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第二百二十九話『できれば、穏便な質問会を』

「……ああ、そっちも終わったのね」


 小規模な惨状を作り上げたリリスが、こともなげにツバキの方を振り向いて安心したように零す。その足元では二人の男が泡を吹いていて、ツバキの背後で恐ろしい体験をしていたことを物語っていた。


「うん、一人はちょうどいい感じの状態で残してあるよ。……相変わらず、君は加減ってのがへたくそみたいだからね」


「流血がなかっただけ上等よ。……ここ、三日後にはパーティ会場になるんでしょ?」


「それが分かってるなら、ドアを蹴り飛ばすのも自重できてたら百点満点だったかな……?」


 これでも気遣った方だと主張するリリスに、ツバキは思わずそう返さざるを得ない。……明らかにもう修復不可能な壊れ方をしている気もするのだが、アレはどうするべきなのだろうか。まあ、そのドアで一人倒せてるから良しとするべきなのかもしれない。


「……さて、それじゃ質問の時間と行きましょうか。……思えば、こういうのも久しぶりね?」


「一介の護衛でしかなかったボクたちがこういうことをやったことがあるの自体、よく考えればおかしいんだけどね。……マルクがいないところなだけ、まだ気が楽かな?」


 掌底を打ち込んだ方の男に近づきながら、ツバキは淡々とそう尋ねる。その間に伸ばされた影が男の首から下を包み込み、質問――オブラートに包まないで言えば拷問だが――の準備は万端と言った様子だった。


 冒険者となった今でもここまで手際よく準備ができてしまうあたり、やはり過去の経験からはなかなか逃れられないという事なのだろう。それがリリスやマルクを守るために必要なら、ツバキはそうすることに一切の遠慮を持たないが。


 だがしかし、それでもショッキングな光景を見せることになるのは間違いない。だからこそ、マルクと離れているのは幸いだとツバキは考えていたのだが――


「……別に、マルクがいようがいまいが必要だったらやるだけよ。……というか、今更拷問で引くような人には思えないし」


「……へえ」


 気絶した男たちを隅に寄せながらそう答えたリリスに、ツバキは思わず嘆息する。リリスからしたらなんてことない答えなのだろうが、ツバキにとってそれは意外な答えだった。


 というのも、拷問という行為に引け目を感じていたのはどちらかと言えばリリスの方だったのだ。ツバキからしたらリリスを、ひいては自分にとって大切な物を守れるなら手段なんてどうでもいいと思っている派閥だったのだが、リリスは少しばかり考え方が違っていた。


 それはきっとリリスが厳しい態度の下に隠す優しさであり、時折顔をのぞかせる甘さだと言ってもいい。……その存在を知っているからこそ、ツバキはリリスの分まで敵対者への遠慮をそぎ落としていったと言っても過言ではないのだ。


「……マルクと出会って本当に変わったね、君は」


 リリスから受け取った答えをかみしめるように、ツバキは改めてリリスをそう評する。ツバキがそういうことを言うとリリスは決まって照れた様子を見せるのだが、珍しくリリスは素直にうなずいた。


「ええ、そうかもしれないわね。……大切な存在を取り落としてしまうかもしれないって恐ろしさを、私は知ってしまったから」


「……ああ、なるほどね」


 リリスの独白を聞いて、ツバキはリリスの変化に一定の納得を得る。……拷問に遠慮が無くなったからと言って、リリスの中から優しさや甘さが消えたわけではないのだ。


 ただ、それがより大切な存在に強く向くようになっただけ。相手がリリスの大切な物を侵す可能性があるのなら、それを容赦なく摘み取るのが今のリリスだ。……きっと、そこに一切の躊躇はない。


「私の油断が原因で大切な誰かが死んだら、私は死んでも自分を呪うと思うから。……だから、そんなことにはならないように全力を尽くすって決めたのよ」


「うん、いい心がけだね。それじゃあ、聞くべきことだけパパっと聞いて二人の元へ戻るとしようか」


 徐々に悶絶から立ち直りつつある男を見つめながら、ツバキはリリスをそんな風に促す。それに小さく首肯して、リリスは男の眼の前に歩み寄った。


「……何者だ、お前たちは……‼」


「さあ、何者でしょうね。私たちに答える義務はないわ。……あるのは、あなたへの質問だけ」


 恐怖におびえ、しかし精一杯の意地だけは保って男はリリスをにらみつける。……しかし、それに一切心動かされた様子はなくリリスは淡々と続けた。


「今から私たちはいくつかあなたに質問をするわ。素直にすべて吐いてくれたら、すぐにでもあそこにいる仲間たちと一緒に積み上げてあげる。……従わなかったら、どうなるかは分かるわよね?」


「分からない……‼ そんなことで、俺が口を割ると……わ、ぷッ⁉」


 強気な返答を保った男を罰するかのように、ツバキの手から伸びた影が男の頭を包み込む。……十秒ほどのそれから男が解放されたとき、その顔色は青白くなっていた。


「……ダメだよ、今のリリスに向かってそんな口を聞いたら。……君の口も目も命も、全てはボクたちに情報を提供するためだけにある。……身の程、早いところわきまえた方がいいんじゃないかい?」


 おどけた様子で、しかし一切の笑みを浮かべずにツバキは告げ、手の中にある影を男の視界にちらつかせる。……それが今男に苦痛を与えたものだと知って、男の顔が人間と思えないほどに歪んだ。


「……ちなみにだけど、ボクの影に誰かを直接傷つける力はない。命に干渉することなく、君にはただ苦痛だけが与えられる。……それに全て耐えられるって自信があるなら、ぜひ挑戦していただきたいところだけど――」


「……いっ、言う! だからその表情を向けるなあッ‼」


 影を少しずつ近づけながら語り掛けるツバキに恐怖して、男はついに白旗を上げる。それを聞いて満足げに体を離すと、ツバキはリリスに視線を向けた。


「……よし、ボクの仕事は大体ここまで。後はリリスに任せるよ」


「……ほんとに、貴女のえげつなさにはいつまでも追いつける気がしないわ」


 その豹変っぷりに呆れたような表情を向けつつ、リリスは男の方に向き直る。……そして、まず頭の中に浮かんだ質問を投げかけた。


「……あんな仕掛けと狙撃手を配置して、一体何の狙いがあるの? ……パーティの破壊が、あなたたちの主目的?」


「……そっ、れは……」


 いきなり核心を突く質問が飛んできて、男は焦りを隠せないままで口ごもる。……だがしかし、すぐにその男の視界の中に影が映りこんできた。


「……また、呼吸を忘れる感覚を味わいたいかい?」


「言う! 俺たち――いや、我々の目的は――‼」


 ツバキによって植え付けられた恐怖感に負け、男は大きく口を開けてリリスたちに情報をたれ流そうと言葉を紡ぐ。……だがしかし、それは背後から唐突に聞こえてきた破裂音によって永久に中断させられた。


 言葉の代わりに眉間から血を垂れ流し、男は完全に事切れている。……せっかく汚さないように配慮した部屋が、赤い液体に穢されていく。


 もちろん、それをやったのはリリスでもツバキでもない。……故に、今手を下したのは男の仲間であるはずの人間――



「……この程度の拷問で情報を吐きかけるとか……少し教育が足りなかったかあ?」



「……ッ‼」


 緊迫したこの場に相応しくない、間延びした声。そこから放たれる、実に穏やかでない発言。少ししわがれたその声からは、今対峙した男たちとは比べ物にならない危険さを感じ取っていて。


「……何者よ、あなた」


 背後を振り向いたリリスが、警戒を一瞬で最大限に引き上げながら問いを投げつける。……その視線の先には、ぼさぼさの茶髪をバンダナで適当にまとめただけの、いかにも無精者と言った様子の男が立っていた。

 護衛時代に身に着けた技術の話が出るたび、護衛時代の二人の話を文章に起こしてみたくなりますね……。いずれどこかで短編集として投稿するかもしれませんので、そちらも楽しみにしていただけると嬉しいです! もちろん第四章もまだまだ加速しますのでどうぞお楽しみに!

――では、また次回お会いしましょう!

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