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第十六話『その首輪を外して』

「……久々の太陽だなあ。沈みかけとはいえ、今のボクには目が眩みそうなくらいだよ」


 長い長い上り階段を終えて、ツバキが地上の明るさに目を細める。もう夕焼けが空を赤く染め上げるくらいの時間だったが、それでもあの暗がりに比べたら眩しすぎるくらいの光が世界を満たしていた。


「ツバキほどじゃないけれど、なんだか私たちからしても懐かしく感じるわね。もう少し長い道のりになるって覚悟して潜ってたからかしら」


「さあ、どうだろうな……まあ、時間に見合わないくらいの収穫はあったし充分だろ。あんなところ長居したって良いことないしな」


 隣に立つツバキの真似をするかのように目の上に手を当てるリリスに苦笑しつつ、俺は穏やかな平原の景色を見やる。そこを流れる冷たい風を受けて、初めて帰ってこられたのだという安堵が俺の中にあふれて来た。


 帰り道こそ二人が居たから安心感が違ったけど、何度も死を覚悟したタイミングはあったもんな……。あれほどまで死が身近な場所なんて俺は知らなかったし、しばらく行きたくもない。この先は少しばかり安全なダンジョンで稼がせてほしいところだ。


 三人並んで階段を上り切った俺たちの背後には、このダンジョンでの戦利品を詰め込んだ麻袋がふらふらと宙に浮いている。そのまま運べばひどくかさんでしまう厄介な荷物だったが、それを解決してくれたのも二人の魔術だった。


「これだけ売れば、二人の借金は確実に返済しきれるだろうね。それを踏まえてもかなりのおつりがくるくらいだと思うよ」


「まあ、しばらく遊んで暮らせるくらいの金は入って来ると思うわ。……でも、貴方はそうするつもりはないのよね?」


 宙に浮くそれらを見つめて、二人は俺にそう問いかけてくる。金の問題も解決しそうだし、ここからは穏やかな生活を送りたい……と言いたい気持ちはないでもなかったが、そうするわけにもいかないのが俺の難儀なところだった。


 どうしても、一泡吹かせてやらなければ気が済まない相手がいるのだ。いや、一泡どころじゃ足りないか。王都の、ひいてはこの国の悪いところを煮詰めて人間の形にしたような人間が、一泡だけで簡単に折れてくれるはずがない。


「そうだな。二人には悪いけど、このダンジョンを攻略したのは、そしてツバキを助けたのは、俺の目的を果たすための前提条件でしかない。こっからが、俺の本当にやりたいことだな」


 リリスの質問に大きく頷いて、俺は改めて二人の方を見つめる。事前に伝えておいたことではあったが、ここから俺が進むのは私怨に塗れた成り上がりの道だ。決して全員から褒められるような道を歩むわけじゃないからこそ、二人には誠実に向き合わないといけない気がした。


「俺はクラウス――『双頭の獅子』のリーダーから詐欺師って呼ばれて追放された。性格の悪いアイツのことだから、俺の悪評はもう王都中に広まってるはずだ。そんなのと一緒に居たら、お前たちまで悪く言われる可能性だって否定できない」


「クラウス、ねえ……。名前だけは聞いたことがあるな。『とんでもない守銭奴だが腕だけは確か』って、ボクたちの元雇い主がうっとうしそうに呟いてたっけ」


「アイツらしい評価だよ。……まあ、そんな訳で王都での俺の評価はゼロどころかマイナスだ。だけど、俺はそれを全部ひっくり返してやりたい。クラウスなんかの妨害に負けずに仕事を続けて、『双頭の獅子』なんか目じゃないくらいの実力のあるパーティを作り上げてやりたいんだ」


 そうなれば、あのクソみたいな王都のシステムも少しは変えられるかもしれないから。力のある者の一声で理不尽な光景が黙殺されるような、そんな街の景色を見ずに済むかもしれないから。


「アイツらが俺の不幸を望むなら、それをあざ笑えるくらいに俺は幸せになってやりたい。これからもたくさんの仲間を集めて、その仲間を一人残らず幸せにしてやりたい。……それが、アイツへの一番の復讐になるはずなんだ」


 話していくうちに体に力が入って、グッと拳を握りしめる。その拳が向けられるべき相手は、この世界でたった一人しかいない。やり返すべき相手は、もうすでに定まっている。


「だけど、俺の力だけじゃ足りないんだ。戦力も財力も、『双頭の獅子』と比べたらいろんなピースが足りてない。……その空白を埋めるために、お前たちの力を貸してほしい。改めて、頼めるか?」


 説明を終えて、俺は二人に向けて頭を下げる。もしここで断られたら、俺は素直に二人のことを見送るつもりだ。せっかくまた二人巡り合えたのに、その幸せを俺が縛り付けるような真似はしたくなかったからな。


 ただ、もし二人が俺の手を取ってくれるなら。決して切れない強いつながりを持った二人が手を貸してくれるなら、俺の目指す道のりはグッと現実的なものになるだろう。何を条件として要求されたって、迷うことなくそれを呑めるだけの自信があった。


 夕暮れの中二人の女性に頭を下げて、手を伸ばすさまはまるで告白だ。それにどんな答えが返って来るかと、俺は無限にも思える沈黙の中で必死に手を伸ばし続けて――


「……何頭を下げてるのよ。まだ貴方は私の所有者でしょう?」


 おかしそうなリリスの言葉に、弾かれるように身を起こした。その次の瞬間、今までにないくらいに優しい笑顔をたたえたリリスと視線が交錯する。


「貴方は私を買った。私の提示した要求も果たして見せた。言ってしまえば、私を好きに扱うための条件はすべて満たしてるのよ。……だから、自信満々に命令してくれればいいの。そうすれば、私は貴方の願いを叶えるために全力を尽くすだけだから」


「リリスがそう決断するなら、当然だけどボクも付いていくよ。……というか、君がボクたちにとって不利益になりそうな人間だと判断していたならあのダンジョンのどこかで排除してるさ。そうしないってこと自体が、ボクからの信任の証だって思ってくれ。君とリリスの信じる道なら、ボクは喜んでその決断に従うからね」


「……ずいぶんと、物騒な信任もあったものだな……」


「いやだなあ、そこに関しては冗談だよ。……多分ね?」


 俺の返答にリリスは笑って見せるが、その眼には本気の光が覗いている。リリスのためになる事ならばツバキはなんだってやる覚悟があるのだと、それを見れば確信できた。


 だが、二人からの返事が快いものであったのもまた事実。少し――いやかなり遠回しなものではあったものの、それも二人らしいと思えば可愛いものだ。変に素直になられるよりも、そっちの方が俺としてもやり易かった。――だからこそ、俺も最後の最後まで誠実に二人に問いかけなければならないだろう。


「……きっと、楽しい事ばかりじゃねえぞ? 誰かを蹴落として、俺たちは上に進んでいくことになるかもしれないんだからな」


「そんな事、この世界で生きてれば誰だって経験することじゃない。そこに負い目を感じるような精神構造じゃ、あの商会の護衛なんてやってられないわよ。……だから、貴方はただ望みを言うだけでいいの。あの市場で私が貴方にそうしたみたいに」


「そうそう。君はリリスの願いを叶えたんだ、一つくらい素直な願いをぶつけたってバチなんか当たりはしないさ」


 臆病な俺の最後の確認を笑い飛ばして、二人は俺たちの方に一歩踏み込んでくる。……そこまで言われたなら、俺ももう遠慮することなんてできなかった。ここでそうしてしまうこと自体が、二人の信頼への裏切りになりかねないからな。


「……それじゃあ、俺はリリス・アーガストの所有者として命令する。その親友たるツバキ・グローザも、それに従ってくれると判断するぞ」


「ええ。何なりと、貴方の願いを言ってみて頂戴?」


 格式ばった俺の前置きに、リリスも小さくお辞儀してこちらを上目遣いで見つめてくる。リリスが俺の奴隷であることを示す黒い首輪が、夕焼けに照らされて一瞬だけきらめいた。


 ひょんなことから結ばれた関係だったが、それもここ限りで終わりだ。これからは、もっとまっとうに。お互いの意志で、同じものを見つめよう。奴隷とその所有者でいるより、対等な仲間でいる方が日々はもっと楽しいものになるだろうしな。


「――その首輪、華奢なお前には似合わねえから今すぐ外してくれ。これから俺の仲間になるんだ、出来る限り綺麗になって皆からうらやましがられないといけねえからな」


 防具のポケットから首輪の鍵を取り出して、リリスへと差し出す。それは俺なりに考え抜いた末に考え出された、一番わかりやすい関係性の更新の証だった。――少しばかり、カッコつけすぎた気もするが……。


「……ふふっ」


 そんな俺の予感を裏付けるように、リリスはこらえきれないといった感じで吹き出す。その隣を見れば、ツバキもツバキで笑いをこらえるかのようにプルプルと震えていた。


「……なんだよ、何かおかしいか?」


 そりゃ普段の俺からしたら似合わない仕草かもしれないが、それを笑われるのは少しだけショックだ。その真意を測りかねた俺の質問に、リリスは笑みを浮かべたまま答えた。


「……だって、首輪の鍵を自分で外すなんて聞いたことがないんですもの。他の誰でもない貴方が望むんだから、貴方の手でそれを終わらせればいいのよ」


「……あ」


 そう言われれば確かにそうだ。外してくれなんて言わずとも、自分でその首輪の鍵を外せばいいだけの話だった。事前にあの商人から受け取っていたのに、どうしてそのことを忘れていたのだろう。


 一世一代の大事な時ですら、俺はどうにも締まらないらしい。こんな様子じゃあ、二人に笑われたってしょうがないというものだった。


「…………確かにそうだな。そこを動くなよ、今鍵を開けるから」


 リリスの指摘を素直に受け入れ、俺は方針を転換する。リリスに向かって一歩踏み込み、夕日を反射してきらめく小さなカギをその黒い首輪の鍵穴にゆっくりと差し込んで――


「王都に戻ったら、これの代わりを買ってくれるって期待していいのよね?」


「……借金を返した後、お金に余裕があったらな」


 ――ゴトリと重い音を立てて、リリスの首につけられた首輪が地面へと落ちる。……それが、俺とリリスの少し歪な関係の終わりだった。

次回、舞台を王都に戻して新展開です! マルクの逆襲劇はここからが本番ですので、皆様ぜひぜひお楽しみにしていただければと思います!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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