表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

145/607

第百四十一話『未知の中でも』

――正直なところ、訳の分からないことだらけだ。


 内心でそう悪態をつきながら、リリスは眼前から迫って来る岩の触手を見やる。それがかなりの魔術であると分かっているからこそ、氷の剣を握りしめる手には嫌でも力がこもった。


 というか、岩の触手とは何なのだ。岩としなやかさとは無縁なもの、正反対なものではなかったのか。それを魔術として成立させるなど、リリスでも少し苦戦しそうだというのに。


「……なんて文句を言ってても、しょうがないわね……!」


 正面から迫って来た触手を横っ飛びで回避し、その着地際を狙おうとしてきた不埒なもう一本を剣で正面から受け流す。その対応が終わるころには一撃目の触手が回りこんで背後を突こうとしてくるので、それは上空に仕込んでおいた氷の槍で地面に縫い留めた。外せば最後直撃は回避できないが、背後からの攻撃が来たからって魔物から目線を外すわけにもいかないのだ。


 魔術起動の合図だと思しき発光を、魔物は武器を使うことでリリスの視界に入れてこなかった。どういう原理か魔力の探知が出来ないこの場所では、そう言う原始的な目つぶしがあまりにも有効だ。持って生まれた才能に自分が普段どれだけ依存しているのかということを、リリスはダンジョンに潜る度につくづく実感させられている気がする。


「……けどね、私も成長しないわけじゃないのよ」


 次いで飛んで来た三本目の触手を氷の盾で受け止めつつ。勢いが減衰したそれを横降りの一撃で切り裂く。本体から切り離された瞬間、しなやかだった岩の塊は一瞬にして砂へと変じた。


「ふうん、なるほどね?」


 その光景を見つめて、リリスは一つこの魔術に対する理解を深める。あの触手の中には常に魔力が循環しており、それが岩にあるまじきしなやかな挙動を支えているのだ。魔力を接着剤代わりにして魔術の自由度を高めるとは、中々見られないアプローチではないか。


「……ここを作ったの、やっぱり過去の研究者なんじゃないかしらね?」


 少し苦い顔を浮かべながら、リリスは自分の中でそう仮説を立てる。あのノートに書かれていることが何かにもよるだろうが、このダンジョンを作り上げたのが人を超越した何者かだという可能性は一ミリたりともリリスの中に残されていなかった。


 ……まあ、その研究者とやらにリリスがいい印象を持っていないのが問題なのだが。それは師の下で魔術を学んだ――と言うよりは勝手に身につけたという方が正しいが――時の記憶のせいであり、ウェルハルト・カーグレインと言う人物の印象が最悪だったという思い出のせいだ。


 マルクがあの時立ちふさがってくれていたからまだ思い出として語れているが、そうでなければあの男にリリスは何をされていたか分かったものではない。……奴らは結局、リリスのことを『エルフ』という記号でしか見ていないのだ。


 バーレイやノアからはそんな気配を感じないが、しかし完全に信用することもできない。質問したことには全部応えてくれたが、このダンジョンの本質にも等しい情報をリリスたちにずっとひた隠しにしてきていたのだから。『体験主義者』とかなんとか言ってはいたものの、それでも死に至りかねない可能性の事やそれにまつわることは話すだろう、普通ならば。今はまだ味方でいてくれているが、いつ裏切ってもリリスの中では『やっぱりな』という感想しか出てきそうにもない。


 もっとも、そこはマルクもツバキも警戒してくれているし、もし何かあってもその瞬間に叩き切れるという確信があるから別にいい。……研究者がどうこうは、また村にでも戻ったとき話せばいい事だし。


「……今は、あのデカブツにお礼をしないといけないわよね」


 リリスがそんなことを考えている間にも触手の攻撃がやむことはなく、もう六本くらいはざっと切り裂いてきている。だが、それでもなお魔力の終わりが訪れるような雰囲気は見られない。……むしろ、一度に展開される触手の量は多くなっていると言っていいだろう。


――それでもなお、リリス・アーガストの命を捕らえることなど不可能なのだが。


「ふ……っ‼」


 正面から飛んで来た触手を躱し、間髪入れずに右側から迫って来たものを盾で受け止める。それでできた一瞬の隙のうちに切り上げでまた一本両断し、背後に回り込んで来た触手に対しては大量に展開した氷の刃で対処する。普段は槍として形作ることが多いが、遠距離攻撃においても剣を形作れるように念のため鍛えておいたのが功を奏した形だ。


 だがしかし、ただ凌いでいるだけではキリがない。激しくなる触手での攻撃をかいくぐって前に進まなければならないのだと、リリスはここまでのやりとりを通じて直感的に結論付けていた。


「……チマチマ行くのは、性に合わないわ」


 呪印の制限時間もある以上、ここでグダグダと踊り続けるわけにもいかない。勝負は一瞬、そこで大勢を決しに行かなければ。


「……風よ」


 襲い来る触手がひとまず落ち着いたのを確認して、リリスは小さな風の渦を自分の足元に展開する。ツバキの補助も相まって、その瞬間速度は魔物のそれを優に超えるだろう。決して持続力がある物ではないが、今はそれで十分だ。


「……小細工は、ここで終わりにするんだから――‼」

 

 リリスが踏み切ると同時、部屋の中を一陣の風が吹き抜ける。それは炸裂した風の渦が拡散したものであり、加速したリリスが風を切っている証でもある。……当然、その速度に触手如きが追いつけるはずもなく。


「思った以上に見掛け倒しと言うか、使いこなせてはいないのね」


 それならもっと早くにこうしてればよかったと、リリスは内心自分の弱気を反省する。自分の力押しに対応できる魔物などそうはいないと分かっていたはずなのに、見たことのない現象に思わず足が引けてしまった。やはり、戦闘において初見殺しと言うのは大きな役割を果たすのだろう。


 だが、初見殺しはあくまで初見殺しでしかない。その本質を見抜かれてしまえば、そんな物は容易に突破されてしまう訳で。……早い話が、今の状況がそれだ。


「し……いいいいッ‼」


 魔物の足元へと滑り込みながら、その両脇にあった触手を両手にそれぞれ握った氷の短剣で切り裂く。今まで意思を持っているかのようにうねっていたそれが宙に投げ出され、魔力と言う接着剤の供給を失ってただの砂の塊へと還った。


「……さて、今度は私の番みたいね?」


 奇襲が防がれ、そして距離を詰められたこの状況を、魔物はまだ正確に判別できていない。ツバキの推測ではコイツはどこかから転送されてきた個体のようだし、やはり現状把握が遅れているのだろうか。全てにおいて上位互換と言ってもいいこの魔物だが、判断力だけは前の部屋にいた個体の方が優れていたと言わざるを得ない。


 だが、リリスからしたらそっちの方が好都合でありがたい話だ。状況を飲み込めないまま終わってくれるなら、それほど都合のいいものはないのだから。


「……風よ、お願い!」


 触手を切り裂いた勢いそのままに魔物の股下をくぐり、風の補助を受けてリリスは大きく飛び降りる。流れるように行われたこの動きに魔物の視線が追いついたときには、リリスはもう魔物の頭上で氷の大剣を構えていた。


「……気持ちいいわね、これだけのデカブツを見下ろせるなんて」


 天井が高くて助かったと、リリスは初めてこのダンジョンの作り手に感謝を贈る。そうでなければこれだけの大物が出ることもないわけだし、そこで感謝するのもまあ複雑な話なのだが。


 ともかく、ここまで来てしまえばもう防御も間に合わない。この魔物のポテンシャルが凄まじい事は間違いないが、いかんせん判断力に欠けすぎた。――そしてその代償は、あまりに致命的な一撃だ。


「……さあ、倒れ伏しなさい‼」


 とっさに魔物が鉄塊を構えるが、それすらももう間に合わない。リリスは自分の背丈ほどはあろうかと言う氷の大剣を両手で握りしめ、すでに魔物の心臓部へと狙いを定めているのだから。


「い……けえッ‼」


 重力も味方につけた一撃は、鉄塊による防御行動をあざ笑うかのようにすり抜けて魔物の皮膚をいとも簡単に突き破る。分厚く、そして鋭く形作られた氷の刀身が魔物の体を貫通した時、密室の中に凄惨な魔物の悲鳴が響き渡った。

 リリスの強さの核はもちろん力押しにあるわけですが、力押しの中でも様々な引き出しがある事はその中でも特筆すべき点だったりします。どんな方向性から力で押していくかという点にご注目いただけると、もしかしたら新しい発見があったりなかったりするかもしれませんね。

――では、また次回お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ