第二百二十二話『銀色の闖入者』
「……へえ、そんな事件まであったのか……。護衛って一言で表現できるとは思えねえぐらい、いろんな仕事を任されてたんだな」
「ま、私たちは護衛の中でも徴用されていた方だからね。それなりの権限はあったのよ。……ま、それを手に入れた理由も複雑だからあまり喜べないのだけれど」
「ああ、そういえばそうだったね……あれもあれで愉快な話だったから、話の種としてはばっちりだけど」
リリスとツバキが息を合わせて語り終えたエピソードに俺がうなりを上げていると、それに対する二人の反応からまた新しいエピソードがぬるっと顔を出してくる。馬車が走り出してからもう五、六時間ほどは経っているはずなのだが、それでもエピソードが尽きる気配はなさそうだった。
そのエピソードも、巨大な魔物との闘いから感触がよくなかった交渉を締結に持っていくまでの話、果ては商会の身近で起きた事件の調査など多岐にわたるものだ。唯一共通点があることと言ったら、そのどれもを二人が協力して解決に導いたことぐらいだろうか。
もはや護衛の定義とは何だろうかと問いたくなるようなエピソードの数々だが、どれもこれも物語としては完璧なレベルで痛快なものだ。おそらく脚色も加わってはいるのだろうが、それにしたって聞きごたえのある話なことに間違いはない。
馬車が至って平穏に目的地へと向かっていることもあって、俺たちの間に漂う雰囲気も朗らかなものだ。話をしている間に何度か馬車は街の傍に停まっている様子だったが、新しい乗客は誰一人としていなかった。降りる客はちらほらいたが、それも誤差レベルのことだ。
これはあくまで余談だが、この馬車に接近する魔物たちは並走する馬車に乗った護衛たちが全て近寄る前に撃退している。窓からちらりと見えた連携の様子には、俺も思わずうなりを上げてしまった。
これだけ豪華な装いをしていれば野盗なんかに襲われるんじゃないかとも最初はひそかに思っていたが、これだけの手練れがいるなら仕掛ける方がハイリスクというものだ。さすがは最高級の馬車、安全性にも妥協は全くしていないらしい。
とまあそんなわけで、拍子抜けするほどに俺たちの旅は何事もなく進行している。もちろん最低限の警戒はいつも欠かしていないが、それが役に立つ機会が来るのかは怪しいところだった。
「……まだ時間もあるし、今度はその話をしましょうか。少し時系列は前後するけれど、構わないわよね?」
「ああ、大丈夫だ。お前たちの話は面白いし、今回も期待してる」
リリスの前置きを受けて俺も思考を現実に引き戻し、首を縦に振る。それを見てリリスも小さく頷き返し、何かを思い出すように視線を上にやった。……それをしばらく続けたのち、リリスは正面を向き直って俺に語り始めようとして――
「……にぎやかな旅、とてもいいことですわね。もしよろしければ、わたくしも混ぜてくれませんこと?」
「……え?」
俺の方を向いているリリスの背中越しに唐突に聞こえてきた声に、俺は思わず目を見開く。……とっさに視線を上に向けると、そこには長身の女性がいた。
女性……いや、少女だろうか。世代としては俺たちより少し上だろうが、纏う無邪気な雰囲気は幼さをどことなく感じさせる。それが余計に年代を測りかねる要因となっているのだが、俺が驚いたのはそこではなかった。
「……失礼な質問だけど、いつからそこに……?」
驚きに目を見開いて、振り返ったリリスは女性に尋ねる。……きっと、今の俺もリリスと同じような表情をしているのだろう。普段は冷静なツバキでさえも、眼をわずかに見開いて女性の方を見つめていた。
平和な旅路だったとはいえ、警戒することを決して忘れたわけではない。それはきっと俺だけじゃなくて、ツバキもリリスも同じことだ。なのに、女性は今不意に声をかけた。……俺たち三人、誰にも気取られることなく背後に接近して、だ。
敵か味方か、それを判断するのはまだ早すぎる。だが、この女性はただものではない。少なくとも、ある程度武芸に覚えがある人物だ。……間違いなく、俺以上には。
「ああ、失礼いたしました。楽しそうな雰囲気につられたせいで、ついご挨拶が遅れてしまいましたわね」
そんな俺たちの戸惑いを知ってか知らずか、女性はリリスの背後から少し離れて席に着く。多分そこは本来女性の席ではないのだろうが、そんなことはお構いなしと言った様子だった。
「……改めまして、皆様ごきげんよう。わたくしはパルエリス・アルフォリア。王都で代々技師として名をはせてきたアルフォリア一族の末裔にして、新たな道を切り開かんと歩むものですわ。そうはいっても威張るのは性に合いませんので、どうぞ遠慮なくバルエリスとお呼びくださいな」
「バルエリス・アルフォリア……」
女性――バルエリスが堂々と告げた名前を、俺は口の中で復唱する。記憶の中の人物リストに当たってみるが、同じどころか似たような名前の記憶もない。ならばリリスたちはどうかと視線を送ってみるが、二人とも眼だけでその人物に覚えがない事を雄弁に主張していた。
というか、一度でもあったことがあれば忘れるのはとても難しいだろう。長い銀髪に燃えるような紅色の瞳は。見る人の目を嫌でも引き付ける魔性を持っている。……風格があるというのはきっとこういう人物のことを指すのだろうなと、何となく思った。
「……バルエリスさん……で、いいのかな? なにやらいろんな人から見られてるけど、席に戻らなくていいのかい?」
戸惑いからいち早く脱したツバキが、バルエリスに集まっている視線を指摘しながらそんな風に告げる。言外に『悪目立ちしてるから早く席に戻れ』と伝えようとしているのが俺には何となく分かったが、残念ながらバルエリスはそんなに察しがよくないようだ。
「問題ありませんわ。あの中にわたくしの同行者は一人もおられませんし、この席の切符を買った人物がどういうわけか乗車していないのも確認済み。わたくしの行動で迷惑をこうむる方は、あなた方のほかに誰もいませんわよ?」
「ああ、そこは一応俺たちを勘定に入れてくれるんだな……」
乱入してきたにしては丁寧なそのカテゴライズに俺が思わず苦笑すると、バルエリスは小さく胸を張る。タイミングとしては全然ズレていると思うのだが、それでも堂々としている様は絵になっていた。
「……まあいいわ、一応悪意があって近づいてるわけじゃないのは分かるし。……それで、何を聞きたいの?」
「いえ、特段具体的な話を聞くために来たのではありませんわ。旅が何事もなくてつまらな……ごほん、少し眠くなっていた時に、あなた方の賑やかな話声が聞こえてきまして。どのような話をされているのだろうと、少し興味を持った次第ですわよ」
「……いや、今つまらないって言いかけたよな……?」
とっさに咳払いをしてごまかしてはいたが、平穏な旅を『つまらない』というのはなかなかに尖った感性の持ち主のようだ。……まあ、それに関しては俺たちにいきなり声をかけた時点で今更な気がするが――
「だってつまらないですわよ、予定調和の展開なんて。ただでさえつまらないパーティに向かって進んでおりますのに、その道中までつまらないのではやってられませんわ」
「……え?」
不機嫌そうにむくれて見せるバルエリスを見つめて、俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。……何を隠そう、さっきの停車を最後にこの馬車は終点であるバラックまで停車をしない。……つまり、バルエリスの目的地は俺たちと一緒という事になるわけで。
「聞こえませんでしたの? わたくしはアルフォリア家の人間として、バラックの古城で行われるパーティに出席する予定ですわ。……社交辞令と上っ面だけが飛び交う会場など、想像するだけで退屈で仕方がないものでしょう?」
せめて馬車の中でぐらい刺激的な体験がしたいものですわ――と。
美しい獣のような笑みをたたえながら、バルエリスは堂々と言い放って見せる。それはきっと彼女にとってのキメ台詞なようなもので、相当気合を入れた一言だったのだろう。……だが、その姿はするりと俺の中で存在感を失っている。……そうなるぐらいに、今バルエリスが発した情報は衝撃的なものだったのだ。
「……バラックの古城で、パーティを……?」
――うわごとのようにそう繰り返し、俺は一度目を閉じる。……突如現れたバルエリス・アルフォリアという存在によって、俺たちの平穏な旅は終幕を告げたと言ってよさそうだった。
このバルエリスというキャラなのですが、構想段階のギリギリまでいなかったはずなのに気が付けばすっと出てきてました。高貴な立場でありながら刺激を求める彼女がマルクたちとどんな化学反応を起こすのか、ぜひお楽しみいただければ幸いでございます!
――では、また次回お会いしましょう!




