第百三十三話『理論への対抗』
さらにこのダンジョンを深く探索するべく、第二階層へと続く階段を目指す――それがこのダンジョンでの延命方法を確立した俺たちの次なる目標だ。第一階層はいかんせん通路と小さな部屋くらいしかなく、この呪印についての情報もダンジョンそのものに対しての情報も全くと言っていいほどありはしなかった。
「このダンジョンに来たものを選別するための第一段階として、ただ侵入者を排除する役割だけが与えられてたりするのかしらね……。『タルタロスの大獄』を思い出すわ」
「ああ、確かにそれは近いかもな。……まあ、あの時はお前の力技で突破したわけだけどさ」
光魔術で地面に大きな傷を刻み込み、そこに残る魔力の痕跡でマッピングを行うのは本当に驚いたものだからな……。リリスの実力をたくさん見て来た今なら納得できるが、落ち着き払った態度から繰り出されるあまりにも力任せな解決法には当時とんでもないギャップを感じたものだ。
だが、その手段も今回ばかりは分が悪い。ダンジョン全体に張り巡らされているという偽装魔術的な何かが、リリスの武器の一つとも言える魔力察知能力を打ち消してしまっているからな。
ちなみにこれはノアにとっても新しい発見だったようで、さっきのセーフルームで何事かをせわしなく手帳に書きつけていた。本当だったらそれを見せてもらえれば少しばかりは疑いが晴らせる気もするのだが、他人の手帳を見せてって言い出すのも中々ハードルが高いんだよな……。
「結局のところ、信じられるのは己の足と頭脳だけってことか。なんというか、あるべきダンジョン探索の姿って感じがするよ」
「このダンジョン、一切のズルを許してないもんね。仮にこの場所のルールを定めた人がいるなら、その人は相当頭がいいのかも」
お互いの見解を交換しながら、ツバキとノアは隣り合ってダンジョンの通路を歩く。その視線は、ノアのことを興味深そうに観察しているかのようだった。
ダンジョンの仕組みが変わるって話をしてから、ツバキの中でノアに対する評価が少しばかり更新されてるような気がするんだよな……。少しばかり視線が厳しくなったというか、何かを探り出そうとしているというか。……もしかしたら、俺と同じことを考えている可能性だってあるかもしれない。それが疑いと呼べるレベルにまで達しているかは、少しだけ考えないといけないけどな。
「……しっかし、選別したいにしては魔物が少なすぎるのよね。魔物が殺すというより、呪印が侵入者のことを殺した方が都合がいいのかしら」
そんな二人の考えに異を唱えるかのように、俺のすぐ左隣を歩くリリスが唸り声を上げる。その雰囲気はいたっていつも通りだったが、探索を始めてしばらくした今の状況については疑問が残っているようだった。
確かに、俺たちがこの状況で色々な事を考えていられるのがこのダンジョンの穏やかさ故の物であることは否めない。ツバキが何を思っているかはくみ取り切れないが、俺に至ってはダンジョンそっちのけでノアに関することばかりを色々と観察しているわけだしな。
まあ、その時間の割には上澄みだけを救ったような薄味の考察しかできないのが悲しいところだけどな。時間の経過が致命打に直結しかねないこのダンジョンにおいて、無為に過ごす時間と言うのはあまりにも罪深いものだ。
だが、考えたところで有益な答えが出てくるような気はしない。ノアがまだ自身のことについて何かを隠しているのだという予感だけでは、俺たちの現状は少しも好転しないんだから。
「……くそ、どこまで行っても似たような景色ばかりだな。長居してたら感覚がおかしくなりそうだ」
目の前に広がる通路も、俺の頭を堂々巡りしている思考も。その全部が同じような景色ばかりをぐるぐると周回するばかりで、新しい気づきも抜け道も見つかりやしない。この村に来てから、俺の頭の中には常に複数の疑問が居座っていた。
「そうだね、こんな殺風景だとそうなってもおかしくないよ。……ノア、よくこんな場所を一人で探索できたね?」
「一人には慣れてるからね……。ウチもこの場所に来たばかりの時は、少しだけ同じようなことを思ったけど」
経験を積むのって大事なんだよ、とノアはツバキの指摘に頭を掻いて応える。どこか自虐気味なその様子を、やはりツバキは意味深な目で見つめていた。
「ま、少なくとも足で稼がなきゃ何も起こらないことは間違いないわね。どれだけ複雑な配置をされていようと、全部当たればいずれはたどり着くわよ」
「力任せの権化みたいなやり方だな……。でも、今のところはそれが最適解なんだろうけどさ」
だんだんとこの探索がじれったくなってきたのか、リリスがごり押しでの検証を提案する。普段だったらいろいろなトラブルを招きかねない総当たり作戦だが、今のややこしい状況を打開するためにはそれ以上の策はなさそうなんだよな……。
「呪印で命に制限時間を設けているのも、ひたすらな総当たりを避けるためかもしれないからね。……どこまでも論理的に組まれたのがこの迷宮だというのなら、力任せでそれを破壊してみるのも悪くはないか」
「でしょう? ……ほら、早く集まってちょうだい」
唸りを上げるツバキにどや顔で頷き、リリスは俺たちに手招きする。横一列になっていた俺たちがぐっと集まったのを確認したのと同時、俺たちを取り囲むようにして風が吹き荒れ始めた。
「……リリス、これって……?」
「私の魔術で加速して、全ての通路を総当たりするわ。何もヒントがない以上、これ以上に効率委のいいやり方なんてないでしょう?」
怪訝な表情を浮かべるノアに、リリスはウインクを一つ。この光景にもすっかり慣れた俺とツバキは、誰に言われるまでもなくリリスの手を握っていた。
「……ほら、ノアもボクの手を取って。それでも不安だったら、マルクの手も握っていいから」
「……うん、ありがと。あまりに強引なやり方だから、少しびっくりしちゃった」
差し出された手を取りながら、ノアはまだ戸惑いを隠しきれないと言った様子ではにかむ。それを誉め言葉だと受け取ったのか、俺たちの先頭に立つリリスはふっと笑みを浮かべた。
「私、小細工とか回りくどいうやり方を考えるのは得意じゃないの。……だから、自分の一番得意なところで勝負しようとしただけよ?」
「その結果が超高速の総当たり、ってわけか。どこまで行ってもリリスはリリスだな」
力任せのマーキングはダンジョンの仕組みによって防がれていたが、それでもリリスの力が抑え込まれてるわけじゃない。リリス・アーガストと言う規格外の魔術師は、その才覚を少し封じられた程度で止まる器じゃなかったってわけだ。
「私は最初から私でしかないわよ。……ほら、舌を噛まないように口は閉じときなさい」
軽く鼻を鳴らしつつ、リリスは俺たちに警告する。もはや恒例になったそれに従って口を閉じると、今までゆっくりと渦巻いていた風が徐々にその勢いを増し始めた。
その風は俺たちを取り込む球体へと変じ、心地いい風が俺の頬を撫でる。リリスが何の気なしにやって見せているそれは、並の術師が十人束になろうと再現不可能なレベルの高度な風魔術だ。
吹き始めた風がリリスの金髪を大きく揺らし、それに呼応するかのようにリリスは軽く腰を落とす。そして、最後に俺たちの方を一瞥した。
「……さあ、行くわよ‼」
そのアナウンスの直後、リリスは地面を大きく蹴り飛ばす。その一歩が皮切りとなって、俺たちの体は弾丸のような勢いで前へとはじき出された。
リリスの結論はいつだって正面突破、しかしかえってそれが一番いい突破口になる事もまたあるのかもしれません。リリスが唱えた超力任せな正面突破は果たして実を結ぶのか、次回をお楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




