第二百一話『事件の締めくくり』
「古代より研究されていた術式の発見、そして破壊。おまけに不老不死の否定までもをこの短期間で済ませてきたのか。……いやはや、貴様らの働きには恐れ入るな」
「ああ、正直俺たちも予想をはるかに超えてたよ。……これだけの激務を想定して俺たちを送り出したんなら、ぜひとも抗議しないといけないぐらいにな?」
わざとらしく額に手を当てるウェルハルトに、俺も作り笑いを浮かべながら言い返す。互いの表情だけ見れば朗らかなやり取りではあるのだろうが、実際に繰り広げられているのはもっと熾烈な応酬だった。
――俺たちが王都に帰り着いたのは、狼を討伐してから三日ほどが経ってからのことだ。定期確認として村を訪れたバーレイたちに状況を報告し、またしても一日をかけて王都に戻り、その足で四人そろってウェルハルトのもとに出向いている。……正直なところ一日ぐらい羽を伸ばす時間が欲しいところだったが、バーレイ曰く『報告は何よりも優先されることである』らしい。なんだかんだ、バーレイも俺たちの完全な味方というわけではないということか。
ま、何を以て完全な味方と呼ぶのかも怪しいところだけどな。『夜明けの灯』と研究院はたまたま利害の一致が発生したから協力関係を結んだだけであり、その先に見据えている景色は少しも重なっていない。自分たちがやりたいことをやり通すために、お互いの存在があった方が都合がいいというだけだ。
「……正直に打ち明けるのであれば、まさかそれほどまでに事態が入り組んでいるとは思っていなかった。あの村に胡乱な信仰があることは確認していたが、まさかそれが不老不死の術式に連なる物だとは」
俺の言葉がはらむ怒気を察したのか、ウェルハルトはわずかに背筋を伸ばして答える。あちこちがほつれている白衣が、その身動きに連動してひらりと揺れた。
「不老不死とは魔術研究の最奥、今まで幾度となく目指されてきたものだ。……貴様らの手で否定された以上、それも完全なものではなかったのだろうが」
「ええ、見かけだけの張りぼてだったわよ。あんなもの、不老不死だなんて名乗るのもおこがましいわ」
わずかに天を仰ぐウェルハルトの言葉に、俺より早くリリスが反応する。吐き捨てるようなその言葉は不老不死への、ひいては研究者というものへの嫌悪が強く表れていたが、意外にもウェルハルトはそれに好意的な反応を示した。
「ああ、不老不死など目指してはいけない領域だ。……アレは、人の領域にある物ではない」
「ふうん、意外だね。君みたいな人物は、そういう研究にまず真っ先に飛びつく人だと思っていたのだけれど」
「何を言う。不老不死の実現とはすなわち人の可能性の消滅に等しいだろう。当方にも貴様らにも、寿命というものがある。生まれた時から制限時間を背負って生きるからこそ、人はどこまでも行きたがるのだ。……いつか来る終わりがなければ、人という生物は必死になれぬ故な」
こぶしを握り締めながら放たれたウェルハルトの主張に、俺は初めて関心の唸り声を上げる。まさかこんなところで、ウェルハルトと意見が一致するとは思ってもいなかった――まあ、一致したからと言って肩を組んで酒を飲みかわせるわけではないけれど。だけど、少しだけウェルハルトのことをよく見るぐらいはできるようになった。
「そういうわけで、当方は機嫌がいい。不老不死が否定されることは、間接的に当方の主張が正しいことを証明するようなもの故」
「ま、俺たちにそんな気は全くなかったわけだけどな。……俺たちの働きがお前にとってもいい結果になったのなら、報酬に色を付けてくれたっていいんだぜ?」
「そうだね、たっぷりもらわないと割に合わないよ。……あ、ウチの報酬は据え置きでいいから」
俺の即物的な要求を援護するように、ノアも控えめながら言葉を付け加える。……だが、それに声を上げたのはウェルハルトではなくツバキだった。
「……ボクたちから見ると、ノアの働きもとてつもないものだったと思うけどね。……むしろ、六か月も無事にあの村で生きていてくれたことに対する謝礼があってもいいぐらいだ」
「ああ、当方もその主張に賛同する。貴様らの働きは、当方が想定していた以上の結果をもたらしてくれた。王国にもいい報告ができる故、研究院はこの国でさらに勢力を伸ばしていくことだろう。……その働きに見合った見返りを贈らなければ、当方はいつ見限られるかという不安と闘わなければならないだろう」
「少なくとも、俺たち三人は即物的な冒険者だからな。……働きに見合った報酬がなければ、よりいい条件の雇い主が現れた時に寝返っちまうかもしれないぜ?」
冗談のように零したウェルハルトの不安をあおるように、俺はあえて凶悪な表情を浮かべる。あからさまなその態度にウェルハルトも何かを察したのか、それ以上何を言うでもなく首を縦に振った。
「分かっている。貴様らへの報酬は上乗せしておくし、貴様らに何かが起きた時には当方ら研究院が後ろ盾となって貴様らを援護しよう。……これは、たとえ当方が長の座を降りることとなっても引き継いでいく心づもりだ」
「おう、それは助かる。……だけど、ノアはどうするんだ?」
後ろ盾なんていらないだろ、と俺は問いかける。ノアもノアで何かを言いだそうともじもじしていたが、その問いにウェルハルトはただ首をひねるばかりだった。
「……ノア・リグランは、当方が想定していた以上の働きをしてくれた。それには全霊を以て報いるべきであるが、当方は金銭以上の誠意を持たない。……よって貴様の希望を聞きたいのだが、何か要求はあるか?」
あくまで雇用主と働き手の関係であるノアの扱いは難しいのか、ウェルハルトはどこか歯切れを悪くしながらその答えをノアに委ねる。……それを受けてもなお、ノアはどこか逡巡するように目線を宙にさまよわせていたのだが――
「……ならば一つ、お願いしたいことがあるんだけど。……いいかな?」
「内容による、としか言えぬな。当方が働きに見合っていると判断したら、貴様の願いは聞き届けられるだろうが」
ゆっくりと紡いだノアの言葉に、ウェルハルトは髪を触りながら答える。淡白な対応にも思えるが、裏を返せばどんな要求でも一回はできる権利を今ノアは手に入れたのだ。……それを一体何に使うのか、俺は見当がつかなかった。
だからこそ、俺たちはノアの言葉の続きを待つ。……ノアがもう一度口を開いたのは、ウェルハルトの答えが発されてから三秒ぐらいしてからのことだった。
「……それならば、私のことを研究院に入れていただいても構わないかな? 頼る物もないさすらいの身だけど、研究者として一生を燃やし尽くしたい謎をついに見つけたんだ」
――少しだけ遠慮がちに、しかしはっきりと、ノアは自らの願いを述べる。……それに対する返答は、ウェルハルトの高らかな、そして嬉しそうな笑い声だった。
「くっ……ははははは! そうか、貴様も熱に浮かされたか! 異端の逸れ者を気取っていようとも、貴様もまた研究者であったということだな!」
「うん、そうみたい。……どこまで行っても、ウチは研究者だよ」
ウェルハルトの言っていることはいまいち意味が理解できなかったが、ノアはすんなりとその言葉を理解したようにうなずく。……二人の間では、会話が確実に成立しているらしい。
「その程度のことならば、当方の裁量で如何様にでもしよう。……むしろそれだけの上積みで働きに見合った誠意たるのかと、当方はそう疑わざるを得ないが――」
「ううん、それだけで十分。……安心して焦がれられる場所が見つけられれば、それだけで」
まだ何かを付け加えようとするウェルハルトを、ノアは首を横に振って固辞する。今のノアにとって、腰を落ち着けるというのは何よりも必要なことのようだった。
「……何はともあれ、交渉はこれで成立ってことだね。これを以てボクたちの仕事は終わったと、そう解釈してもいいかい?」
話が一区切りついたのを見計らって、ツバキがウェルハルトに声をかける。いかにも早く切り上げようとしているその態度は、休みたいという欲求が明らかに見え隠れしたものだ。……いくら体力のあるツバキでも、ここまでのあれこれは流石に体に来ていたらしい。
「ああ、報酬の具体的な金額などは後で使いを送らせる。……この場を以て、当方から貴様らへの依頼は一旦終了だ。……期待以上の働き、心からご苦労だった」
そんなツバキの態度をとがめることもなく、ウェルハルトは俺たちに向けて頭を下げる。――それが、短くも長い不老不死事件の締めくくりだった。
ということで、第三章も残すところあと三部分の予定となっております! マルクたちのこれから、研究院のこれから、そしてノアのこれからを楽しみにしていただきつつ、近く始まる第四章にも期待をお寄せいただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




