第十二話『ツバキの打開策』
「修復術師……そんなのがこの世界にいるなんてね」
ここに至るまでの俺たちの事情をひとしきり聴き終えて、ツバキは唸りを上げる。リリスが力を取り戻すに至った経緯は、やはり修復術を知らないやつには奇跡的に見えるようだった。
「信じられない話でしょう? 魔術神経の損傷は治せるものじゃなく、重度のものは自然治癒さえままならないというのが、魔術を学ぶものにとっての常識のはずなのに」
「……まあ、それに関してはいろいろあるんだ。あまりぺらぺらと喋っていいことでもないし、今は機密事項ってことにさせてくれ」
リリスの言葉に、俺は頭を掻きながらそう言葉を濁す。別に隠匿したいとかそういうのがあるわけではないのだが、修復術にまつわる事情を知る人は多くなるべきじゃないというのが俺の基本方針だ。……この先も俺と一緒に来てくれるというなら、自然にそこらへんは知っていくことになるだろうしな。
「ええ、私もむやみやたらに掘り起こすつもりはないわ。貴方がどういう道をたどっていようが、私と出会ってここまでたどり着いたという事実だけが今は重要なんですもの」
「そう言ってくれると助かるよ。あんまり褒められた道をたどって来てる冒険者じゃないもんでな」
なんせこちとら『双頭の獅子』を追放された魔術師なのだ。俺が出発するときにはまだその噂も広がり切っていなかったが、帰るころにはそこら辺を歩くやつ全員が知ることになるだろう。……それに、奴隷商から軽率に借金をしちまうような奴だしな。
改めて振り返ってみると、自分のろくでもない経歴にはため息を禁じえない。修復術に関わっている時点でロクな事にはならないって誰かに言われた気もするけど、まさかここまで追い込まれる羽目になるなんて誰が想像できたことだろうか。
「それでも、ボクとリリスにとって唯一の救世主になってくれたことだけは変わらない事実だからね。誰が君の道を否定しようと、ボクたちはその道のりを肯定する存在でいるよ」
「そうね。マルクよりろくでもない人間なんてどこにでもいるわ。……まあ、そんな奴らの一部はここでまとめて死に絶えたみたいだけど」
ツバキに同調して俺のフォローをしつつ、リリスはツバキたちの身に起こったことの確認へと話題をシフトしていく。それはツバキにとってもタイムリーだったのか、重々しく頷いてツバキはゆっくりと口を開いた。
「……ああ、ボクたちを率いて『タルタロスの大獄』に意気揚々と足を踏み入れた商会は、ボクを残してこの階層で全滅した。影の力が無ければ、ボクもそこであっけなく死んでいただろうね。本調子のリリスが居たとしても、あの連中とうまく連携が取れていたかどうか」
「……それは、災難だったわね。いや、ツバキを取り巻く鎖が勝手に自滅してくれて幸運とも言うべきかしら?」
「どうだろう、その両方かな。ボクを縛っていた契約は彼らの死によって終わったけど、だからと言ってここから易々と脱出することもできない。影の領域は、展開しながら移動することに著しく向かないからね」
ツバキは軽く苦笑し、自分に起こった事態をそう説明する。その冷静な語り口を冷徹と取るのか理知的と取るのか、そこは少し測りかねるところではあったが。
まあ、ツバキからしたらリリス以外の奴は割とどうでもよかったのかもしれないな。リリスの存在を知覚した時の声、めちゃくちゃ感情的に震えてたし。誰に思いを向けているのかという、たったそれだけの問題なのかもしれなかった。
「商会の馬車から食料だけは一まず回収できたから、とりあえず生存はできていたんだけど……やはり、この迷宮に長くいること自体があまり精神的によくなくてね。あと一日遅かったら、ボクは玉砕覚悟で脱出を試みていたかもしれないな」
「冗談でもゾッとする光景ね……そういう力押しは私の芸当でしょうに」
「ははは、その通りだ。……そうやってまた言えるようになってくれて、ボクは嬉しいよ」
呆れた様子のリリスに笑みを浮かべるツバキの表情には、何ともいえないような感情が渦巻いているように見えた。その言葉を懐かしむような、慈しむような。……二人の再会は、ツバキからしてもとてつもない救いになってくれたようだ。――そうであったなら、俺も無理をした甲斐があるというものだろう。
ツバキのような理知的でどこかおどけたようなタイプほど追い詰められたときの危険性は高い事を、俺は身を以て知っているからな。そうなる前に間に合って、本当によかった。
「そういえば、この地下へ続く階段には怪物が住み着いていただろう? ボクたちは影による幻惑を使って突破したけど、リリスはいったいどうやって通ったんだい?」
「当然、力押しに決まってるじゃない。どれだけ魔術を叩きこんでもしぶとく立ってたから、心臓に氷の剣を突き立ててやったわ」
「アレはすごかったな……俺は一介の修復術師でしかねえから傍観に徹してたけど、あんな強い魔術師を見るのは初めてだったよ」
戦闘が始まってから終わるまで、一瞬の隙も見えない完璧な戦いだった。遠距離主体で戦闘することが多い魔術師があれだけ至近距離で戦えているのもよく考えたらおかしいのだが、あの時のリリスにはそれどころじゃない凄みがあったような気がした。
「ああ、それで正解だよ。リリスの実力の前には、半端な助太刀なんて足手まといにしかならないからね」
「正直、ツバキ以外とロクに連携を取れた試しがないわ。貴方は自分が戦えないことを負い目に感じているかもしれないけど、そっちの方がありがたいから気にしないでいいわよ」
「あ、ああ……。ありがとう、でいいんだよな……?」
何の他意も悪意もない戦力外通告に、俺は思わず苦笑を浮かべるほかない。遠慮がないタイプなのは最初からうすうす感づいていたが、ツバキと再会したことでそれはさらに加速しているように思えた。
俺は戦闘に関してはからっきしだし、それを『大丈夫』って認めてくれること自体はすごく助かるんだけどな。……その代わり、俺にしかできない役割だけはしっかりと果たさなければ。
「……つまり、帰り道はアイツを気にする必要もないと。この階層さえ何とかなれば、脱出することも不可能じゃなさそうだね」
「ええ、アレは確実に仕留めてるわ。定期的に復活する仕組みなんだとしたらお手上げだけど、私一人で勝てた相手に二人で勝てないなんてことがあるはずもないし問題はないでしょ」
「ああ、それもそうか。……ということは、残る問題はあと二つだね」
「ああ、ツバキたちの商会を全滅させたとかいう怪物……と、あと一つ?」
それさえ解決すれば脱出は問題ないと思っていたが、まさかツバキはまだ何かを目撃しているのだろうか。そうなのだとしたら、このダンジョンの魔境っぷりを一段階引き上げなければいけないのだが――
「そう、あと一つ。君たちは今、とんでもない借金を背負ってるんだろう? せっかくここから脱出したとしても、三人そろって借金取りに追いかけられる毎日が始まるんじゃ結局変わらないじゃないか」
「……ああ、それはそうだな、その通りだ。……というか、俺から切り出すまでもなくついてくる気満々なのな」
「ああ、当然だとも。せっかく無二の親友がボクのことを迎えに来てくれたのに、その子とまた道を違えるなんてことができると思うかい?」
『何を言ってるんだ君は』と聞こえてきそうな表情を浮かべながら頷き、ツバキは俺たちの仲間入りを表明する。本当はこのダンジョンを脱出した後に勧誘するつもりだったのだが、ツバキの中ではその段階をとうに飛び越えているようだ。仲間になってくれるってんならそれ以上にありがたいこともないし別に問題はないんだけどな。
「……借金に関しては、また別の手段で何とかしようと思ってたんだけどな……。今そうやって切り出すってことは、お前にはそのあてがあるってことだよな?」
「そりゃもちろん。ボクたちはここで借金返済できるくらいの戦利品を持ち帰って、それで得た金で借金を完済する。それさえできてしまえば、修復術師がバックについた何の憂いもない最強コンビの誕生だ。それは、君にとっても理想的な展開だろう?」
「ああ、そうなったら何も言うことはねえよ。……でも、どうやって?」
確かにここの素材は高く売れるが、借金分を全部返そうとすればそこそこの時間はかかる。だからこそ、日を改めて準備を整えたうえで挑めたら、なんて考えていたのだが――
「……少し危険性は残るけど、ボクたちの商会が壊滅した現場に戻るんだ。馬車とかはぐしゃぐしゃになってるかもしれないけど、その中の資金やら物資やらに魔物は興味がないだろうからさ。なあに、元護衛として物資回収の役割を果たしに行くだけだよ。このまま大獄の肥やしになるくらいだったら、主の意志を汲んでたっぷり売りさばいた方がアイツも喜ぶだろうし」
「……誰も責めねえだろうけど、予防線もばっちりなのな……」
パッと聞いた感じは美談にも思えるが、言葉の節々から商会への尊敬がないのはバレバレだ。何の禍根も残さず仇の物資をかすめ取ろうとするえげつない作戦に、俺は思わずのけぞるしかなかった。
次回、三人は無事作戦を遂行することができるのか!メンバーも増えてますます盛り上がる物語、ぜひ楽しんでいただければ幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!