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第二百二十五話『憧れの行き先』

「……しっかし、ここは調査しがいのない空間ですわね。わたくしが賊の立場でも、ここに何かを仕掛けようとはどうにも思えませんわ」


「うん、ボクも同感だね。……まあ、こういう部分に仕掛けをしてくれるような甘い考えの奴らが標的だったらそれはそれでありがたいんだけどさ」


 ――堂々とした調査開始宣言から、大体五分ほど。入り口に繋がる広間を歩き回りながら零したバルエリスの所感に、ツバキは少し肩を竦めながら答える。護衛を差し置いてバルエリスが一番先頭を歩いているのはなかなかに異質な光景だったが、当のバルエリスにはその位置を譲る気などみじんもなさそうだった。


 せわしなく歩き回るバルエリスの足取りには一切の怯えがなく、背筋もピンと伸びて視線もまっすぐ前を向いている。『好奇心がうずいただけ』と言ってはいたが、それにしたって度胸がありすぎるというものだろう。俺たちにただ話していないだけで実はダンジョンの攻略経験があるのだと打ち明けられても、今ならすんなり納得できてしまいそうだ。


 というか、それくらいやっててもおかしくないぐらいの度胸はあるように見えるんだよな……。まだ戦闘する姿を見てはいないが、普通に魔物と向き合う姿が想像できてしまうんだから不思議なものだ。それでいて負ける姿が到底想像できないのが、なおさら俺の中の違和感に拍車をかけていた。


「……ああ、外へとつながる経路も忘れずに確認しなければなりませんわね。脱出路を確認しておかなければ、いつの間にか逃げられてしまう可能性だってありますもの」


「ええ、そうね。……ところで、その発想がすんなり出てくるのはどうして?」


「もちろん、研鑽の成果ですわよ」


 バルエリスに疑問の視線を向けたリリスの問いにも、バルエリスはものおじすることなくさらりと答える。ここまで堂々とされてしまうとむしろ二の句が継げなくなってしまうのか、リリスも「そう……」と言葉を濁らせていた。


「へえ、君の研鑽はそんなところにも及ぶんだね。……それは、技師の娘としての義務だったのかい?」


 そんなリリスの後を継ぐように、ツバキが少し核心に踏み込んだ質問を投げかける。それが少し意外だったのか、バルエリスはふと足を止めた。


「……なぜ、そのような質問を?」


「んや、ただの好奇心さ。君がボクたちに抱いたものと同じような感情を、ボクたちも抱いてるだけって話だよ」


 その態度とは反対に、ツバキは至って軽い調子で返す。まだ異常の気配が見つかっていないからこそできる飄々としたあり方に、今度はバルエリスがため息を吐く番だった。


「……その論理を通されたら、わたくしに返す言葉はありませんわね。半ば強引にあなた方を巻き込んだ以上、わたくしにもそれ相応の責任は生まれて当然でしたわ」


「ま、そこは流石にな。額面上は護衛と主人だが、その利害関係に胡坐をかいてちゃいつ足元を掬われるか分かったもんじゃねえ。お前を信じたいってのが本音だが、そうするにしたって何かしらの根拠がなくっちゃな」


 ノアとの一件でむやみやたらと人を疑うのをやめようと決心したところではあるが、それでもするべき警戒をきちんとしなければ俺達の身に危険が及ぶことだってあり得るのだ。……特にこの依頼に関しては、受けた時点ですでに蟻地獄に足を踏み入れてるかもしれないんだからな。なら、せめて同行する仲間には全幅の信頼を預けておきたいというのが正直なところだった。


 探索の腰をしょっぱなから折ってしまったことは申し訳ないが、これも安全のためだからな。……お互いが望む成果にたどり着きたいのなら、なし崩しに探索を始めるべきじゃない。


 幸いなことにその言葉が本気であることは伝わったのか、バルエリスは瞑目して顎に手を当てる。……しゃべらずにそうしていれば相応に大人びて見えるのだななんて、俺はふとそんなことを思っていたのだが――


「……ええ、いい警戒心ですわ。そのような方にならば、わたくしも安心して背中を預けることができます」


 次に目を開いたとき、バルエリスの表情はとても楽しそうにほころんでいた。


「ほんと、わたくしの周りってどいつもこいつもクズばっかりですもの。いかに自分は責任を負わず、しかし自らの権威を誇示するためにならば手段を選ばないという汚れっぷり。結局人間というのはそういうものなのかと半ば諦めていましたが、あなた方は違いますのね」


「あ、ああ……ありがとう、でいいのか……?」


 くるくると回りながら、唄うように言葉を紡ぐバルエリスに対して、俺はあっけにとられたような反応を返すことしかできない。大人びて見えたバルエリスの姿は一瞬にして霧散して、子供のように無邪気な少女の姿が眼の前に現れていた。


「……ずいぶんと、私たちのことを信じてくれるのね。もしかしたらあの言葉こそがハッタリで、私たちがあなたの足元を掬う側かもしれないのよ?」


 その戸惑いからある程度抜け出したリリスが、御機嫌なバルエリスに向かって少し意地の悪い問いを放つ。……しかし、帰ってきたのは食い気味の否定だった。


「いいえ、そんなことはありませんわ。……というか、本当に足元を掬う気ならそんな質問はしませんもの。真に下衆な人間というのは、常に笑顔の仮面を張り付けながら影ですべての仕込みを終わらせているものですから」


 鼻息を荒くしながら、バルエリスは持論を滔々と語る。……まあ確かに、今のツバキは笑顔というよりは呆れとか心配の色が前面に出ている。……一か月半ほどリリスを見てきた俺からしても、リリスは隠し事に向いているタイプだとは思えなかった。


 どっちかと言えばそういうのに適性があるのはツバキなのだろうが、そのツバキも今はあっけにとられた表情でバルエリスを見つめてるしな。……良くも悪くもなかなか見ないタイプだし、どう扱うべきか決めあぐねているのはあるのかもしれない。


「それになにより、私は自分の眼を信じていますの。下衆な人間に囲まれ、人間の黒い側面を嫌というほど見せられ続けてきたからこそ、汚い人間とそうでない人間ぐらいはちゃんと見分けられますわ」


「その眼に基づけば、ボクたちは汚くない人間の方に分類される、か。……それは、ありがたい話だね」


「ええ、それがあなた方を信じる理由ですわ。……同時に、馬車の中で声をかけた理由でもあります」


 誇らしげにうなずいて、バルエリスは堂々と自らの行動原理を語る。……その姿を見て、俺の中に一つ気づくことがあった。


 バルエリスは、まず自分を心から信じているのだ。積み上げられたものを、自分の中で磨かれたものを心から信頼しているから、行動することに迷いがない。……それは、確かに気高い在り方だった。


「とはいえ、この程度の暴露ではまだわたくしを開示したとは言い切れませんわね。これでは事情を隠すことなく話してくださったあなた方と釣り合いませんわ」


 感心を込めた視線をバルエリスに投げかけていると、当の本人は首をひねってそんなことを言い始める。俺たちからしたら十分隠し立てせず話してくれている方なのだが、バルエリスからするとそうではないらしい。俺たち三人の眼を順番に見やると、バルエリスは苦笑しながら話し始めた。


「……あの知識も研鑽の内なのか、でしたわよね。……もちろん、そんなことはありませんわ。そのような知識なんて詰め込む暇があったなら一つでも技師として有用な技術を頭に入れた方がいいだなんて頭の固いことを、わたくしの父上はいつも口にしておりました」


「……それに関しては、父親の方が正論な気もするけどね……」


 困ったように首を横に振るバルエリスに対して、リリスは少し呆れたような様子で呟く。しかし、それを聞きつけたバルエリスはさらに勢い良く首を振った。


「そんなことはありませんわよ。というか、わたくしには最初から技師への憧憬なんてありませんもの。……それよりも素晴らしいものに、わたくしの心はすでに魅入られてしまっているのですわ」


 目をキラキラと輝かせながら、バルエリスはそんな風に語る。恋する乙女の瞳というものがあるとするならば、これはそう呼ぶのが最もふさわしいのだろう。そんなことを自然と思えるぐらいにうっとりとした表情で、バルエリスはほうっと一つ息をついて――


「……気高く、そして強く在る。――わたくしの憧れは、幼いころからそんな王国騎士の姿にのみ向けられていますの」


――そう、技師の娘は俺たちに打ち明けた。

 バルエリスは自分でもクセが強い人物になったなあと思っておりますが、皆様に少しでも好きになってもらえるように頑張っていく所存です。悪い子じゃないんだ……多分。そんな彼女と行く古城探索、次回もどうぞお楽しみに!

――では、また次回お会いしましょう!

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