやすく伝えるためよ。後は……牽制、かしら?」


「何のためのだよ……」


 一個目の理由はまあなんとなくわかるにしても、バルエリスをリリスが牽制する理由に関しては謎が残ったままだ。……だが、これ以上質問しても実入りのある回答が返ってくるとも思えなかった。


「ええ、わたくしにもよく伝わりましたわ。……リリスさんにとっては、マルクさんが一番優先して守るべきものなんですわね」


「ええ、その通りよ。後はツバキもマルクと並んでトップだけど、あの子はまだ熟睡してるから。……そういう意味では、あの場にマルクを残しておくのは気が気じゃなかったわね」


 ベッドに寝転がるツバキの方に一瞬だけ視線をやりながら、柔らかい表情でリリスは呟く。それと同時に俺にかけられる体重が強くなったような気がして、俺は倒れないように少しだけ力を込めた。


 思えば、リリスが危険地帯であれだけ俺のもとを離れるというのも珍しいことな気がする。前々からずっと見守られていたような感覚はあったが、『魔喰の回廊』がらみの事件で俺の宿が襲撃されたのをきっかけにその傾向はより強くなってたしな。……まあ、だからといってリリスたちについて行って三階に飛ぶのが正解だったとも思えないから難しいんだけどさ。


「ほんと、あればかりは肝が冷えたよ。バルエリスがいなかったら俺はひーこら言いながら逃げるしかなかったわけだからさ」


「何も教わってないよりマシだとはいえ、貴方の逃げる技術はまだまだ未熟だものね。……元気に貴方が首をひねってるのを見た時、私がどれだけ安心したことか……」


 俺の方を見上げて、その時の感情を思い出したかのようにリリスが青い瞳を揺らす。冗談めかした言葉の中に隠されていた感情が、今になってまっすぐに俺へと投げかけられていた。


「……私にとっては、マルクとツバキが生きていてくれることが何よりも大事。どれだけ失敗しても敗北しても、二人が無事でいてくれさえいれば私はやり直せる。……だけど、二人がいなくなった後に私が元通りに立ち直れる自信はないわ」


 俺の眼から視線を逸らすことなく、リリスは静かに、しかし語気を強めてそう主張する。その言葉に嘘がない事は、俺が始めてリリスと出会ったときからわかっていることだ。……だって、魔術神経が壊れてもなおツバキのことを助けに行こうとしてたんだからな。そうまでして助けたい人の中に俺を加えてくれたのは、何回知っても嬉しいことだ。


 独白にも近いリリスの言葉を、バルエリスは首を縦に振りながら聞いている。それから何を見出せるかはバルエリス次第だが、騎士を志すバルエリスの師匠としてリリス以上に相応しい奴はそうそういないだろう。……ツバキ曰く、『誰かを守ろうとするリリスが一番強い』んだからな。


「だから、私は何をおいてもツバキとマルクを優先する。たとえその選択によって他の物が失われるんだとしても、私はツバキとマルクがいればそれでいい。……残酷な話だけど、あなたとマルクのどちらかしか助けられないってなったら私は迷いなくマルクを選ぶわよ」


「ええ、それを責めることは致しませんわ。……皆様方の繋がりが何よりも深いものであることは、わたくしが見てきただけでも十分に伝わっていますもの」


 薄情とも、あるいは失礼ともとれるリリスの宣言に、バルエリスは一切の反論をしない。むしろ少し嬉しそうに、その言葉を受け入れているように見えた。


「今私が言ったことが、物事に優先順位をつけるっていう事。自分の中で何が大事なのか、何なら失ってもまだ戻れるのかを知ること。……たとえ死ぬことになっても取り落としたくないもの、失いたくないものは何なのか、それを見つけられれば一番いいわね」


「取り落としたく、ないもの……」


「ええ、私だったらツバキとマルクの存在ね。……分かりにくかったら、『これを失ったり忘れたりしたら絶対に元通りの自分には戻れないだろう』ってものを探すといいわ」


「それさえ分かれば、自分が何を守ればいいかが分かるからな。そうすれば、大切な物を守るための覚悟ってのも普通よりは決まりやすくなるってもんだ」


 半ば無意識にリリスの頭を撫でながら、俺はリリスの言葉を引き継いで締めくくる。何かしらの講義は来るかと思っていたが、リリスは静かに目を細めて俺の手を受け入れていた。


 クエストをこなし続ける日々に身を置いているとは思えないぐらい、リリスの髪の毛はすんなりと指の間をすり抜ける。特段ケアに気を使ってる様子も見ないし、本当に生来の物なのだろう。……撫でていることを意識してしまうと少しだけ気恥ずかしくなってしまったが、だからと言ってやめる気も起きなかった。


「……あなたたちは、もう覚悟が決まっているんですのね」


 俺とリリスの様子を見つめて、バルエリスはぽつりとつぶやく。俺たちに向けられた赤い瞳の中には、羨望の色が濃く出ているような気がした。


「お互いがいれば何とかなるって確信をしているから、それに害をなそうとする者の排除に対してなにも躊躇をしない。……父さまが求めているのも、そのような覚悟なのでしょうね」


「……騎士としてって観点で考えるなら、私の考え方はあまりよくない気がするけどね。私にとって、本当に大切な人や物以外の価値なんてないに等しいもの。……『王国を守る』ってのが騎士の理想なら、私の考えは見習いすぎない方が身のためかもしれないわ」


 バルエリスの称賛にはにかみながら、リリスは少し研鑽するように答える。……しかし、それにもバルエリスは大きく首を横に振った。


「いいえ、わたくしにとってリリスさんの考えは目が覚めるようなものでした。……私にとって一番大切な物は何か、考えておきますわね」


 そう言って、バルエリスはおもむろにソファーを立つ。気が付けば外からは明るい日差しが射していて、新しい一日の始まりを高らかに告げていた。バルエリスの行き先を思うと、朝食の準備に向かったのだろう。


 せめて食器ぐらいは出しておくかと、俺もバルエリスを追ってソファーを立とうとする。……したのだが、俺が一歩目を踏み出す前に俺の左腕がぐっと引っ張られた。


 ふと振り返れば、リリスが何かを訴えかけるようにこちらを見つめながら両手で俺の左腕をつかんでいる。……その青い瞳は、さっきまで真剣さとは打って変わって少しとろんとしていた。焦点がどこかあっていないところを見るに、イレギュラーな早起きの影響が出たってところだろうか。


「……バルエリスには悪いけど、もうひと眠りするか?」


「ええ、そうさせてくれるとありがたいわ。……正直なところ、かなり頑張って起きてきたのよ」


 俺の提案を満足そうに受諾して、リリスは俺の肩に頭を預ける。言葉通り限界がすぐそこまで来ていたのか、そのあと三秒もしないうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。


 俺の肩なんてそう快適な寝心地でもないだろうに、その両腕は寝てる間に滑り落ちるまいと俺の腕にしっかり絡みついている。……さっきクールにアドバイスを送ったのと同一人物だとは思えないぐらい、その姿は幼く見えて――


「……ありがとうな、リリス」


 起こさないように小さくつぶやきながら頭を撫でて、俺は背もたれに体重を預ける。……とんでもなく熟睡したリリスが目覚めたのは、朝食の香りにつられたツバキが起きてきてからさらに一時間弱ぐらい経過した後の事だった。

 リリスたちが今までの生活で培ってきた矜持や価値観が、バルエリスの中で果たしてどのように花開くのか。まだまだ続く第四章の中で答えが出ることになりますので、ぜひご期待いただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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