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第二百十七話『影の巫女』

「……ボクとメリアは、影の里で生まれた双子だった。ボクの両親は里の中でも随一の影魔術師でね、その二人から生まれる子供にはどんな才能が引き継がれるんだろうと、そんなことを期待されていたりもしたんだそうだ。……まあ、全部後から聞いた話なんだけどね」


 普段よりもずいぶんゆっくりとした足取りで王都に向かいながら、ツバキはぽつぽつと話し始める。その速度に合わせて横を歩きながら、俺はその言葉に耳を傾ける。


 ツバキと知り合ってもう一か月は立つわけだが、時折口をついて出る過去の話はほとんどが護衛時代の話だった。だからこそ、今こうやって聞けるのは貴重な機会だ。……どんな事実が飛び出してくるのか、少し不安なところではあるけどな。


「優秀な魔術師の間には才能を持った子供が生まれるって話、世界中で有名だろう? ボクたちの村はそれが顕著でさ、数十年に一度『影の巫女』って呼ばれる存在が生まれる――というか、生むように仕向けてるんだよ。圧倒的な才覚を持った子供は『影の巫女』として育て上げられて、来るべき時に里の男の中で一番魔術の素養を持った者と結婚する。……ざっくりというのなら、政略結婚とかと同じようなものだね」


「……今その話をしたってことは、貴女の母親も……?」


「うん、『影の巫女』だったらしい。……ボクとメリアを生んだ時点でその称号は外れて、今は普通の女性として過ごしてると思うけどね」


 リリスの問いかけに頷いて、ツバキはそんな風に言ってのける。……そこまで聞いた俺の脳内に、とある疑問が浮かび上がった。


『影の巫女』は圧倒的な魔術の素養を持つものが選ばれるらしいが、血統的な問題で言えばその対象が先代の『影の巫女』の子供になる可能性は著しく高いと言っていいだろう。……そして、それが誰なのかと言えば――


「……ツバキ、お前もしや当代の『影の巫女』だとか言わないよな?」


 頭の中でひどく自然にその推論が完成してしまって、俺はとっさにそう問い掛けてしまう。……しかし、ツバキはその考えを笑みとともに否定した。


「ううん、ボクは『影の巫女』じゃないよ。……まあ、順当にいけば今頃のボクはその肩書を名乗ることになっていたのかもしれないけどね」


「……含みのある言い方ね。まるでその巫女としての素養自体はあるみたいじゃない」


「いや、実際にあるんだと思うぞ。……魔術的な素養が高い男女が生んだ子供なんだ、血統的な意味で言えばこれ以上に適性のあるやつはいないだろ」


 首を傾げたリリスに対して、横から俺はそんな風に説明する。それを聞いたツバキは、満足そうに首を縦に振った。


「うんうん、理解が早くて助かるよ。マルクの言う通り、ボクは『影の巫女』として相応しい才能を持っていたらしい。今の君たちや王都の面々に分かりやすいように表現するなら、エルフにも決して劣らない魔力量がそれにあたるんじゃないかな?」


「……なるほどな。突然生まれた才能じゃなくて、ある程度裏打ちされたものではあったってわけだ」


「そういうこと。だから、順調にいけば八歳になるころには『影の巫女』として本格的な修行が始まることになってたんだろうね。……結局、ボクはその修業の中身を何一つ知ることのないまま里の外へと連れていかれたわけだけど」


 目をぎゅっと瞑りながら、ツバキは自嘲気味にそう付け加える。痛みをこらえているかのようなその横顔に言葉をかけるのがためらわれて、俺は思わずリリスの方へと視線を投げてしまった。


「そうした先で私と出会い、そして今に至る……ってことね。ツバキたちにとっては大事な伝統なのかもしれないけど、『影の巫女』とやらはだいぶ奇妙なしきたりに思えるわ」


 そんな俺の目線に応えたのか、リリスは小さく息をつきながら自らの所感を口にする。俺も正直に発するのは控えていたが、『影の巫女』というシステムはなかなかにうさん臭いものだった。


 血統的に優秀な魔術師を生み出すという文化自体は今でも残っているが、俺が知る限りそれをしているのは貴族や王族と言った類の面々だ。一つの里の中でそれが行われてるなんて話は聞いたこともないし、それに何の意味があるのかも分からない。こういってしまうと悪いが、もう本来の意味を失って形骸化しまっているシステムなんじゃないかとしか思えなかった。


「……うん、ボクも同じ感想だよ。ボクは『影の巫女』となるべき存在として期待されてはいたけど、それが里のためになるっていうふんわりした事実しか聞かされてない。……それを知るのは、あの里をまとめる人たちと『影の巫女』本人だけだろうね」


 しかし、俺の予想に反してツバキもリリスと同じような反応を見せる。それに俺が思わず目を丸くしていると、二本立てていた指を一つ折りたたみながらツバキが続けた。


「それに、ボクの場合は少し事情が特殊だったからね。最終的にボクが『影の巫女』になることは決まったけど、それまでにはすったもんだがあったことをボクは知ってるんだ。……まあ、両親や偉い人たちはそんなことみじんも気づいてないんだろうけど」


 指先に影を纏わせながらツバキがそう言ったことで、俺はその情報が盗み聞きによって手に入れたものであることを察する。隠密に高い適性を持つツバキの影は、幼いころからその才覚をふんだんに発揮していたようだ。


 ……そういえば、メリアはそういうことをしようとする素振りを少しも見せていなかったような気がする。というか、そもそも影魔術師が真っ当に魔物を追いかけまわしているという時点でよく考えてみれば不自然だ。あれだけの威力の攻撃を繰り出せるのなら、影によって自らの存在を隠蔽しながら待ち伏せして奇襲を仕掛ければいいだけなんじゃないのか。


 ツバキの影の特徴を改めて思い返すことで、メリアに対して抱いていた違和感がより鮮明なものになる。……そしてそれは、きっとここからのツバキの話にも繋がることのような気がした。


「……そのすったもんだとやらが、貴女とメリアの違いに関係してくるってことよね。という事は、ここからが本題かしら?」


「ああ、ここからようやくメリアの存在が関わってくるからね。……言い方を選ばずに言うなら、両親や上の人たちが頭を抱えてたのはメリアの方なんだ。……だから、冷たい目で見られてたのは基本的にメリアの方だった。まあ、それにいつメリアが気づいたかは分からないけどね」


 少しだけ目を伏せながら、ツバキは双子の弟をそう表現する。きっと、その事実はツバキにとっても受け入れがたいものなのだろう。……あの兄弟の間に何があったのか、俺はまだよく知らないけれど。


「とにかく、メリアは少し疎まれているような節があった。……ああ、別に本人の性格が面倒だったとかじゃないよ? むしろ素直で、正しいと決めたことに一直線になれるいい子だ。ボクと双子で生まれてきさえしなければ、きっと里のみんなから好かれる好青年になってただろうね」


「双子でさえ、なければ……」


「そうだ。……ボクの対として生まれてきてしまったことが、あの子の罪で不幸だよ」


 俺のオウム返しに、ツバキはより語気を強めながらそう断言する。その表情には、とてつもなく複雑な感情が浮かび上がっているように見えた。


「……双子っていうのは、一人に継がれるはずだった要素を二人分に分割して生まれる存在だ。たとえ姿かたちが瓜二つでなくたって、同時に、それも同じ母親から生まれてしまったって事実が何よりも大きい。……それによって、たった一人に注ぎ込まれるはずだった『影の巫女』の血統は二人に分かたれてしまった」


 歯を食いしばりながら、しかし最後まで言葉を濁すことなくツバキはそう断言する。……そこまで言われて、俺の中に思い当たることがあった。


 この世界において王族や貴族の後継ぎとして長男が好まれるのは、別に先に生まれたからではない。早くに生まれた子供であればあるほど、魔術的な血統を受け継ぐのには適しているのだ。


 そして、それらの家において双子というのはとてつもなく忌み嫌われる。それが初めての子供ならば、なおの事。それは双子が『二人で一つ』、裏を返せば二人でなければ不完全であることが原因と言われる。家の当主となるのが一人でしかありえない以上、二人で完全では都合が悪いのだろう。


 今ツバキが話しているのも、きっと本質的にはそれと同じことだ。いつかツバキが話した『素養を持って行った』という言葉の意味が、ここにきて完全な意味で浮かび上がってきていた。


 ツバキが莫大な魔力を持ち合わせながら、それらをリリスを解することでしか攻撃に転用することができないのは。それと対照的に、メリアが影を攻撃ばかりに活用しているのは、全て――


「……ボクが影を用いて人を直接傷つけることができないのは、双子として生まれたメリアがそのための素養をまるっきり持って行ってしまったからだ。まあつまり、ボクの存在も上の人たちからしたら不完全だったってわけなんだよ」


 ――どこか自嘲気味に、ツバキは自らを不完全だと表現する。ツバキの手によって開示されたその事実は、運命の悪戯としか言いようがないような数奇なものだった。

 双子であることが意味を持つ作品は多々存在しますが、『修復術師』もこれにばっちり当てはまります。果たしてそのことがどんな意味を持ってくるのかというところまで含めてしっかり描いていきたいと思いますので、ぜひ期待していただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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