第百九十話『そして秘密は明かされる』
――ツバキから発されたまさかの提案、そこからしばらくして。あらかたの作戦会議を終わらせた俺たちは、壁に体重を預けながら最後の一人を待っていた。
ツバキが建てた作戦は、確かに不死を否定して終わらせる可能性を秘めたものだ。だが、それを実行するためにはいくつもの壁が存在する。それを超えなければ、俺という切り札を生かすことは不可能に等しいだろうというのはツバキの言葉だった。
だからこそ、俺たちはすべての力を結集してあの狼に対抗する必要がある。……そのためには、ここにいる全員がその作戦を理解しておかなければならないわけで――
「……ふ、あああああ……」
「……お、やっと起きてくれそうだね」
そんな俺の考えが伝わったかのように、俺たちの視線の先で横たわっていたノアが体を起こす。あくびをこぼしながら大きく体を伸ばすその姿は、俺たちを助けたあの幻想的な存在とはどうしてもかけ離れて見えた。
「……おはよう。しっかり寝られたかしら?」
「……あ、おはよう! よかった、リリスも無事に起きれたんだね……!」
リリスから声がかかったことに気づいたノアが、目をこすりつつも朗らかな表情で挨拶を返す。リリスの無事を素直に喜ぶ様子からは、俺たちに対して害をなそうなんて意図は全く見えなくて。
もう少しノアに対する疑いを早く晴らせていたら、現状も少しは変化していたんだろうな……。今が最悪というわけではないにしろ、最高の状況でない事もまた確かだ。警戒心を強く持ちすぎたが故の情報の出し惜しみは、少なくとも状況を悪化させているわけだし。
「……ノア、起きてすぐ悪いけど作戦会議に移ってもいいかい? あの狼を放置しておくのはよくない気がするし、できる限り行動開始は早い方がいいと思ってね」
「うん、大丈夫。もう後遺症も残ってないし、体もしっかり動かせる。……みんなの力になれるなら、どんな役割だってどんとこいだよ」
話し合いを始めようとするツバキの問いかけに、ノアは力こぶを作って見せながら明るく答える。それに首を縦に振って応じながら、ツバキは小さく咳ばらいをした。
「……うん、それじゃあ遠慮なく作戦会議といこう。単刀直入に言うと、ボクたちはあの不死を殺しうる切り札を持っている。だけど、その手段を実行するためにはあの狼を足止めするための武力が必要不可欠だ。……そこでノア、君の力も貸してほしい。リリスとノアが同時に狼に相対できれば、戦力的には十分すぎるとボクは見ているからね。……問題は、あの力をノアが多用できるかどうかなんだけど――」
「……それに関しては大丈夫。しっかり休息も取れたし、力を引き出すこと自体は問題なくできるよ。……どうしても、制限時間っていうのは生まれちゃうけどさ」
自分の左腕をぐっとつかみながら、ノアはツバキの懸念点を払拭する。そして一瞬目を瞑ると、改まったような口調でノアは続けた。
「……皆に説明するって約束したから、ここでウチの力について種明かしをするね。ウチの身体には、半分だけ妖精族の血が流れてるの。『多種族と交わりを持ってはいけない』っていう言いつけを破ってお母さんが人間と恋に落ちた結果生まれた禁忌の子、それがウチ。……だから、妖精族だっていうお母さんの顔は一回も見たことがないんだ」
「妖精族と人間の子……確かに、なかなか聞いたことのない話だね」
「そもそも妖精族って存在自体、私たちからしたらなじみの薄いものだしね……。エルフと違って多種族との交易も技術交流も何もしないし、かといって何かを企んでる様子もないし。……まさか、多種族と交わらないようにルールで縛っていたとは思わなかったけど」
ノアからのカミングアウトに対して、リリスとツバキはそれぞれうなりを上げながら呟きをこぼす。……もちろん、俺も同じような感情を抱いていた。
他種族との混血に関しては歓迎されないことの方が多いわけだが、まさかそれを一律に禁じる種族があったとはな……。それなら『人間離れ』っていう俺の言葉に敏感に反応したのも納得できるし、普通の人間では考えられない魔術への理解を示せるのも腑に落ちる話だ。……ノアの魔術に対する視座は、どちらかと言えば妖精族よりの考え方で構成されていたのだから。
「普段は表に出してないけど、ウチの中には確かに妖精族としての力が眠ってる。お父さん曰く『誰よりも魔術の根源に近く、魔力という存在と親和性が高い存在』としての妖精族としての力を、ウチは確かに扱える。……ただし条件付きで、だけどね」
「……それはやっぱり、ハーフだからっていうところに原因があるのか?」
「うん、たぶんそう。ウチは妖精族としての力を使えるけど、身体的な能力は基本的に他の人とおんなじなんだ。だから、全力を出した妖精族の出力には耐え切れずにすぐに限界を迎えちゃうの。……多分、これはほかのハーフの子たちにも同じことが言えると思うんだけどね」
早い話がちぐはぐなんだ、とノアは自らの体質をそう結論付ける。そう聞くと、確かにノアの身に起きた現象は自然な話だった。
本来人の身で扱えるわけのない術式を、妖精族としての力で強引に実現しているのだ。そりゃ魔力切れは起こすし、何なら一瞬そうしただけで魔術神経が全部焼き切れたっておかしくはない。……というか、ダンジョンを脱出するまでその状況を維持できたのがおかしいくらいだ。
「……そんなことをして、魔術神経は大丈夫なのか? あまりに無茶なことをしてるし、かなりボロボロになってるんじゃ……」
「ううん、それは大丈夫。そこだけは妖精族としての形を引き継いだみたいでね、私の魔術神経はすごく強いんだ。……もちろん、限界を迎えた時に一時的に魔術を使えなくなったりはするけど」
俺の質問に首を横に振って、ノアは自慢げに笑う。その話が正しいのだとしたら、魔術神経が人間の規格でなかったことは幸運と言わざるを得ないだろう。そうでなければ、間違いなくノアはつらい思いをしていたはずだ。
そんなことを考えていると、隣で腕を組んでいたツバキがふと顔を上げる。その真剣な様子とは裏腹にツバキの表情は穏やかなもので、柔らかい視線がノアをまっすぐに見つめていた。
「……ありがとう、秘密を明かしてくれて。君の力に、ボクたちは頼っていいんだよね?」
「もちろん。私はあなたたちの力になりたいし、そのためだったら力を出し惜しみはしない。……ここまで言わずにいたことに対しては、ちゃんとごめんなさいしなくちゃいけないと思うけど」
ツバキの言葉にそう答えながら、ノアは座った状態のままぺこりと頭を下げる。……それに対して、俺も思い切り頭を下げた。
「……謝ることはないぞ、ノア。隠し事をしていたって意味では、俺たちも同じだからさ」
「……え?」
いきなりのカミングアウトに、顔を上げたノアはあっけにとられたような表情を浮かべる。それを見たツバキがくすりと笑うと、手で俺の方を指し示した。
「……今回の作戦には切り札があるっていう話、しただろう? それがボクたちの隠し事であり、あの狼の不死を否定するための可能性。……あんまり外には出せない話だっていうから、ノアには黙ってなくちゃいけなかったんだけどね」
「ああ、本当にごめんな。……実のところ、隠し事をしているのはお互い様だったんだよ」
胸に手を当てて、俺はノアに謝罪の言葉を述べる。それも結局ノアのことを信じ切れなかったからだし、本当に言い訳のしようがなかった。
……だけど、幸いにもその疑いは晴れた。取り返しのつかない事態になる前に、俺たちはお互いの秘密を明かしあうことができた。……だから、まだ勝機はあるのだ。
「……改めて、俺はマルク・クライベット。治癒術師としての役割を全く果たせないって理由で元居たバーティを追放された修復術師で――あの狼を殺すための、切り札だ」
まっすぐにノアの瞳を見やって、俺は堂々と名乗りを上げる。胸に当てていた手のひらから、ひときわ強い鼓動が俺の全身に伝わってくるかのようだった。
ということで、ここから第三章も一気に大詰めです! ついにお互いの秘密を共有した四人は果たして狼を討伐することができるのか、ぜひご期待いただければなと思います!
――では、また次回お会いしましょう!




