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第二十話『手っ取り早い方法』

「――マルクの作戦、面白いくらいに効果てきめんだったね。まさかあそこまで驚いてくれるとはボクも思わなかったよ」


「俺の評判はいまや地にまで落ちてるって言っていいくらいだからな。そんな奴がお前らみたいなのを連れてたらそりゃあ驚くってもんだ」


 無事受注に成功したクエストの依頼書をひらひらと振りながら、俺はツバキの賞賛に笑顔を返す。依頼でおおまかに指定された地点を目指して、門を抜けた俺たちはゆっくりと歩みだしていた。


「それにしても、まさかここまで要求通りのクエストが提示されるとはね……。『クリアしたらドカンと評判が上がるような仕事』なんてざっくりした指定にも応えてくれるとか、かなりいい人じゃない」


「レイン――あの受付の人とは顔なじみだからな、それである程度の融通は効かせてくれたんだと思うぞ。ま、それでも認識としては『どうしてクラウスと一緒にいるのか分からない男』くらいのものだったろうけどさ」


 頭の後ろに手を組みながら、どこまでも続いていそうな広大な平原をのんびりと歩く。その歩みに合わせて、二人が並んでついてきてくれているのが嬉しかった。


 レインと顔なじみというのは、言い換えてしまえば『王都である程度仕事をしている』ということの証拠に他ならない。この国で一番忙しいギルドの受付業務のほぼすべてを担当するレインは、その見た目や物腰以上に凄まじいバイタリティを秘めた人物なのだ。


「そんな人脈もあって、無事仕事はゲットできたと。『カラミティタイガーの群れの討伐』だなんて、かなり物々しいクエスト名ではあるけどね」


「高額依頼を持ってくるよう指定したわけだからな。これで採集のクエストとか持ってこられてたら逆に怖いくらいだ」


 金も評判も得られるクエストというのは、結局のところ誰も手を出せなかったクエストであることに他ならない。難しい依頼であるほど報酬金が高くなることは言わずもがなだが、ギルド最高額の仕事なんて大体の場合はすぐに受けられてしまうからな。


「素材報酬とは別に七十万ルネも出すとか、相当危険な依頼だと思ってるんでしょうね。生憎、カラミティタイガーとやらと向き合ったことがないから分からないけど」


 依頼書の詳細を見つめながら、リリスが緊張感のない様子でそう呟く。本来なら七十万ルネの仕事なんてほとんどありはしないのだが、商会上がりの二人にはそこら辺の相場はやはりぴんと来ないものらしい。


 その額の意味を伝えて変に緊張されても困るし、リラックスしてくれてるくらいがちょうどいい気もするけどな。『タルタロスの大獄』を突破して見せた二人が簡単な要因で全滅するとは思えないし。


「ここからが俺たちの第一歩なんだ、躓いているわけにはいかねえよ」


「そうね。……今度は、私たちがマルクの目的を支える番だもの」


「マルクがボクたちにしてくれたことを思えば、これでもまだ恩返しとしては微々たるものでしかないからね。当然、ボクも全力を尽くすとも」


 俺の決意に頷いて続くと、ふっとツバキがその場にかがみこむ。その右手が地面に触れた瞬間、影の領域が広範囲に展開された。迷宮でもよく見たそれは隠密用の領域だろうが、それを今ここで展開する理由に関しては全くの謎だ。


「……助走はこの距離で充分かい?」


「ええ、十分すぎるくらいよ。これだけあればかなり高く飛べるわ」


 いきなりの行動に俺が驚いている中でも、リリスとツバキは慣れた様子でやり取りを続けている。そのやり取りを耳にすれば、俺にも二人がやろうとしている事の見当はついた。


「……お前、ほんとそのショートカット好きなんだな……」


「好きに決まってるじゃない。魔物に出くわさないで済むし、何より歩かなくていいから楽だし。あの時は人目を気にしなきゃいけなかったけど、ツバキのおかげで今回はそれを気にする必要もないしね」


 そう言って、リリスは俺に向かって手を差し出す。その行動は、『タルタロスの大獄』に向かって飛行する前に俺にして見せたものとそっくりだった。


 リリスは楽だなんて言ってはいるけど、そこらの魔術師が見たらひっくり返るような大魔術なのは間違いないんだよな……。ツバキも最初からこうするってわかってて領域を展開してるようだったし、二人にとっては慣れたものであることに間違いはないみたいだが。


「……ほんと、リリスって魔術師の底はいつまでたっても見えてこねえな……」


「そりゃそうだ、リリスはまだまだ伸び盛りの魔術師だもん。これから一緒に過ごしていく中で、もしかしたら見れるかもしれないなってくらいだろうね」


 感嘆とも何ともつかないため息を吐く俺に、ツバキがどこか楽しそうに同調する。その手がリリスの空いた手をがっちりと掴むのを確認して、リリスは前を向き直った。


「……それじゃあ、飛ぶわよ。くれぐれも、舌を噛まないように……ね!」


 俺たちの体を引きずるようにして、リリスは一蹴りごとに影の中を加速していく。隠密のために張り巡らせた影の領域が終わりを迎えるその直前、ひときわ強い踏み込みとともに俺たちの体は天高く宙を舞った。


 目を見張るような大跳躍だったが、驚くべきはここからだ。一度浮かび上がった俺たちの体は風の球体に包み込まれ、重力を無視して空を漂い続ける。どこまでも広がる草原を見下ろせば、魔物の姿がぽつぽつと視界に入った。


「人三人を支えても何の問題も無し、か。リリス、本当に無理してないよな?」


「これくらいで悲鳴を上げるような鍛え方してないわよ。修復してもらったおかげなのか、損傷する前よりも体の調子がいいくらいだし」


 俺の確認にも、リリスは余裕のある口調でそう答える。俺たちの方を向き直る暇まであるくらいだし、この程度リリスには冗談でも何でもなく普通のことでしかないのだろう。


「こっちの方が移動速度は早いし、ついでに目標の群れも探しやすいでしょ? 一分でも早くクエストを終えたいなら、そのための手段は全部使うべきじゃない」


「……ああ、その通りだな。せっかく力を使ってくれてるんだし、早い事見つけ出すことにするよ」


 リリスの厚意はありがたく受け取ることにして、俺は眼下に広がる景色を見やる。いい感じに高さを調節してくれたのか、前飛んだ時よりも地面が近いように見えていた。


 レインから事前にもらった情報によれば、カラミティタイガーは黒と灰が混ざったような毛色をしているらしい。本来なら群れを作ることを好まないようだが、何らかの事情があってこの平原にいる個体は群れを作るように相成ったんだとか。


 まあ、こういう時の事情なんて絶対ろくなものじゃないんだけどな。それに関してはギルドとしても理解していたらしく、群れを成したカラミティタイガーの前例がないかをかなり正確に調査していたようだ。レイン曰く『完璧に無駄な時間だった』らしいが。つまるところ、カラミティタイガーが群れた理由に関しては謎のままということだった。


「本来だったら群れないはずの魔物が群れた時、一体どんな悪影響がボクたちにもたらされるのか……少し興味が湧いてくるジャンルではあるよね」


「どうあがいてもロクな結論にはならないし、研究しないでいいならそうしたいってのも事実だけどな。魔物に普段させないようなことをさせるきっかけなんて大方ネガティブな感情しかないんだから」


 簡単に言い換えてしまえば、生存本能というものなのだろうか。ダンジョンの生まれる仕組みとかと一緒で魔物ってのもまだ謎が多いし、生存本能があるかというところも実ははっきりしてないんだけどな。どこまで行っても魔物と人間が共存するのは難しいし、研究しても実入りはないというのが研究者の中での風潮だと、酒場で酔っ払った研究者がおおげさに嘆いていたっけ。


 そんな記憶はとりあえず置いておくとして。足元を包む気流に体重を預けながら、俺たちは目標の群れを探す。一頭一頭のサイズが大きいという情報もあったおかげか、それはほどなくして俺たちの視界に入って来た。黒と灰が混じったような色の毛皮を纏った魔物が、平原の中にポツンと存在している水場の周りに相当な数の群れを成している。


「……そりゃ、七十万の仕事にもなるはずだよ……」


「お、どれどれ……っと、これは確かに穏やかじゃない光景だね」


 俺の視線を追いかけてその群れを補足したツバキも、その群れの大きさに思わず苦笑を浮かべる。一頭でも十分な迫力を持つその体躯が、直径十メートルにも満たないほどの小さな水辺に二十頭ほど集結していた。


「……さて、ここからどうする? あそこに降りてくのはいくら何でも危険すぎるぞ」


 つつがなくターゲットの姿を補足できたのは良いが、あの群れといっぺんに戦っても勝機なんてあるはずはない。できるなら群れの一部を別の地点に引き付け、各個撃破していくのが一番安定した討伐方法だろう。発見まではあくまで第一段階、ここからが本当のクエスト開始と言っていいだろう。だから、出来るだけ慎重に事を進めなければ――


「……どうするも何も、こうするしかないと思うよ?」


――そんな俺の疑問を遮るかのように、ツバキがそう声をかける。ふと向きなおれば、ツバキがきょとんとした表情を俺に向けていた。


 何を疑問に思っているのだと言いたげなツバキの背後から、あまりにも大きな影がぬっと湧き上がる。リリスを包み込んだ時よりもはるかに大きなそれは、俺たちの頭上を越えたのちにカラミティタイガーの下へこっそりと接近していっていた。……それが何をターゲットにしているかは、あまりにも明確だ。


「……お前、まさか――」


「あれだけの量と直接戦うのは骨が折れるからね。……出来るなら楽に仕事を終わらせたいって考えるのは、護衛でも冒険者でも一緒だろう?」


 片目を瞑りながらそう言い放った瞬間、影が突如大きく広がる。ツバキの手によって空中で形作られた影の領域は、そのまま覆いかぶさるようにしてカラミティタイガーの群れを丸ごと飲み込んだ。

次回、ツバキのプランはどんな成果を見せるのか! 三人の初クエストの行方、是非見守っていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
[一言] 金を稼ぎたい気持ちはよく理解できます。しかし、追い出されたギルドに対する承認欲求凄まじく大きいですね。
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