第十九話『それはとても鮮烈な』
「……今一番報酬金が高いクエスト、ですか?」
「ああ。多少現実的じゃなくてもいいから、ドカンと稼げる奴を寄越してくれ。達成されたらメチャクチャ評判になるような奴をさ」
――俺が『双頭の獅子』を追放されてから一夜明けて。まだ朝と言っていい時間に冒険者ギルドを訪れた俺の要求に、受付のお姉さんが戸惑ったような表情を浮かべる。それにも構わずさらに条件を狭めていくその姿は、ギルド全体から変なものを見るような視線を向けられていた。
そりゃそうだ、『双頭の獅子』を追放されてゆく当てもないはずのマルク・クライベットがこんな時間に大声で受付に申請を出しているんだから。大方の人はヤケ酒した結果の行動か、あるいはやけっぱちの逆転狙いだと思うことだろう。そしてそれは、受付のお姉さんからしても例外ではない。
「……ええと、私たちとしてもできるだけ条件に沿ったクエストをあてがいたい気持ちはあるのですが……その、マルクさんの技量では、クエスト達成が難しいものばかりになってしまうかと……」
言いづらそうに指を突き合わせながら、言葉を選んで受付のお姉さんは俺の要請を断ろうとする。クリアできるはずもないクエストを斡旋しないというのもギルドの役割だし、その反応自体は正当なものだ。だからこそ、その返答は俺たちも予想済みだった。
「大丈夫だよレインさん、俺だって自殺しに行きたいんじゃない。……新しい仲間、二人見つけたんだよ」
「新しいお仲間……ですか?」
仲間というワードに、受付のお姉さん――レインだけでなく、俺を奇異の目で見つめていた冒険者たちの視線も驚きを含んだものへと変化する。ここにいる誰しもがクラウスの触れ回った情報を知り、俺が孤立しているものだと思っているのは確かなようだった。
「詐欺師が、新しい仲間を……?」
「いや、簡単に信じるな。クラウスと関わったうえに見放された奴だ、どうせろくでもないことに決まってる――」
……ああ、思ってた通りの評判だ。あちらこちらからごにょごにょひそひそと、俺の姿を見て噂する声が聞こえてくる。そのどれもが俺という人間を信じていないもので、クラウスの影響力の強さを改めて痛感せざるを得ない。覚悟していたことではあったが、独りでこれに晒されていたら耐えられていたかは微妙なところだろう。
――だけど、今の俺がそれに心を乱すことはない。だって俺には、お前たちなんかよりはるかに強く、そして俺の事を信じてくれる仲間たちが居るんだからな。
「そう、仲間だよ。……二人とも、ほら」
俺は後ろを振り返り、リリスとツバキに声をかける。その顔は深くかぶられたフードによって隠されており、誰からもその素顔を覗かれない状態だった。わざわざ追加料金を払ってまで宿の人に買いだしてきてもらったそれは、俺たちの評判により箔をつけるために間違いなく必要なものだ。
俺の合図に合わせて、二人がゆっくりとフードを脱ぐ。隠されていた素顔があらわになった瞬間、ギルドはにわかに色めき立った。
「おい、アイツは誰だ……?」
「分からねえ! あんな美人、街を歩いてて見逃すなんてないはずなのに……!」
「なんでそれをあの詐欺師が連れ歩いてるんだ……? 何か弱みでも握られてんのか?」
正体不明の美少女二人組が現れたことで、ざわめきの対象は二人に集中する。漏れ聞こえてくる話を聞く限りでは、二人の人気はちょうどぴったり二分されているくらいだろうか。まあ、二人とも絶対に渡す気はないが。
ちなみにの話ではあるが、リリスには偽装魔術を使用してもらっている。と言っても、エルフの特徴である細長い耳を隠すためだけのものなんだけどな。俺がエルフを連れてるってなったら、ギルドの騒ぎは今どころでは済まないだろうし。評判になるのが目的ではあれど、エルフという種族の希少性だけが独り歩きするような事態は避けたかった。
「……ええと、見たことのないお顔ですね……。今冒険者登録をなさるということでよろしいですか?」
「ああ、そんなところだ。二人ともとある商会の元護衛でさ、たまたま壊滅したところに通りがかったから一緒にやらないかって声をかけたんだよ」
俺の紹介に、二人は小さくこくりと頷く。会議の時点では二人にしゃべらせる計画もないではなかったが、出来るだけ俺の印象をギルドに強く周知させるために二人の紹介も全部俺がしよう、というのが最終的な結論だった。
「なるほど、それはお気の毒に……少しお待ちくださいね、魔力測定具を持ってきますので」
そう言い残して、レインはカウンターの向こうにスタスタと姿を消す。かなり足早だったところを見るに、平静を装いながらも内心ではかなり驚いてくれていたのだろうか。
レインが言った魔力測定具というのは、冒険者の力量を測るための一つの指針として存在するものだ。魔力を上手く扱える人間であるほどその輝きは強くなり、魔術師の才能を端的に示してくれるという便利な仕組みになっている。冒険者の素養がない人間を事前にふるい落とす関門としても使われるそれを二人の泊付けに使ってやろうというのが、俺が昨夜二人に提案した作戦だった。
「はい、こちらになります。……どちらから行かれますか?」
直径三十センチほどの水晶玉のようなそれを手にして、レインはカウンターの奥から戻って来る。その質問にリリスが軽く手を挙げて前に進み出ると、ゆっくりと細い腕を水晶玉に触れさせた。
「……はい、そちらの方からですね。失礼ですが、お名前は……」
「……リリス。リリス・アーガストよ」
レインの質問を受けて、リリスがギルドに向かってその名を告げる。無関心を装いながらもその名前に周囲が反応しているのは、いつもと少し違ったざわめきを見れば明らかだった。
朝のギルドに現れた明らかに異質な存在に、ギルドの注目は吸い寄せられている。――後は、そのすべての度肝を抜くだけだ。
「リリスさんですね、ありがとうございます。では、その水晶玉に触れたまま『フラッシュ』と詠唱を――」
「――そんなもの、必要ないわ」
レインの説明を遮って、リリスはふっと目を瞑る。それを横目で確認した俺とツバキも、次の瞬間に起こる現象を予期して目を瞑った。直後、魔力測定具はリリスのポテンシャルを示そうとして――
「いえでも、詠唱はイメージの固定のために……っ⁉」
目を閉じていても分かるくらいに鋭い閃光が、何の詠唱もなしに突如ほとばしる。ただでさえいつもより賑わっていたギルドは、それを受けてさらにざわめいた。
「なんだあれ、並大抵の魔力量じゃねえぞ……‼」
「あれを擁する商会が壊滅したとか、一体何をやらかしたんだ……?」
その中身は様々だが、リリスのポテンシャルの大きさに驚愕している事だけはすべてに共通していうる。……だが、まだ足りない。ここでもう一押しすることで、俺たちの噂は昨日広がったクラウスのものを塗りつぶすくらいの大きなものになりうるのだ。
「……追い打ち頼むぞ、ツバキ」
ざわめきが落ち着かないうちに、俺は小声でそう言いながらツバキの背中を押す。それに小さく頷くと、目を開けたツバキは大股でカウンターに向かって進み出た。
「……ボクの名前はツバキ・グローザ。ボクも測定していいかな?」
「え、ええ……発光自体は収まっていますし、ツバキさんの準備さえよければいつでも――」
「――それじゃ、遠慮なく」
どうぞ、とレインが言い終わらないうちに、ツバキは測定具に手をかざす。……次の瞬間、先ほど放たれたのとほぼ同じ規模の閃光がまたしてもギルドの中で炸裂した。
「う、そ……‼」
「本当になんなんだ、あの二人……‼」
「測定具、何かの反動でイカれちまったんじゃねえのか⁉」
閃光を間近で二度受けたレインをはじめとして、ギルドはとんでもない驚きに包まれている。二人の美少女への下卑た視線はとうになく、詐欺師とともに突如王都に現れたとんでもないスーパールーキーに対する衝撃だけがそこにはあった。
その閃光が完全にやむのを待って、俺はも二人に並ぶように一歩前へと進み出る。そして、未だに驚きを処理しきれていないレインの目をまっすぐ見つめて――
「……まあそんなわけで、俺は自殺する気なんて全くねえ。今一番報酬金が高いクエスト、俺たちに回してくれるよな?」
――もはや拒否する理由もなくなったその要求を、自信満々に突き付けた。
次回、三人の初仕事になります! 果たして彼らの作戦はどこまで上手くいくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!