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第百八十五話『排斥される異能』

「……前にさ、ウチは体験主義者って話をしたじゃん? 皆に情報を後出ししちゃって、リリスたちに叱られたとき」


 ノアがそう切り出したのは、雑草の茂みを抜けてダンジョンの入り口前へと戻ってきた時のことだった。確認するかのようなその口調に、俺たちは即座に頷く。あれは忘れたくても忘れられないし、俺たちがノアに全部の情報を渡せないと判断するに至る要因でもあったからな。


「うん、覚えててくれたみたいでよかった。……あの時のウチ、たぶんすごくたどたどしかったでしょ? いくら研究者の性だとは言え、ダンジョンのメインギミックを説明しないなんて怪しすぎるし」


「うん、そうだね。……次に同じことを繰り返していたら、もう少し強く警告していたかもしれないや」


 ノアの後ろをついて歩きながら、ツバキは穏やかな口調で答える。とても優しい口調で話しているはずなのに、『警告』という言葉は全く冗談に聞こえなかった。


 というか、たぶん警告ですら済まなかっただろう。もっと苛烈に、徹底的にやるのがツバキだ。……ノアは、そうなるギリギリのところで何とか踏みとどまれたに過ぎない。


「大丈夫、あんなことはもうしないよ。……ちゃんと説明すれば君たちは信じてくれるって、そう分かったから」


 ツバキから発されるプレッシャーを知ってか知らずか、ノアは笑みを浮かべてそう答える。俺たちのことを信用してくれているならそれは何よりなのだが、ノアの考え方は思った以上に根深いようだった。


「……確かに、証拠がなけりゃただの妄言だって笑い飛ばすのが研究者ってやつだしな……。俺の知ってる奴も、決定的な証拠がなきゃ動いてないって断言してたし」


 ウェルハルトの憎らしい顔つきを思い出して、俺は思わずため息をつく。たくさんの素材とセットで初めてプナークであるということを信じ始めたあの男は、研究者の中でもかなりの体験主義者といって間違いないだろう。直感に頼りがちな冒険者のことを見下していたし、相当筋金入りのものだとみていいだろう。


 すべての研究者があれほどではないと思いたいが、多かれ少なかれウェルハルトのような側面を持っていることだけは間違いない。そんな中に長くいれば、体験主義が身についてしまうのも納得できるというものだった。


「自分の研究に対しても同じことをされたら、確かに事前説明が馬鹿らしくなる気持ちもわからないでもないね。……そこだけは、少し同情しておくよ」


「うん、ありがとう……。私の言うことに関しては、研究者よりも皆みたいな冒険者の方がうまく生かしてくれるんだなってここ最近で実感してるよ」


 俺たちの言葉に、ノアは少し背筋を丸めながらそう零す。ほかの研究者とはズレているなんて話をしていたこともあったし、研究者という人種に対しては何か思うことがあるのだろう。……きっとそれが、ノアの根幹を成しているのだ。


「……なあ、良ければどんな研究をしてたのか聞いてもいいか? なんで同業者がお前のことを信じようとしなかったのか、それが知りたくてさ」


 その根幹に触れようとした俺の質問を受けて、ノアの体が一瞬だけ硬くなる。まだ癒えていない傷口を触ってしまったときのような、そんな感じ。だがしかし、すぐさまノアは普段通りの様子に戻って首を縦に振った。


「……うん、大丈夫だよ。ウチが疎まれてた理由も、聞いてくれればすぐにわかると思う。……なんてったって、ウチの体質がその一番の原因なんだからさ」


「体質……?」


 いきなり飛び出したその言葉に、ツバキは不思議がるような様子で首をひねる。……だが、俺の中には一つだけ思い当たることがあった。


「……そういえば、あの夜にお前は初見の呪印をすぐに模倣してたっけ。てっきりそういう技術を磨きに磨いてたんだと思ってたけど、あれがお前の体質ってやつなのか?」


「うん、大正解。ウチは昔から魔術の構造が見える体質で、触れればより深く解析することもできる。……まあ、魔力が多い方じゃないから模倣できる規模には限界があるんだけどね」


 苦笑いを浮かべながら、ノアは自らの体質をそう説明する。……顎に手を当てながらその答えを聞いていたツバキが、隣で小さく手を打った。


「……なるほど、だから君は研究者から疎まれていたのか。君が研究する題材には、君の体質が大きく関わっていたから。もしかすると、その体質を使って解析したものを証拠としていたりもしたんじゃないかい?」


「うん、全部合ってる。……もしかして、ウチのこと前に見たことあったの?」


「いいや、そんなことはないよ。……ただ、特別な体質故に疎まれるということにはボクも覚えがあるだけでね」


 冗談めかしたノアの返しに、ツバキはただ苦笑で応える。影魔術の才能が特別な物なのは有名な話だし、ツバキも言わないだけでそれに見合った苦労を経験しているのだろう。……それも今度、聞いておかなければいけないような気がした。


 なんだかんだ長い時間を一緒に過ごしてはいるが、それでも護衛時代の話は少ししか聞けてないしな。二人が辛くならない程度に知っておいた方が、俺のできることも増えるだろう。――なんて、里にいたころの話をほとんどしてない俺がいうのも説得力がない気もするけどさ。


 そんなことを考えていると、ノアの表情はいつの間にか複雑なものへと変わっている。……それはまるで、嫌いな食べ物を前にした子供の様で――


「ツバキのお察しの通り、ウチの研究は『確固たる証拠がないもの』って蹴飛ばされることが多かったの。だから毎回確実な再現方法まで添えて黙らせてたんだけど、そうしたらそうしたでみんなからの反感を買いだしちゃったんだよね。……ウチの体質は、ただ偶然ウチに備わったものでしかないから」


「……っ」


 ノアが発した言葉にこもった黒い感情に、俺は思わず息を呑む。まるで吐き捨てるように、それを心底憎むかのような声色は、今までのノアからは考えられなかった。……俺たちはノアのより深い部分に触れようとしているのだということを、俺は改めて実感する。


「……理解できないものを排斥しようとするのは、人間の醜い本性だからね。……それが当人の努力なしに手に入れた異能だっていうんなら、なおのことそうだ。理解できないものに、自分が今まで積み重ねてきたものが覆されたりなんかしたらたまらないから」


 ノアの言葉に共感するように、ツバキも苦々しい表情でそう零す。……そこまで言われれば、俺にもさすがに覚えがあった。


「……うん。きっと、ツバキの言う通りなんだと思う。だけど、そう分かっていてもウチはあの人たちが憎かった。理解できないものをどうにか理解の範疇に落とし込むのが研究者のあるべき姿なのに。……ウチはただ、研究者を脅かす外敵としか見られてなかった」


 歯を食いしばり、こぶしを強く握りしめながら、ノアはゆっくりとそう言葉に出す。目の前には俺たちが目指す拠点が見えてきていて、それが前置きの終わりを暗に告げているかのようだ。


「だから、ウチは体験主義者なの。言ってもわからないなら、分かるまで見せつけるしかない。そうすることでしか信じてくれない人がいるのを、ウチは知っているから」


「その染みついた体質が、あそこまでの後出しにつながった、か……。まあ、納得できる話だね。一度慣れてしまった立ち振る舞いや行動パターンは、なかなか脱することが難しいものだ」


 ノアの独白を聞き終えて、ツバキはゆっくりと首を縦に振る。目を伏せるその表情にはどこか悲しげな雰囲気が浮かんでいたが、瞬きののちにツバキはにわかに表情を明るくしていた。


「かくいうボクも、初対面の時はマルクを警戒していたからね。……もしリリスに狼藉を働こうとしていたなら、たぶん迷いなく制裁を科していたと思うよ」


「ああ、前にそんなこと言ってたっけな。あの時のお前はリリスの無事が最優先だったわけだし、それを責めるつもりはねえよ」


 冗談を語るかのように笑みを交えて話すツバキに、俺も軽いテンションで続く。ノアはというとそのやり取りをぽかんとした表情で見つめていたが、そんなノアにツバキはさらに続けた。


「……まあそんなわけで、染みついた考え方が変えづらいのは別に君だけの話じゃない。……ボクはそれを知っているつもりだから、君のことは必要以上に責められないな」


「……あ」


 冗談の中に交えられたメッセージに気が付いて、ノアは思わず息を漏らす。……そして、しばらく固くなっていた表情をようやくほころばせると――


「……ありがとうね、ツバキ。そう言ってくれると、少しだけ楽になれる気がするよ」


「礼を言うのはこっちの方だ。……君がいなければ、ボクは大事な存在を取り落とすところだったんだから」


 足を止めて頭を下げるノアに、ツバキも腕の中のリリスを見つめながら言葉を返す。今も眠り続ける俺たちのエースは、すうすうとあどけない寝息を立てていた。


「本当に、皆が無事でいてくれてよかった。……私に力があってよかったって、久々に心から思えたもん」


 穏やかに眠るリリスに視線をやったのち、ノアはくるりと振り返って拠点の方へと足を進める。なんだかんだアクシデントはあったが、ダンジョンを出てからの道のりは穏やかなものだった。……それだけが、今日の俺たちにとっての救いかもしれないぐらいに。


「……せっかくだ、その力のことも聞いていいか? もしかしたら、前置きをはみ出ることになるのかもしれないけど……」


「そうだね、それはリリスが目覚めた後にまとめて説明するよ。……けどまあ、一つだけ手がかりを先に出しておこうかな?」


 少し立て付けの悪い拠点の扉に手をかけながら、ノアは俺の質問にそんな答えを返す。そして、俺たちに向かって小さな笑みを浮かべると――


「――妖精族って、知ってる?」


 ――扉の開くギイイという音に混じって、ノアの問いかけが俺たちの耳に届けられた。

 ノアの境遇が明らかになり、物語は一度拠点に戻っていきます。果たしてそこでマルクたちは何を思うのか、ご期待頂ければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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