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第百七十話『祈る者』

「づ、う……ッ!」


 氷の剣を両手で構えて、リリスは振り下ろされた鉄の剣をどうにか受け止めている。とっさに防いだということもあってか、その体勢はかなり苦しかった。


「……儀式の途中だ。邪魔をしないでもらおうか」


 そんなリリスを見つめて、襲撃者は冷徹な言葉を吐く。……その顔は、吸魔の呪印に襲われたあの夜に見覚えがあるものだった。全身をすっぽりと覆うような黒いローブを纏っていて、いよいよ本格的に狂信者のオーラを漂わせている。


 その信仰の深さ故なのか、あの気弱そうな表情は今やどこにも見当たらない。鉄仮面でも張り付けられたかのような感情のなさは、俺と向き合ってるときに唐突に発現したものとよく似ていた。


「……それもこれも、呪印のせいだってのかよ……⁉」


 あの時は訳が分からなかったが、魔物を意のままに従わせる呪印が存在することを知ってしまった今ならば男たちが豹変してしまったことにも納得がいく。刺客としてはおよそ不合格な双子は、その人格を呪印によって押し込めることでアゼルの右腕としての役割を全うしていたのだろう。拠点に案内するときの彼らに感情が全く見えなかったのも、そうさせる術式が発動していたとすれば容易に納得ができた。……もっとも、そんな事をする輩がいるなどと信じたくはないのだけれど。


「アゼル様の命だ。……我らの目的に邪魔立てするというのなら、容赦なく貴様らを吹き飛ばそう」


「不意打ちから仕留めきれないくせしてよく言うわよ。……ここから先、あなたの主導権は一生回ってこないわ」


 俺の推測を裏付けるかのように、一切抑揚のない男の声がアゼルの名前を無感情に告げる。中世の表れとも何ともつかないその声色に底知れない不気味さを感じながら、俺は部屋の隅の方へと後ずさっていった。


「……マルク、ここまで想定済みだったの⁉」


「ある程度はな! ……けど、最初から感情がすっぽ抜けてるのは完全に予想外だ!」


 戦線から距離を取る俺に追いつきながら、ノアが俺に向かってそう問いかける。俺がそれに首を横に振って返すと、ノアは何とも言えない苦笑を浮かべた。


「……おそらくだけど、あの男の人たちにはアゼルの呪印が刻まれてるんだと思う。特定の条件を満たせばいいのか、アゼルが直接起動することで有効になるのかは分からないけど、それが発動すると対象個人の人格は全部無視されちゃうの。……マルクも、あの夜に見覚えがあるはずでしょ?」


「ああ、そうだな。鉄仮面を付けられるその瞬間まではっきり見ちまったよ」


 こっちの煽りに乗って感情をあらわにする御しやすい交渉相手から、ただ自らの信仰を守るべく敵を排除する冷徹な刺客へ。一瞬にして行われたその転身は、今でも俺の記憶の中で鮮明に息づいている。既に治療されてもなお、強烈な蹴りを叩きこまれたことは痛みとともに思い出された。


 あの時はノアの半ば奇襲まがいの救援によって事なきを得たが、それのせいでアイツらの実力がはっきりと見定められていないのもまた事実。普通の村人の領域を出ていないことを祈るくらいしか、俺にできることはないのだが――


「……氷よ」


 リリスが呟くと同時、地面から伸びあがった氷の棍棒が男のあごを強かに捉える。まるでアッパーカットのような構図で入ったその一撃は、男の体をのけぞらせるには十分だった。


「が……ッ⁉」


「悪いけど、あなたたちの事情を受け入れられるほど私たちも優しくないの。……残念だったわね」


 宙に舞った男の鳩尾に、リリスは華麗に後ろまわし蹴りを叩きこむ。空気が吐き出されるような音とともに男の体がくの字に折れて、部屋の中央にある大きな棚のようなものをめがけてまっすぐに吹き飛ばされていった。それでも倒れないあたりかなりきつく固定されているようだが、今回ばかりはそれが仇となった形だ。


 近接戦もある程度心得があるとは聞いていたが、まさか近接格闘にまで優れているとはな……。仮に剣が使えないような状態に陥ったとしても、その体術があればある程度は立ち回れてしまうだろう。近接格闘の心得がない俺から見てもそう思えるぐらいに、今の後ろまわし蹴りは鮮やかなものだった。


「リリス、影の援護はいるかい?」


「いいえ、今のところは必要ないわ。……それよりも、貴女はもう一人を警戒してて頂戴」


 ここには二人いるはずだから――と、リリスはまだ気を抜くことなくツバキに指示を飛ばす。あまりにいきなりの出来事過ぎて伝える暇もなかったが、俺の仮説が的中しているものとしてリリスは動いてくれているようだ。


「……我らの情報が洩れている、か。一度しくじってしまった以上致し方ない事ではあるが、不愉快なことに変わりはないな」


「あら、ずいぶんしぶといのね。……でも、それだけで私に勝てると思う?」


 ゆらりと立ち上がった男の姿を見つめて、リリスは挑発するように言葉を返す。普段の男ならば間違いなく乗って突っ込んでくるところだろうが、それに反応することなく男は声を上げた。


「……ヴィータ、儀式は一時中止だ! 『信仰に殉じ』、異端を滅しろ‼」


「了解。……我らの悲願を邪魔することなど、絶対にさせない」


 その声が響くと同時、男が叩きつけられた棚のようなものの後ろからヴィータと呼ばれた双子の片割れが飛び出してくる。ご丁寧に白色のローブを身にまとってくれているおかげで、双子の判別に迷うことは無くて済みそうだった。


「あら、ずいぶんと単調な登場なのね。せっかく警戒してたのに、拍子抜けだわ」


「神の使徒である以上、華やかさなど不要故な。失敗すると分かり切っている手を打つほど、我らも愚かではない」


「その通りだ。我らは『神に身を捧げる者たらん』ために、相応しい在り方でなければならぬ。……そして、貴様らはこの神聖な場に相応しくない」


 不敵な笑みを浮かべるリリスに対して、白と黒の双子は並び立ってそう答える。その姿は、襲撃した時よりもわずかに力強いようにも思えた。……信仰の中心である聖地にいることが、彼らの気を大きくしているのかもしれない。


「ツバキ、援護は任せるわよ。……出来るだけ手早く、この双子を叩きのめすわ」


「了解。……色々と聞きださなきゃいけないこともあるだろうし、殺さないよう気を付けてね?」


 ゆったりと腰を落としながら、リリスとツバキも臨戦態勢に入る。血と信仰が繋いだ双子と、偶然の出会いと信頼が繋いだコンビ。二人で戦うという共通点を持ちながらもそれ以上の重なりを持たない二つのコンビが、小さな空間でにらみ合っていた。


「……死ね、我らの調和を満たす異端が」


「お断りよ。……訳の分からない信仰に捧げるほど、私たちの命は安くないの」


 白ローブの男――ヴィータが見せた殺意に、リリスは肩をすくめて返す。……ツバキを除く三人が一斉に床を蹴り飛ばしたのは、その直後の事だった。

次回、なんだかんだ第三章では初の対人戦です! リリスとツバキコンビの戦いっぷり、目に焼き付けていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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