第二百四話『正体不明の依頼』
「……せめて茶ぐらいは飲んでけよ。味に関しては保証するぜ?」
「悪いな、このナリじゃ満足に飯も食えねえんだ。オレは立場上正体がバレたらキツいんだよ、決して飲みたくないとかそういうわけじゃねえ」
部屋の真ん中に置かれた机のそばにどっかりと腰かけつつ、しかし情報屋は出されたものに一切手を付けない。そんなものに興味はないと言わんばかりに、視線は俺たちの方にだけ向けられていた。
いや、視線の方向すらももしかしたら偽装を施されているのかもしれないけどな。ただ少なくとも、情報屋は商売人として俺たちのところを訪ねたのは間違いなさそうだ。それが確認出来たから、俺たちは部屋の中に情報屋を招き入れてるわけだし。
「……ふうん、徹底してるのね。あなたの存在ともどもマルクから話は聞いていたけど、そんなに分厚く偽装を施して息苦しくなったりしないわけ?」
「こちらこそ、アンタのお噂はかねがねうかがってるぜ? この街で随一と言われてる術師から見ても分厚い偽装だってことは、オレの正体は今のところ誰にも見抜かれないで済むってこった。あいにく、そうまでしないと安心して商売ができねえもんでな」
リリスの問いかけに対して、情報屋は煙に巻くように言葉を積み重ねていく。正面から問いかけてもまともな答えは返ってこないと早々に判断したのか、リリスは不快感を隠すこともなく返した。
「……今はその気が湧かないだけよ。あなたが私たちに敵対するっていうなら、その時は力づくでもあなたの正体を暴いてやるわ」
「おお、それなら安心だ。オレはいつだってオレのためにしか動かないからよ、ある意味では王都一中立の位置に立つ人間って言っても過言じゃねえんだぜ?」
からからと笑いながら、情報屋は自らのことを中立と称する。……どこまで行っても掴みどころのないその語り口に、とうとうリリスは大きなため息をついた。
「……それなら、とっととここに来た要件を話しなさい。自称中立のあなたがわざわざ客を選んで商売をしているってことは、よっぽど特殊なことなんでしょう?」
「へえ、噂通り頭が切れるね。そうだよ、今回は特別案件だ。なんせクライアントに商売先を指定されちまったからな。顧客の指定なんて本来はオレのポリシーに反するんだが、報酬金がたんまり積まれちゃあ受けざるを得ねえもんでな」
「どんなポリシーも、金の前では意味をなさないってことか。ずいぶんと軽薄な……いや、この場合は柔軟なスタイルって言った方がいいのかな?」
ため息をつきながらそう話した情報屋に、ツバキがどこか棘のある口調で返す。前に俺が情報屋を『油断してはいけない人物』だなんて評したこともあってか、二人の情報屋への態度はかなり厳しいものだった。
実際あまりフレンドリーに行き過ぎても情報を抜かれかねないし、これぐらい厳しめに行った方がいい相手ではあるんだけどな。冷たく接された程度で揺らぐメンタルの奴が、情報屋なんてギリギリの稼業をやっていられるはずもないし。
奴の見たもの聞いたもの、そのすべては値札付きの商品になる。大事なことを売られたくないのなら、徹底して警戒し続ける以外の方法はなかった。
「軽薄も柔軟もオレにとっては誉め言葉だよ。ポリシーだけじゃ飯は食えねえし、軽薄さで金が稼げるならそう振る舞うことに何の抵抗もねえ。……情報屋っつーのは、オレみたいな人間にとっての天職みたいなもんだからな」
その程度は罵倒の内にも入らねえ――と。
傷つく様子も何も見せず、ただ情報屋は滔々と自らの生き方をそう表現する。……軽薄だなんだという言葉とは裏腹に、そこには確固たる信念が眠っているような気がした。
「……なるほど、これは確かに食えない相手だね。ボクたちの敵に回っていないことがありがたいぐらいだよ」
「言ったろ、オレはオレの味方でしかねえよ。この世界にいるすべての奴がお客様、だからこそ情報屋ってのは儲かるんだ」
警戒を通り越していっそ感嘆したかのようなツバキに、情報屋はため息をつきながら返す。そこが話題の切れ目だと見切ったのか、その右手はカバンの中を探っていた。
「……さて、ここからは商売のお話だ。お前らが望むなら別に雑談を続けてやってもいいが、その場合は追加料金がかかるぜ? なんせ雑談ってのは自分自身という情報の塊を削り出す時間だからな」
「やめとくよ、どんな法外な料金が来るかわかったもんじゃねえ。それよりも、お前が俺たちに持ってきたっていう情報の方が興味がある」
ため息をつきながら首を横に振って、俺は情報屋が手にしている一枚の紙切れを指さす。情報屋はそれを見てニヤリと笑うと、テーブルの上にそれを滑らせた。
「まあ、中身はなんてことない依頼書だ。ギルドを介したものじゃなく、個人から個人に向けて提供されるタイプのな。この場合はギルドに仲介料も持ってかれねえし、色々とオトクだぜ?」
お前らもでっかくなったもんだ、なんて軽口を付け加えながら、情報屋は依頼書をトントンと叩く。情報屋としての言葉じゃなければ素直に祝福の言葉として受け取れるのだが、どこまで情報を握っているのかもわからないこいつからの言葉は何か裏があるような気がしてならなかった。
研究院との契約の話は漏れようがないはずなのだが、情報屋なら握ってるかもしれないっておもわざれるのが本当に恐ろしいんだよな……。情報屋という人間といくら言葉を交わしても、目の前に腰掛ける人物の底をのぞける気がしなかった。
「ま、今回はオレが仲介してるから形式としてはギルドのそれと一緒だけどな。クライアントがずいぶんと金を積んでくれたから、お前たちから仲介料を取ることはねえけどよ」
「なんというか、ずいぶんと割のいい仕組みね。……そこまでして私たちに仕事を投げかけるのが何者なのか、それだけが問題だけど」
にやにやと笑顔を浮かべながら俺たちに語りかける情報屋に、リリスは困惑の声を上げる。確かにそれは気になるところではあるところだったが、しかし情報屋は大きく首を横に振るだけだった。
「悪いな、その情報はトップシークレットだ。その情報を明かすことで発生するリスクと相応の代価がなきゃ伝えらんねえよ」
「……一応聞いておくけど、その代価ってのは?」
珍しく語気を強めた情報屋の姿を見て、何の気なしに俺はそう問いかける。……すると、情報屋は即座に三本の指を立てた。
「……ざっと三千万ルネ、現金一括払いぽっきりだ。それ以外の手段は認めねえし、情報提供による値切りも認めねえ。悪いな、これぐらい吹っ掛けねえと俺にとってのメリットが薄すぎるんだよ」
「……分かった、依頼人の話はここでやめにしよう。お前のその答えが聞けただけで判断材料としては十分だ」
三千万ルネなど、冒険者で動かせる奴は誰もいないレベルの超大金だろう。それを知らない奴じゃああるまいし、情報屋がそこまでのことを言うというのはよっぽどのことだ。……下手に首を突っ込もうものなら、俺たちにとってロクでもない事態になるのははっきりと目に見えていた。
「……マルク、いいのかい?」
ノータイムで俺が依頼人の話を打ち切ったことに、ツバキが少し不安そうな視線を向けてくる。その心配も確かにごもっともなのだが、しかし俺ははっきりと首を縦に振った。
「ああ、今はこれでいい。依頼人の裏を探ろうとしても時間の無駄になるだけだろうからな」
「話が分かる奴で助かるよ。……正直なところ、三千万でもこの情報を売るリスクと釣り合うかは怪しいところだったんだ」
安堵の息をつきながら、情報屋は顔を上げて俺たちの方を見やる。基本的に飄々としているコイツがそういう類の感情を表に出すことは正直とても珍しいことに思えたが、それを知ってか知らずか情報屋は話を本筋に戻した。
「さて、それじゃあクエストの詳細に話を移すとしようか。情報代はただでいい、クライアントから『こちらが開示した情報は過不足なく、かつ無条件に提供すること』って条件がわざわざ提示されてるからな。……ったく、オレのことをよく理解してくれてるようでありがたい限りだよ」
言葉とは裏腹に小さく舌打ちをしながら、情報屋は指先を依頼書に置く。材質すらもよく分からない手袋に覆われたそれが指さした文章に、俺が目を凝らすと――
「……『古城の調査、および賊や魔物の討伐』……?」
丁寧な字で書かれたその言葉を読み上げながら、俺はゆっくりと首をかしげる。……その依頼は、正直言って奇妙なものだと言わざるを得なかった。
魔物の討伐はいい。だが、古城の探索や賊の討伐というのはなかなか依頼書の中で見ない単語だ。特に賊の討伐なんかは、冒険者よりも王国に仕える騎士団に依頼した方がよっぽど確実性があるだろう。
だがしかし、この依頼は俺たちに向けられたものということで間違いないらしい。読み上げを終えた俺に対して「ああ」と小さく頷くと、情報屋はこう続けた。
「王都から出る馬車を使って大体八時間ぐらいかかる土地に、王国が成立する前から存在してる古城がある。……最近そこで立った妙な噂に、クライアントはどうも興味があるみたいなんだよ」
はい、ここから第四章開幕です! どのくらいの長さになるかはわかりませんが、様々な因縁が交錯する大きなターニングポイントになっていくかと思いますので、この先の展開にぜひご期待いただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




