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第二百三十六話『恐怖への特効薬』

 射線が切れる位置に移動したことで見えなくなった俺たちのことを追ってきたのか、二人組の男たちは手に狙撃用の魔道具らしきものを握っている。……少なくとも、俺たちの古城調査を手伝ってくれる親切なガイドという事はなさそうだった。


「バルエリス、今の話の続きは後だ。……今はとりあえず、こいつらから逃げ切るぞ」


 バルエリスの肩を叩き、少しぼうっとしている状態から引き戻す。あの魔道具がどれだけのスペックを持ち合わせているかは分からないが、撃ち抜かれたらただでは済まないことだけは間違いない。……リリスとツバキがいないこの状況のことを鑑みると、逃げるという選択肢しか俺たちには与えられていなかった。


 俺にそう言われたバルエリスはふっと目を開けると、その瞳の中に二人の刺客の存在を映し出す。……すると、神妙な面持ちのまま一度だけ首を縦に振った。


「……そう、みたいですわね」


 声を震わせながら一歩、二歩と後ずさり、バルエリスはさりげなく刺客たちから距離を取ろうとする。だが、相手が手に持っているのは遠くから狙い撃つことに優れた魔道具だ。距離を取ろうとすればするほど、状況は次第に悪くなってしまうだろう。


 そんなことを考えていると、二人の刺客が一斉にその引き金へと手をかけたのが視界の縁に入ってくる。その動作にどうしようもなく不吉な予感を感じて、俺はバルエリスの頭を押さえつけながら崩れ落ちるように地面へと伏せった。


 その直後、タァンという軽やかな音とともに俺たちの頭上を何かが一瞬にして通り抜ける。空気を切り裂くほどの速度を持ったそれが過ぎ去ったことを確認してから立ち上がると、刺客たちはどこかめんどくさそうな様子で長い筒のような魔道具のあちこちに手を触れていた。あの魔道具が何なのかにはまだまだ疑問が残るが、どうも連射が効くような代物と言うわけでもないらしい。


「……それなら、逃げるのもまだ楽そうだな」


 ようやく一つ見つけた有利な条件に思わず息を吐きながら、俺はとっさに伏せさせたバルエリスの方を見やる。……しかし、彼女はうつぶせの状態から立ち上がることもできずに体を震わせるばかりだった。


「……今……また、わたくしたち……?」


「ああ、マジで殺される直前だった。……残念な話だが、アイツらに俺たちを見逃そうって気はないらしい」


 夢でも見ているかのようなおぼつかない口調で言葉を紡ぐバルエリスに、俺は容赦することなく現実を叩きつける。状況は決して良くはないが、それでも直視しなければ打開策も何もあったものではない。……まずは、バルエリスに自分の調子を取り戻してもらわないとな。


「……なあ、怖いか? 一度ならず二度も死がすぐ近くを通り過ぎて行ったのはさ」


「……それ、は、当然でしょう。怖いですわよ。……みっともないぐらいに身体が震えていて、わたくしの不甲斐なさを突き付けられているかのようですわ」


 刺客二人の一挙手一投足に目を離さないようにしながら、俺は小声でバルエリスに問いかける。それに対して即座に肯定が返ってきて、俺は小さく笑みを作った。


「ああ、そりゃそうだよな。……だって、俺も怖いんだからさ」


 バルエリスだけが死の直前に立たされたさっきの罠とは違って、この刺客たちは俺の命も奪い取ろうとしている。それを自覚してしまえばどうしても恐怖心は湧いてくるし、叫びだしたくなるような衝動も常に湧いてきている。『ここにリリスたちがいてくれれば』なんて思考も、脳の片隅でとめどなくぐるぐると回っているぐらいだしな。


 だが、それを体の震えとして表に出すことはしない。実現しない思考も、片隅に寄せることで現実的な思考の邪魔をさせなければそれでいい。……早い話、恐怖心を克服なんてしなくたっていいのだ。


「バルエリス、大事なのは恐怖心を飼いならすことだ。否定するんじゃない、乗り越えるんじゃない。……認めたうえで、やるべきことの邪魔をしないところで発散すればいい」


 恐怖に心身を支配されればされるほど、恐れていた事態が実現する可能性は爆発的に跳ねあがって行ってしまう。だから、その支配関係を逆転させればいいのだ。たとえ怖かろうとなんだろうと、それが思考と運動の妨げにならなければどうだっていい。


「飼いならす。……私の中で、恐怖心を?」


「ああ、追い出そうだなんてしなくていい。……怖がっているからこそ気づくことだって、戦いの中にはたくさんあるんだからな」


 今俺が刺客たちの方から一瞬たりとも目を離さずにいられるのは、俺がアイツらの変化をとことん怖がっているからだ。見逃した一瞬の間に何か仕込みをされてしまえば、ただでさえ不利な条件がさらに最悪なものへと変化していく。……それは、どうしようもなく怖いじゃないか。


「怖がるお前のことを見て失望する奴は、少なくとも俺の仲間たちには一人もいねえよ。……というか、何なら俺と一緒に怖がってほしいぐらいだ」


 片目だけを未だ突っ伏しているバルエリスに向けながら、俺はゆっくりと手を伸ばす。……それを見て、バルエリスの身体が僅かに震えた。


 バルエリスだって、きっと望んで震えているわけじゃない。立ち上がるためのきっかけが欲しくて、だけどそれを見つけることができなくてもがいている。……だから、もう一押しだ。


「俺だって死ぬことと向き合うのは怖いさ。……だけど、それと向き合うことができないままあっけなく死ぬのはもっと怖いし嫌だ。……だから、そんな俺のために手を貸してくれないか?」


 まるで弾丸を装填するかのような刺客たちの動きはそろそろ終盤に入り、いつまたこちらに照準が向けられても何らおかしくない状況が五秒前ほどから続いている。果たしてそれが完了するのが先か、それともバルエリスが恐怖を曲がりなりにも飼いならす方が先か。もし前者なら、俺はバルエリスを抱えてこの広い空間を逃げ回らなくてはならなくなるが――


「……そう、ですわね」


 刺客が魔道具の準備を終わらせるよりも早く、バルエリスは俺の手を取る。……その眼には、震えながらも確かな光が揺らめいていた。


「――騎士にも、ましてや何にもなれず死んでいくわたくしの姿、うっかり想像してしまいましたの。……たったそれだけで、全身に怖気が走りましたわ」


「そうか。……それじゃあ、お前はもう大丈夫だな」


 どことなく吹っ切れた様子で俺にそんなことを言ってくるバルエリスを見て、俺は心の底から安心する。問いかけ自体は遠くに流れて行ってしまったが、伝えたいことはしっかり伝わってくれたようだ。


 バルエリスの根底には、『何者にもなれずに死んでいく』ことへの恐怖がある。それはきっと、死と向き合うことの恐怖をも凌駕するものだ。……それを自覚している限り、もう死を目の前にして震えることもなくなっていくだろう。


 死ぬのも嫌だ、痛いのも嫌だ。死と向き合うことはもちろん怖い。……だけど、それ以上に理想の騎士になれずに終わっていく自分を想うことが嫌で、おまけに怖い。――その恐怖と嫌悪感が、バルエリスを動けなくしていた要因たちを強引に塗りつぶしてくれる。そうなってしまえば、もう恐怖心に身体が支配されるはずもなかった。体を縛り付ける恐怖心への特効薬は、それをさらに上回るほどの恐怖心だ。


「……さて、まずはこの状況を打開しなくてはいけませんわね。いつでも死が飛んでくるかもしれない状況なんて、心穏やかにはいられませんもの」


「ああ、当然だな。……そんで今俺たちは照準を合わせられてるわけだが、ここからどうする?」


 魔道具の準備を終わらせた刺客たちがこちらを睨んでいるのを見て、俺は隣に立つバルエリスへと問う。嫌でも死を意識せざるを得ないその質問を受けて、しかしバルエリスは久しぶりに笑った。


「それに関して、答えは一つですわ。こうするんですの、よ!」


 腰に提げた騎士剣を抜き放ち、今にも引き金を引こうとしている刺客たちに向かって力強く振り抜く。その構えは堂々たるもので、騎士を名乗っても何らおかしくないほどだ。


 だがしかし、二人の刺客は俺たちから十メートルほどは離れたところに立っている。つまり、現状は決して県の間合いであるとは言えないところだ。確かに剣の振りはよかったが、それで状況が好転するかと聞かれれば――


「――剣よ、わたくしに応えなさい‼」


 そんな俺の愚考は、すぐに続いたバルエリスの詠唱によってすっぱりと打ち切られる。その直後、ごうごうと音を立てて巻き起こった旋風が刺客二人の足元を大きく揺らがせた。

 マルクの助力もあり一皮むけたバルエリスですが、果たして次回どんな活躍を見せてくれるのか!まだまだ盛り上がる第四章、ぜひ手に汗握りながら見守っていただければ嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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