表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

211/607

第二百五話『選択権という幻想』

 様々な小国がひしめき合っていたこのあたりの地域が王国として統一されたのは、歴史的に見ればまだまだ最近の話だ。だからその時代の名残と言ってもいい建造物が残っているのは理解できるし、そこに妙な噂があったら取り除いておきたいということもまあ理解はできる。……だがしかし、どうしても腑に落ちないことがあって――


「……その仕事が、どうして俺たちに回ってくるんだ?」


「ああ、問題はそこだよね。ただでさえ冒険者らしくない文面である上に、その古城からそこそこの距離がある王都の冒険者にわざわざ依頼を出すとなると、流石に何かしらの裏を疑わざるを得ないな」


 情報屋の言葉を聞くなり首を傾げた俺に、ツバキも続いて疑問の声を上げる。直感的にではあるがリリスもその依頼から妙なものを感じていたのか、少しばかり眉間にしわを寄せていた。


 だがしかし、それに対して情報屋はけらけらと笑うだけだ。そのうえでひらひらと依頼書を振って見せると、芝居がかった様子でこう付け加えて見せた。


「悪いな、それは開示されてない情報だ。依頼人が何を思ってお前らに声をかけたのかは、残念ながらオレの品ぞろえの中にもねえよ。……まあ、オレが持ってる情報を組み合わせればそれらしい推理ができねえこともないが――」


「どうせ三千万ルネの請求が飛んでくるんだろ? 知ってるよ」


「いいや、これになれば五千万ルネ、あるいは一億ルネぐらい吹っ掛けねえと割に合わねえな。クライアントがクライアントだ、その思惑を邪推しようなんて思うだけでもおっかねえ」


 先手を打って答えた俺に、しかし情報屋は首を振ってさらに金額を釣り上げる。……その顔は偽装によって見えないはずだが、今見せた仕草には確かに恐怖が混じっているような気がした。


「ま、そんな危ない橋を渡らなくても満足してるくらいの報酬は受け取ってるからな。これであっちが顧客として不十分だったらお前らに売ってやってもよかったんだが、今回ばかりは相手が悪い」


「相手が悪い……ね。話を聞けば聞くほど、依頼人がうさん臭くてならないわ」


 あくまで軽薄さは崩さないまま、しかしきっぱりと情報屋は俺たちの要求を無理だと断じる。それを見ていたリリスが、あきれたように首を振りながらそう告げた。


「私たちだって、もう仕事を選んでいけるぐらいに安定した立場があるのよ。わざわざ誰とも知れない依頼を受けなきゃいけないほどあやふやな存在じゃないわ」


「ああ、リリスの言う通りだね。……匿名での以来ってこともあって、その依頼には何か裏があるような気がしてならない。そうだな、例えば……何らかの勢力がボクたちを捨て駒として扱おうとしてる、とか」


 リリスの言葉を引き継ぎ、ツバキの視線がまっすぐに情報屋を射すくめる。夜空を映し出したかのような黒い瞳に見つめられて、情報屋は頭をガシガシと掻いた。


「おおう、こりゃ想像以上だな。頭が切れるってのは知ってたが、まさかここまで食わせもんだとは。……正直、お前たちのネゴシエーターはマルクだけだと思ってたよ」


「悪いね、ボクたちも実績がないわけじゃないんだ。……そのあたり、調べていないわけじゃないだろう?」


 称賛の言葉を漏らす情報屋に、しかし浮かれることなくツバキは言葉を続ける。今まで情報屋にばかりコントロールされてきた部屋の雰囲気が、初めて俺たちの方に傾いたような気がした。


 情報屋と対等に話をしようと思うならば、まずは話の主導権を握られないようにしなくては話にならない。だが、それが難しいのは情報屋としてのアドバンテージがあるからだ。かき集めて管理しているその知識たちが、いつだって話の主導権を奪い去っていく。


 だが、それを突破できるなら話は別だ。俺でさえもまだ底が見えないツバキたちの力が借りられるなら、情報屋の予測を超えていくことだって不可能ではない――


「……ああ、調べたさ。そんでもって、クライアントはこの展開まで読み切ってたらしい」


――交渉に進展が見えたその刹那、情報屋が不敵な笑い声をこぼす。その声色は、さっきまで参ったと言わんばかりに頭をかいていた人物と同じだとはとても思えなくて。


「まったく、オレもまだまだ修行が足りねえな。……揃いも揃って、情報に基づくオレの事前予測を超えてくるんだからよ」


 自嘲気味にそう笑って、情報屋は俺たちをそれぞれ一瞥する。……そして、多弁な情報屋にしてはゆっくりと間を置いた。


 久しぶりの沈黙が落ちて、俺は思わず息を呑む。その沈黙を打ち破ることができるのは、今この場では情報屋だけだ。……その時点で、場の主導権はすでに奪い返されている。


「ああ、心の準備をしといてくれよ? ……多分、驚かずにはいられねえからさ」


 沈黙が破られるまで三十秒、いや一分はかかっただろうか。時間感覚まで狂いそうになる緊張感の中で、主導権を奪い返した情報屋はゆっくりと口を開いて――


「『マルク・クライベットが依頼を拒否した場合、この依頼をクラウス・アブソートのもとへ持ち込むこと。その際、マルク・クライベットがこの依頼を断ったことを強調するように』――クライアントがお前たちの反応を予測して、オレはこんな指示を仕込まれたんだよ。ほんと、参っちまうだろ?」


「は……ッ⁉」


「……なるほど、これは性格が悪い……‼」


 情報屋からもたらされたその言葉に、心の準備をしていてもなお叫び声がこぼれる。その隣では、ツバキが悔しそうに唇を噛んで


「……そのクライアントとやらは、私たちと『双頭の獅子』の対立を知ってるっていうの?」


「ああ、王都にいれば嫌でも耳には入ってくるだろうからな。……だけど、その利用の仕方が最悪だ」


 戸惑うリリスに対して、俺はそんな風に答える。情報屋からその言葉が出てきた時点で、俺たちの選択権は奪われたに等しかった。


「ボクたちがこの依頼を断れば、そのまま情報屋はクラウスに同じ依頼を持ち込む。『ボクたちですら匙を投げた依頼』って箔が付いたものをね。……それを見て、クラウスが食いつかないことなんてあり得ると思うかい?」


「ま、ないだろうな。これはオレからのプレゼントだが、『双頭の獅子』はお前たちをずいぶん目の敵にしてるみたいだぜ?」


 ツバキからの疑問に答えつつ、情報屋が分かりきったことをプレゼントしてくる。……完全にクライアントの手のひらの上で動かされていることを、俺たちは認めなければいけなかった。


 これでクラウスたちがその依頼を達成すれば、『双頭の獅子』は意気揚々とそれを触れ回るだろう。新進気鋭のパーティが断った依頼を王都最強のパーティが解決したとなれば、両者の間にある差は誰の目から見ても明らかだ。ただでさえ一度広まった噂がなかなか収まらない王都において、そんな事実が流れるのは致命的だと言ってもよかった。


 もちろんこれが俺の杞憂で終わる可能性もないではないが、実現してしまったときのダメージは計り知れない。俺たちと『双頭の獅子』の関係をわかってやっているのなら、本当に性格が悪い一手だとしか言いようがない。たった一つの条件をちらつかせるだけで、俺たちは鮮やかに詰みまで追い込まれてしまったのだから。


「ちなみにだが、この文言はお前たちに伝えてもいい情報として伝達されてる。……どうやら、クライアントは何としてでもお前たちに依頼を受けさせたいみたいだな?」


「ああ、らしいな。……やられたよ、完璧に」


 楽しそうに告げる情報屋に、俺はため息をつきながら答える。……クラウスが流した噂の伝達速度の速さを身をもって知っているからこそ、クライアントからの情報提供――いや、脅しの効力は相当なものだった。


 この依頼自体が俺たちをおびき出すための罠なのだとしても、俺たちはそこに飛び込んでいかなくてはいけないだろう。……今そうしなければ、『双頭の獅子』の背中は大きく遠ざかってしまうかもしれないんだからな。


「……その依頼、『夜明けの灯』が責任をもって引き受ける。そうやって宣言しないと聞けないような詳しい情報、どうせ持ってきてるんだろ?」


「ご明察。……ホント、お前が理解の早いやつで助かったよ」


 俺の受諾宣言に、情報屋は気分よさげに体を揺らす。その右手には、いつの間にやらもう一枚の紙切れがしっかりと握られていた。

 どう見たって異様な状態ではありますが、マルクたちは自らの目的のため新たな依頼に身を投じることになります。それが果たして彼らに何をもたらすのか、ご期待いただければ幸いでございます!

――では、また次回お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ