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第二百二十四話『古城にて』

「……へえ、思ったより広いんですのね。これならあの馬車三台分だろうが十分詰め込めそうですわ」


 調査の舞台、そしてパーティ会場となる予定の古城に足を踏み入れて、バルエリスはそんな風に呟く。相変わらずパーティに対する嫌悪感が強いリアクションに俺は思わず苦笑してしまったが、本当に突っ込むべきなのは多分そこではなくて。


「ああ、その分ろくでもない輩もまぎれてそうだけどな。……『自分を守れるぐらいの力量はある』ってお前の言葉、本当に信じるぞ?」


 いかにもやる気満々と言った様子で城を見まわすバルエリスに対して、俺は最後の確認を行う。その一歩後ろで、ツバキとリリスはどことなく脱力した様子でそのやり取りを見つめていた。


 というのも、この確認はもう三回目だ。俺たちがバラックに向かうことになった事情をかいつまんで――情報屋とのやり取りは省略したが――話した直後にバルエリスが発したのは、『そういう事ならわたくしも同行いたしますわ』という衝撃の提案だった。


 当然、そんな提案をはいそうですかと受け入れられるはずもなく、俺達は固辞する構えを見せた。……だが、それで引き下がってくれるほどの聞き分けのいい人物ならここにはいないのだ。


「ええ、わたくしにも今までの修練に対する自負がありますわ。……そこまで疑うなら、実戦でアピールしてもよろしくてよ?」


 小さくファイティングポーズを取りながら、バルエリスは堂々と俺の質問に肯定を返す。その構えがあまりにも自然で、普段から武芸に親しんでいると一目で理解させて来るのがまた面倒だった。


 そう、こいつは間違いなく俺よりも強い。リリスやツバキ以上かと言われれば微妙だが、そこら辺の冒険者と比べてもおそらく遜色はないだろう。そうでなければ、どうしてある程度警戒していたリリスたちの背後を取ることができるだろうか。


「というか、ここに来たことに関しては利害の一致ですもの。あなた方は託された依頼の完遂を、わたくしはパーティ会場の安全を確かめるための調査を。手を組むことで効率が上がるのなら、それをしないという選択肢を取るのは愚かではありませんの?」


 最後の一押しと言わんばかりに、バルエリスはそんな理論を振りかざしてくる。正直なところ人手は多いに越したことはないし、ここで俺たちが提案を断ったとしてもバルエリスは気にすることなく城の中を探索することだろう。そうして何か異常事態が起こった時、寝覚めが悪くなるのは俺たちの方だ。


 それに、一応俺たちにもメリットがある提案をしてきてるわけだしな……。これで俺たちをつけ狙う裏切者だったりしたら拍手を贈るしかないのだが、頭は切れるが謀略にに適性がある人間だとは思えないというのが今のところのバルエリス評だった。


 なんというか、良くも悪くも高貴な人間っぽくないのだ。技師の娘と名乗っているあたり貴族とはまた違うカテゴリーなのだろうが、それにしたって他者との間に壁というものがなさすぎる。それが美徳になるか悪徳になるかは、その場において変わってくるんだろうけどな。


「……そうだな、お前の言うことが正しい。ただ、団体行動をするからには足並みは揃えてくれよ?」


「ええ、それは当然ですわ。……ではよろしくお願いいたしますわね、わたくしの護衛様方?」


 要求が通ったことに満足げな様子を見せ、バルエリスは俺たちに向かって片目を瞑る。……そう、この宣言こそがバルエリスが俺たちに提示した一番のメリットだった。


 パーティ参加者が揃うまで時間がかかることもあって、パーティが実際に開催されるのは今日から数えて四日後のことになるそうだ。その賊とやらとパーティが関係している可能性まで考えると、実質そこまでがタイムリミットとなる。


 だが、言うまでもなく今のバラックには高貴な人間がたくさん滞在している。そんな中でただの冒険者である俺たちは、立場的にもかなりあやふやなものだ。そんな状況で『古城の調査をさせてほしい』などと言っても、噂の存在ごと否定されるのが関の山だろう。それを理由に門前払いされるならまだいい方で、最悪の場合俺たちが噂を口実に古城に仕込みをしようとした賊としてとらえられる可能性まで十分にありうる。


 そこで意味を持ってくるのが、護衛もつけずに一人でバラックにやってきたバルエリスの存在だ。護衛の一つでもついていた方が箔が付くのは間違いないし、俺たちにとってもちょうどいい立ち位置が生まれる。パーティへの招待状を持つ人間が護衛と一緒に直談判するならば、流石に古城の管理人も無下に扱うわけにはいかないしな。


 そういう意味では、バルエリスの口利きで城の中に入ることができた時点で俺たちに選択権はなかったのかもしれないな。……まあ、それでも『なぜ最初から護衛を連れてきていないのか』というバルエリスへの疑問はぬぐえないのだが――


「バルエリス――様の存在がなくちゃ、ボクたちがすんなりここに入ることもできなかったからね。少々、いや思い切り予想外の事態ではあるけど、それも愉快なハプニングとして受け止めるしかないか」


 護衛らしい呼び名に口を馴染ませつつ、ツバキが現状に一定の理解を示す。その言葉の後に続くようにして、リリスも首を縦に振った。


「お互いにメリットのある取引なら、私たちに乗らない理由もないしね。幸いなことに一人でもある程度戦えるみたいだし、そう負担にはならないでしょ」


「ええ、お任せくださいな。アルフォリア家の矜持にかけて、やわな賊には負けないという事を好みで証明して見せますわ」


 少しだけ挑戦的なリリスの視線に応えて、バルエリスは気合の入った様子で息をつく。そのやり取りを見る限り、二人は俺よりもよっぽど早くこの状況を割り切って捉えていたようだ。


 護衛はもともと二人の本職だし、俺が思っている以上に抵抗感はなかったのかもしれない。バルエリスの天性の資質がそうさせているのか、三人の間に流れる雰囲気はとても朗らかなものだった。


「ささ、そうと決まれば早速探索と行きますわよ。見た感じ、歩き回るだけで相当時間を食わされそうですわ」


「ああ、そうだな。……リリス、魔力の気配は?」


 やる気全開のバルエリスの指示を聞いて、俺はリリスに視線をやる。するとリリスはしばらく目を瞑り、やがて小さく首を横に振った。


「……今のところ、私たちのほかに生き物がいる様子はないわね。いるとしたら隠密のための何かをしているんでしょうけど、それはもっと接近しないと気づきようがないわ」


「ま、隠密してたとしてもこれだけだだっ広いところじゃ難しいしね。とりあえず、見晴らしがいいところから潰していくとしようか」


 リリスの報告を受けて、ツバキがすぐさま方針を決定する。聞いていた以上にこの城が広く感じることもあって、少しばかり足早にいろいろなことを進めなければならなそうだった。


 依頼書曰く儀礼用、あるいは式典用の建造物らしいのだが、その空間の使い方はとても豪華なものだ。足を踏み入れた直後から吹き抜けの広間が俺たちを出迎え、外周をぐるりと一周する廊下が三層にわたって作られている。その時点ですでに四階建てになっていることが確定しているのだが、ちらりと覗く壁面に扉らしきものが設置されているのがそこに追い打ちをかけてきている形だ。


 一階には基本的に他の部屋はないのだが、たった一つだけ俺たちの正面に扉が見えている。その両隣は丁寧にステンドグラスでの装飾が施されており、そこが特別な部屋であることをこれでもかと強調していた。


 噂を完全に排除しようと思うのならば、その一部屋一部屋を念入りに調べていく可能性がある。『パーティの準備』という名目で普段いるはずの観光客が立ち入り禁止になっていることだけが救いだが、それでも骨の折れる仕事になるのは間違いなさそうだ。


「……そういう地道なことが、後につながってくるんだもんな」


「ええ、その通りですわよ。私の憧れの方も言っておりましたもの、『地道に剣を振らなければ騎士の在り様を保つことはできないのだ』とね」


 気合を入れなおすための俺の言葉に、バルエリスはどこかズレた感じで乗っかってくる。そのハイテンションそのままに、バルエリスはまっすぐに前を指さすと――


「さあ、待っていなさい不逞の輩。わたくしたちが見つけだし、そして成敗して見せますわ!」


「……いや、まだ百パーセントいるって確定したわけじゃないけどね……?」


――控えめなツバキの突っ込みとともに、俺たちの古城探索は幕を上げた。

 次回、物語は早くも古城探索に向かって行きます! なし崩しとはいえ協力関係を結んだ四人の探索がどのようなものになるのか、ぜひ楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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