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第二百十二話『拒絶と妄想』

――今の一瞬で何が起きたか、言葉で説明するのは難しくない。魔物から遠く離れた位置で男が影の刃を放ち、それが命中した直後に男が魔物に超高速で肉迫。その勢いのまま両手に宿した刃を振り下ろし、魔物を一撃にして葬ったのだ。


 だがしかし、それがどんな原理の下で行われたのかという事が俺には分からない。今目の前で行われた影魔術『らしき』ものは、今までに見てきた影魔術の猛威とはまた違った形での脅威を示している。……その事実が、俺にとっては不吉に思えてならなくて。


「……一体、何が起こってるんだ……?」


 眼の前で起きた制圧劇に、そして今の俺たちを取り巻く状況に、俺は思わずそう零さざるを得ない。その言葉が男の耳にまで届いたのか、俺たちに背を向けていた男は黒い髪を揺らしながらくるりと振り返った。


「……ああ、ごめんなさい、お騒がせして。どうしてもこの魔物の素材が必要な状況でして、僕も夢中になって追いかけまわしてしまいまし……た…………」


 どうか外れていてくれという願いもむなしく、俺たちを見つめる男の瞳は夜空を閉じ込めたかのように黒い。……それとよく同じ色を、俺はよく目にしてきていた。


 そしてそれは男も気が付いたのか、流暢かつ明るい口調での説明は一瞬にしてそのペースを失っていく。一応は声の主である俺に向かっての言葉だったはずが、視線はツバキの方へと集中していて――


「………………ねえ、さん?」


 喉の奥から絞り出すかのようなか細い声で、男はそう口にする。……しかし、その直後に男は首を縦に振って続けた。


「姉さん、やっぱり姉さんだ! 僕だよ、メリアだ! ……姉さんを探して、僕はここまで来たんだよ!」


 言葉にするうちに確信が深まっていったのか、男――メリアはだんだんと語気を強めながらツバキに向かって身を寄せていく。それはまるで、主を見つけた使い魔のように見えた。


 だがしかし、それをされたツバキは気まずそうに身をよじる。全霊の信愛に充ちたメリアの視線から逃れたいかのようなその口調に、メリアの表情がいささか曇った。


「……姉さん、忘れちゃったの? 僕は姉さんと血を分けた、唯一の兄弟なんだよ?」


「……いや、それを忘れるわけはないさ。ボクはただ、今君と出会うことが気まずいだけだよ」


 相変わらずその視線を正面から受け止めることもないまま、ツバキはそんな風にメリアの事を拒絶する。……十数年ぶりのはずの再会だが、両者の熱量には大きな隔たりがあるようだった。


 まあ、ツバキがこうなることに関しては大体読めてたけどな。ツバキがどっちの手を取りたいかってのはもう聞いてたし、それがツバキにとって家族を裏切る選択肢になることは間違いない。どれだけそれを自分の中で消化できたって、実際にそうしなければならない場面に遭遇するのは気が重いというものだろう。


 そしてそれにはすぐにメリアも気が付いたようで、明るさにあふれていたその表情にわずかな影が射す。……そして、剣呑な口調でこう続けた。


「……姉さん、なんで僕をそんなに拒絶するの? ……姉さんにとっては、家族との久々の対面じゃないの?」


 疑わし気に、あるいは受け入れられないことを嘆くかのように、メリアは低い声で問いかける。……それに対して、ツバキはわずかに視線をメリアに戻した。


「……ああ、客観的に見ればそうだね。……だけど、ボクは君が何を言いに来たか大体分かってる。先に返答しておくけど、ボクは影の里には帰れないんだ」


「……へ?」


 ツバキに先手を取られる形になり、あっけにとられたような表情をメリアは浮かべる。まっすぐにツバキだけを見つめていた視線が僅かに泳いで、足が僅かに震えていた。


「……姉さんは、一緒に帰りたくないの? ――長い間あってないことが気まずくてそう言ってるなら、僕が何とか取り持つから大丈夫だよ?」


「いいや、その必要はない。……ああ、もっとはっきり言わないと君に正しく伝わらないかな?」


 またしても外していた視線を少しだけメリアの方へと戻して、ツバキはさらに言葉を続ける。ついにツバキはまっすぐにメリアを捉え、黒の視線が互いに交錯した。


 そのままツバキは大きく息を吸い込んで、訳が分からないといった様子のメリアを見つめている。……そして、ついにメリアにとって致命的な一言を口にした。


「……ボクは、あの里にも家族のもとにも帰りたくない。今のボクが帰るべき場所は、別の場所に確かに存在しているからね」


 堂々と、そしてはっきりと、ツバキはメリアの要求に対して『ノー』を叩きつける。それは三日前から――いや、もっと前からツバキの中で決まりきっていた答えで、俺たちからしたらその答えはとても自然なものだった。


 その答えを見つめる俺の隣で、リリスもうんうんと満足そうに首を縦に振っている。そう、俺たちからしたらその答えは本当に自然なものなのだ。ツバキとリリスが積み上げてきた時間、そしてそこに俺を交えて積み重ねた時間を知っているなら、その答えに違和感を抱くことなんてない。


「……なんで? 僕たちは、あんなにも姉さんのことを守ろうとしていたのに?」


――だがしかし、メリアはそんなものを一ミリも知らないのだ。


「この十年と少し、僕たちはずっと心配してたんだ。姉さんが痛い目に合ってないか、辛いことを指せられていないかってね。……護衛を退けることさえできれば、いつだって探しに行く準備はできてた。……それなのに、姉さんは僕の手を拒むの? ……あんなに心配していた皆のもとに帰ることを、嫌がっているの?」


「く…………それ、は……」


 ツバキにとって痛い部分に言及され、ツバキは苦しそうにこちらへと視線を投げる。真一文字に閉ざされた唇が、ツバキの中にある罪悪感を示しているかのようだ。


 だがしかし、俺たちがうかつに助け船を出しては状況が悪化するだけだ。……ここは何とか、ツバキ自身に子の苦しさを超えてもらわなければ――


「……いや、そうか。そうなんだね、姉さん」


「……何が、だい?」


 そんな風に思っていた矢先、黙りこくっていたメリアが急に明るい声を上げる。……その視線は最愛の姉の方ではなく、その横に立つ俺たちへと向けられていた。


 しかしその眼に光はなく、代わりにもっとどす黒いものがそこにはある。あえて言うならば「殺意」と表現するのが一番近い異様な瞳を揺らしながら、メリアはぐっと拳を握って、そして。


「……洗脳術式を使ってまで姉さんを傍に置こうとか、人として最底辺と言わざるを得ないな、お前」


「……ッ‼」


 反吐を吐くかのようなメリアの言葉が聞こえたと同時、リリスがとんでもない勢いで俺の体を突き飛ばす。そしてその直後、硬いもの同士が衝突するような高い音が平原に響き渡った。


 体勢を整えながら視線を向けると、そこではリリスとメリアがつばぜり合いを繰り広げている。リリスは氷の、メリアは影の剣をそれぞれ携え、至近距離で視線を交換していた。


「メリア、何をやってるんだい⁉ ボクの意思にその二人は関係ない、今すぐ攻撃をやめるんだ!」


「いいや、僕にはわかるよ。……あんなに優しかった姉さんが、僕たちを捨てるようなことを言うはずがない」


 姉の言葉を首を振りながら否定して、メリアはリリスへと視線を戻す。……その強硬姿勢に対して、リリスもまた語気を強めた。


「現実逃避もいいところね。ツバキは尊敬できる賢い子だけど、その血はあなたに流れてないものと見えるわ」


「黙れよ、姉さんを洗脳した下郎め。……お前たちがどうしても認めないって言うなら、お前たちを殺してからそれを証明してやる」


 リリスの強い言葉にも、メリアは自分の中の答えを修正することをしない。アイツの中では俺たちが絶対悪で、ツバキには何の罪もありはしないのだ。


「……はあ、話にならないわね」


「それはこっちのセリフだ。……君たちが姉さんを奪ったこと、死ぬまで後悔させてあげるよ」


 つばぜり合いの状態からお互いにいったん飛びのき、二人はにらみ合いの姿勢に入る。状況はまさに一触即発、少しの行動で戦況は大きく動く。……そのうえ、あっちには原理不明の高速移動まであるときたもんだ。


――ひゅうと吹き抜けた風が、草原を軽く揺らす。そんな穏やかさとは裏腹に、この場所は張り詰めた空気の漂う戦場へと一瞬にして変貌を遂げていた。

第四章も開幕したばかりですが、事態はさっそく剣呑な方向へと流れていきます! 依頼が発生する前に起こったこの戦いがいったいどんな着地点を迎えるのか、どうか楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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