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第二百十八話『才は分かたれた』

「今のツバキで不完全……ねえ。ツバキを生んだ『影の巫女』とやらは、どれだけの力をツバキに期待してたのかしら」


 自然と生まれた数秒の沈黙を突き破って、リリスは皮肉るような口調でそう呟く。相棒としてツバキの強さを誰よりも知っているリリスだからこその質問だが、ツバキは小さな笑みを浮かべて目を瞑った。


「……そうだね、今のメリアとボクを足して二で割らないような存在があの人たちにとっての理想形じゃないかな。膨大な魔力をその身の内に宿し、影の魔力を搦め手にも純粋な武力にも転用できる。そんな器用さと力強さを兼ね備えた存在が、本来『影の巫女』には相応しい――って、ボクに魔術の稽古をつけてくれた人は口を酸っぱくして言ってたからね」


「つまり、そのうちの半分しかツバキは満たしてない、と……。それにしたって、魔術師としてはあまりに強いことは間違いないんだけどさ」


「そりゃそうよ。というか、完全なツバキがいたら私の立つ瀬がないからご遠慮願いたいわ」


 俺のリアクションに便乗するかのようにして、リリスは冗談めかした口調で肩を竦める。そう言われてみれば、リリスがツバキの影を纏って力をふるう光景は確かにツバキが口にした理想形に近いものだからな。……本来ならばそれを一人で満たせる可能性があったと考えれば、そのめちゃくちゃ差も何となく身近なものに感じられた。


「ああ、ボクが完全だったらリリスとコンビを組むことはなかっただろうね。……そういう意味では、メリアには感謝しなくちゃいけないか」


「そうね、今度お礼を言わなくちゃ。……まあ、アイツは皮肉としか受け取らないでしょうけど」


 直接剣を交えた少年のことを思いながら、リリスはより深く肩を竦め、ため息を吐く。その態度自体はさっきと同じはずなのに、今は呆れの色がより色濃く浮かんでいた。……だがしかし、そこに不思議と敵意はあまり含まれていないような気もして。


「……リリス、実はあまりメリアに対してキレてないのか?」


 ふと脳内に顔を出した疑問を、俺はそのままリリスへと投げかける。リリスはそれに一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、すぐにぶんぶんと首を横に振った。


「そんなことないわよ、マルクの命を狙った大馬鹿者だもの。……だけどそれより、どうしようもない人間だなって感情の方が勝ってしまってるだけ。……あの子、自分で言ってることがぐちゃぐちゃなのよ」


「ぐちゃぐちゃ……?」


「そう、ぐちゃぐちゃ。まあ、いずれまたそれを突きつける機会は来るから今はこれくらいにしておくけど。……というか、正直考えるだけでむかむかしてくるのよね」


 胸に片手を当てながら、リリスは再度首を振ってその話題にキリをつける。……だが、リリスが発した『ぐちゃぐちゃ』という言葉は俺の耳の奥にこびりついていた。


 少なくとも俺の眼には、メリアはまっすぐな人間に映っていた。それが今回は思いっきり悪い方向に作用してはいるが、『ツバキを守る』という所だけは絶対にぶれない芯だと言ってもいいだろう。それは、リリスの見た『ぐちゃぐちゃ』とはまた少し違うような気がして――


「……さあ、話を本筋に戻しましょう。双子に生まれたことによって期待されていたスペックを下回ってしまったツバキたちは、その後どうなったの?」


 しかし、その俺の思考もリリスが新たな問いかけをしたことによって打ち切られる。ツバキはその問いを受けて小さく息を吸い込むと、静かな口調で答えた。


「……ボクが一人で歩いて活動できる都市になった時には、すでにボクを『影の巫女』候補として育てることは決定されてた。期待していた条件は満たしていないけど、それでも役割を果たすために十分な素養は持ち合わせてるから、ってね。……言ってしまえば、妥協案みたいなものさ」


「……じゃあ、メリアはどうなったんだ? 本来あるべき筈の才能をツバキから持ち去ったものとか、とてつもなく疎まれててもおかしくないだろ」


 というか、疎まれていたという話をツバキもしていたはずだ。話を聞くたびにそれはどんどんと理不尽なものになって行って、幼い彼に同情せずにはいられなかった。


 いくら今俺たちと敵対していると言っても、生まれてきたその瞬間から間違いであるなんてことを肯定してはいけないと思うのだ。……生まれてくる命に罪なんてないと、俺はそう信じたいだけなのかもしれないけどな。


「ああ、疎まれていたよ。だけど、メリアだって影の力を扱える存在なのは間違いない。……だから、彼は『影の巫女』の護衛として力をつけることになった。今のボクはちょっとした工夫で身を守れるようになったけど、その時のボクは外からの接触にとても無力だったからね」


「なるほど、護衛ね……。ツバキが後になる職業を先に目指すことになるとか、一種の皮肉じゃない」


「ああ、間違いないね。だけど、メリアはその役割を楽しそうに受け入れてた。格闘術も学んで、ボクにできない影での攻撃技術も必死に磨いていた。『影の巫女』には絶対になれなくても、その役割を守るための力は着実についていた。……まあ、そこにどれだけ現実味があったのかは分からないけどね。『強くなれば嫌われないで済む』とか、それぐらいの心持だったのかもしれない」


 それはボクには分からないことだ、とツバキは口をつぐむ。……これ以上メリアの心情を推し量らせるのも気が引けた俺は、一つの質問を投げかけた。


「……ツバキ、『影の巫女』には絶対になれないってどういうことだ? ツバキにあってメリアにない、そんな要素が魔力量以外にもあったのか?」


「ああ、そうだね。……はっきり言えば、性別が違うってだけの話なんだけど」


 俺の質問に答え、ツバキは単純明快に断言する。……それは、俺が思っていた以上にシンプルかつ絶対的な違いだった。


「先祖代々、『影の巫女』は女性が務める役割だ。そして、そうでなければならないと里のしきたりにもある。だから、メリアは最初からその資格を持っていなかったんだよ。……ボクの記憶の中に女性ものの服を着ていたメリアの姿もあるから、女として育てる計画もなくはなかったのかもしれないけどね」


 目線を上の方にやりながら、ツバキはそんな風に取りまとめる。……俺が想像していた以上に、メリア・グローザという人間は境遇に嫌われているようだった。


 有望な姉の双子の弟として生を受けながら、『影の巫女』になるためのスタートラインにすら立てない。姉からいくつかの素養を奪っているはずなのに、それが還元されることはない。……幼くしてメリアがそのことを理解していなかったのは、果たして幸運なのか不幸なのか。


「だからこそ、里のみんなは膨大な魔力がボクの方に残ったのを喜んだ。それがあれば、『影の巫女』が果たすべき役割をこなすには十分だからね。なんだかんだそのままボクが『影の巫女』となって、里はまた安定すると、そう思ってたんだよ」


 軽く手を叩きながら、ツバキが話を少し前に進める。しかし、その口調に反して表情は悲痛なものだ。……それを見れば、ツバキが語ったその未来図が実現しなかったのは容易に想像できて――


「――そんな矢先、あの憎き商会が影の里を訪れた。……ボクが正式に『影の巫女』として認められる八歳の誕生日、そのちょうど前日にね」


――俺の予想通りツバキがそう口にした時、俺は思わず目を伏せずにはいられなかった。

 主要キャラクターの全員が過去に何かしらの謎を抱えていますが、それらも物語が進むごとに明らかになっていくことになると思います。と言ってもそれは四章だけじゃなく、もっと先の話で明かされることもあるんでしょうけどね。現在を楽しんでいただきながら、いずれ来る過去の話も楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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