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第百八十六話『共感の源』

 妖精族。それは、いわゆる『亜人族』と呼ばれる種族の一つだ。魔術に長けているという点でエルフと混同されがちだが、妖精族は基本的に他の種族と交わろうとせずに独自の文化を築いて隠遁していると聞く。……かくいう俺も里の本で見たぐらいの知識しか備わっていないその名前が、どうしてここで出てくるのだろう。


「ノア、それって――」


――どういうことなんだ、と。ノアの意味深な問いかけに問いを重ねようとして扉をくぐった先で、俺は思わず言葉を失う。……今さっきまで元気な様子でいたノアが、力尽きたかのようにうつぶせで倒れ伏せていたからだ。


「ノア、何があったんだい⁉」


 俺から一歩遅れて部屋の中に踏み込んできたツバキが、その姿を見るなりノアのもとへと駆け寄る。その声に応えて、ノアはひどく重そうに顔だけをこちらへと向けた。


「……大丈夫、命がどうこうとかの話じゃないよ。ただちょっと、無理しすぎたお仕置きを受けてるだけ。……だから、少しだけ寝かせてくれないかな?」


 口では大丈夫だと言っているが、力ない笑みと青ざめた顔色からは一切大丈夫な要素を感じられない。むしろなんでここまで歩いてこられたかが不思議になるくらいに、倒れ伏すノアは衰弱しきっているように見えた。


 それはツバキも同感のようで、とても信じられないといった視線でノアのことを見つめている。そんな俺たちの視線から何かを感じ取ったのか、小さくノアは首を横に振った。


「……本当に、大丈夫だから。力を使ったらいつもこうなるだけで、寝ればちゃんと回復するよ。……だから今は、信じて待っててほしいな」


「…………わかった。無事に起きられたら、その時は本当に全部話してくれよ?」


 しばらく悩んでから、俺はゆっくりと頷く。……ノアを取り巻いてきた環境の話を聞いた後の『信じて』という言葉を、俺はむげにできる気がしなかった。


「……うん、約束するね。ありがとう、マルク」


「お前がいてくれなきゃ、俺たちはアイツに勝てる気がしないからな。……そのためにも、しっかり休んでくれ」


 わずかに笑みを浮かべて礼を言うノアに、俺はサムズアップを一つ。……そのやり取りを最後に、ノアは再びうつぶせの姿勢へと戻っていった。


 その直後、まるで眠っているかのような穏やかな呼吸がノアの方から聞こえてくる。……それはまるで、魔力切れを起こしたリリスのようだった。


 狭くはないが決して広くもない拠点の中に、ノアとリリスの寝息だけがすうすうと響く。……その沈黙とも何とも言えない雰囲気を破ったのは、リリスをベッドに寝かし終えたツバキだった。


「……マルク、良かったのかい? 聞こうと思えばもう少しぐらい話を聞くことができたと思うんだけど」


「聞くにせよ聞かないにせよ、しばらくここにいなくちゃいけないのは変わらねえからな。……なら、大丈夫だっていうアイツの言葉を信じてやりたかったんだよ」


 いつの間にか俺の隣に腰掛けていたツバキに、俺は苦笑しながらそう答える。その判断が正しかったかはわからないが、もはやノアを疑う材料はなくなった。……なら、今までの分も込めてノアのことを信じるのが正しいような気がしたのだ。


 その返答に、ツバキはしばし沈黙する。確かに、ノアから何も聞かなかったのは完全に俺の独断だ。それに対して不満を抱かれていても、全然不思議な話ではないのだが――


「……うん。やっぱり、君は優しい人だね」


 そんな俺の予想に反して、ツバキの口から賞賛の言葉がこぼれる。ふと隣を見れば、ツバキは穏やかな笑みを俺の方に向けていた。


「ボクがあの時口を開かなかったのは、口にすればいろいろと聞いてしまいそうだったからなんだよ。……だから、君が聞かないって選択をしてくれてよかった。ボクからもお礼を言わせてくれ」


「そんな特別なことをしたわけじゃねえよ。……むしろ、ノアに寄り添えてたのはお前の方だ」


 帰り道に交わしたやり取りを思い返しながら、俺はツバキにそう言い返す。俺がなかなか気づけなかったノアの心情にいち早く気づいてくれたのは、人の心の動きに敏感なツバキだからこそだろう。……それがなければ、前置きはもっとあっさり終わっていたかもしれないのだ。


 しかし、その言葉にツバキは少しだけ表情を曇らせる。苦笑いとも何とも言えないような顔で、ツバキは俺の称賛を受け止めていた。


「……ああ、ノアの境遇に関してはボクも少し共感できるところがあったからね。ボクが商会の護衛として働くことになったきっかけ、君も知っているだろう?」


「ああ、リリスから聞いた。……家族が、商会のメンバーに脅されてるんだっけ?」


 初めてその話を聞いたとき、俺は商会に対してとてつもない嫌悪感を覚えたものだ。一般的な感性をしている人間ならば、その選択肢を何の罪悪感もなく選べるはずがないのだから。


「ああ、それで合ってる。……君には言ったことがない話だけど、ボクには双子の弟がいてね。『姉さんじゃなくて僕を連れていけ』って堂々と言えるくらいに勇敢で、まっすぐな子だった。……だけど、あの男はその言葉をまともに取り合いもしなかったんだ。特別な才能を持つボクの方が利用価値が大きいと、そう判断したから」


「……その才能とやらが、エルフにも負けない魔力量だったってわけか」


「平たく言えばそうだろうね。ボクの影に他者を傷つける才能はなかったけど、それができなくても魔力さえあればいろんな使い道はある。……その点で、魔力量が平凡以下だった弟には興味がなかったんだろう」


 憎々しげな表情を浮かべて、ツバキはゆっくりと語る。……それは折しも、さっき俺が知りたいと願っていたツバキの過去の話だった。


「……きっと今は、彼らの支配もなくなってくれてるんだろうけどね。……それでも、ボクの存在が皆の生活を歪めてしまったことには変わりない。いつか罪滅ぼしはしなくちゃいけないって、そう思ってるよ」


 目を伏せたまま、ツバキは胸の前でぐっとこぶしを握りこむ。……その姿に安易な慰めの言葉をかけるのは、何か間違えているような気がしてならなくて。


「……それ、俺にも手伝わせてくれ。何をすれば罪滅ぼしになるかはわからねえし、そもそも罪滅ぼしはお前じゃなくて商会がやるべきなんじゃないかと思うけど、それでもお前がやりたいっていうなら、俺はお前の力になるよ。……きっと、リリスも」


 だから、その代わりに俺はそう言葉を紡ぐ。罪滅ぼしの是非は二の次にして、俺はツバキの意思を尊重したい。……ひどく自然に、俺はそう感じていた。


 その言葉を聞いて、ツバキは目を丸くする。こうしたやり取りの中でツバキがそこまで驚くとは珍しいが、そのまま固まっているのはもっと珍しい事だ。普段は判断の早いツバキが何を思っているのか、それは俺にはうかがい知れないことだったが――


「……君は本当に優しい人だね、マルク」


 ――沈黙の後、ツバキは同じような称賛をもう一度俺に贈る。こちらを見つめるツバキの表情は、いつもよりも少しだけあどけない子供のようにも見えた。


「……今ボクたちを取り巻いてることが終わったら、三人でボクの故郷に行こう。……そして、『ボクの最高の仲間だ』って堂々と言わせてくれ」


「ああ、もちろん。……そのためにも、できるだけ早くこの村のことを片付けなくちゃな?」


 穏やかに、しかし力強くそう提案してきたツバキに、俺も笑みを浮かべながらそう返す。……それはまだ先の話かもしれないけど、絶対に実現させなきゃいけないことだ。きっとリリスだって、それを喜んで引き受けてくれるだろう。


「……それじゃあ、二人が起きるまでにいろいろと情報を整理しておこうか。マルク、眠気は大丈夫かい?」


「大丈夫だ、しっかりすっきり冴え渡ってるよ。……たった今、気合も入りなおしたし」


 すっかり張り切った様子のツバキに応えて、俺はぱちんと頬を叩く。新しく生まれた大目標の存在が、俺の中にまた新しい熱を送り込んでくれているような気がした。

 次回、第三章は大詰めへと加速していきます!果たしてマルクたちは突破口を見つけられるのか、ぜひご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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