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第百二十三話『消えない疑問』

「はい、これ。ちょっと冷たいかもしれないけど、ないよりはマシだと思うわ」


 準備を整えて拠点を出る直前、リリスが氷で作った杖をこちらに差し出してくる。氷を正確に作り出すのもそんな簡単な魔術ではないはずなのだが、リリスはまるで普通のことのようにそれを行っていた。


「おう、サンキュな。正直なところ、まだ満足に力が入らなくてさ」


 それを左手でつかみ、両足が支えきれない分の体重を杖に預ける。氷でできているせいで冷たい事をリリスは懸念していたが、その冷たさがむしろ心地いい。


 結構しっかり力をかけているのだが、どうやら折れることもなさそうだ。リリスの氷魔術はやはり極上の物なのだと、こういう時にも痛感させられるな……。


「治療からその後のケアまで至れり尽くせりだね。それがあれば一人でもしっかり歩けそうだ」


「ああ、もうお前の手を借りなくても大丈夫そうだ。ここまで世話になったな」


 その様子をドアの傍で見つめていたノアが満足そうに笑い、それに俺も笑みを返す。それにつられるようにして、ツバキもふっと笑みを浮かべた。


「ほんと、すっかりマルクに甘くなったね。『プナークの揺り籠』を抜けて以来、それに拍車がかかってるんじゃないかい?」


「そうしろって言いだしたのは貴女じゃない……。あの後考えた結果、マルクのことは最大限大切にすべきだし、自分を偽るのもよくないって結論を出しただけよ」


 ツバキの指摘に嘆息しつつも、リリスはしっかりと俺の方を見つめてそう断言する。一切の照れも躊躇もないその言葉に、俺の心臓がズクリと跳ねた。


 もしも俺があの時死んでいたら、リリスはどうしていただろうか。怒りに任せて、この村全体を凍り付かせていたのだろうか。そうしたって何らおかしくないし、そうできるだけの実力もある。……だけど、想像したらその光景は凄く悲しいものに思えた。


「……ありがとうな。もちろん、俺にとってもお前たちは大切だよ。お前たちを傷つけようとするやつらが居たら、容赦するつもりなんて微塵もねえ」


 杖を軽く持ち上げて、俺はリリスの思いに応える。明らかに弱々しいファイティングポーズに、リリスは我慢できないと言った様子で吹き出した。


「……ええ、その気持ちだけ受け取っておくわ。大丈夫よ、私たちが貴方を守るから」


「そうだね。君が何も持たずに前線に出てしまったら、十秒しないうちに打ち倒されてしまいそうだ」


「ツバキまでそんなことを言う……俺の方が一応冒険者歴は長いんだぞ?」


 身体能力に自信があるわけじゃないにせよ、十秒も持たないなんてことはないはずだ。……多分。きっと。……出来るはず、だよな?


「私たちの方が死線をくぐって来た回数は多いんだからおあいこよ。魔力切れから目覚めたばかりなんだし、おとなしく私たちに守られときなさい」


 すれ違いざまに俺の肩を叩きながら、リリスはノアの傍へと向かう。俺の後ろにはいつの間にかツバキが立っていて、後ろの守備もばっちりと言った感じだ。


「ふふっ、並びはこれで決まりだね。……それじゃあ、ダンジョンに向かうとしようか!」


「ええ。出来るなら、その足でダンジョン制覇まで行っちゃいましょ」


 ノアの号令にリリスが強気な答えを返し、それを合図として拠点のドアが開け放たれる。夜はさらに更けており、月の青い光と魔術灯の頼りない光だけが村をぼんやりと照らしていた。


「この時間帯だと不気味さがさらに増すわね。月の光よりも弱い灯とか、おいとく意味あるのかしら」


「今日は満月だし、その影響もあるだろうね……。それにしたってあの魔術灯の弱さは異常なんだけどさ」


 何年前の魔道具なんだか、とツバキが肩を竦める。縦一列に並んだ俺たちは、ノアの案内で一路『魔喰の回廊』を目指していた。


「……そう言えば、大体ここからどれくらいかかるんだ?」


「うーん、ゆっくり行くと七分くらいかな。どうする、その間世間話でもする?」


「遠慮しておくわ。……その代わり、あなたにいくつか質問をしてもいい?」


 どこか浮足立っているようなノアの提案を断りつつ、リリスはそう話題を切り出す。事前に少しでも情報を集めようとする当たり、リリスは本気で今日中のダンジョン踏破を目指しているようだ。


 情報収集は普段俺とツバキの役目なんだけどな……それだけ激しく怒ってくれている事が嬉しくもあり、この村がこの先辿るであろう結末を思うと何だか可哀想でもある。どんな結果に終わろうと、リリスの怒りがこの村を直撃することだけは間違いないだろうからな。襲撃者の力量を見る感じ、正面から勝負したところでリリスが負ける姿は想像できないし。


「うん、いいよ。どんなことが聞きたいの?」


「まずはどんな魔物がそこに居るかよね。ダンジョンを踏破できない理由なんて、大方そこに居る魔物が強いとか面倒とかそういうものだと思うし」


 ノアの快諾を受けて、リリスは推測交じりの質問を投げかける。その推測は決して間違っていないのだが、俺はリリスとノアの後姿を見ながら思わず首を傾げた。


 リリスの質問はあくまで的確なものだが、しかしそれがこのダンジョンの本質だとは思えない。もっと何か、あのダンジョンには別の要素が息を潜めているような気がしてならなくて――


「……マルク、何か気になることがあるのかい?」

 

 背後から俺の事を見つめていたツバキが、俺の方に体を寄せて問いかけてくる。俺も意図的に歩みを遅くしてリリスから離れると、ツバキの方に体を寄せた。


「……なんとなくだけど、魔物が原因でこのダンジョンが踏破できないわけじゃないって気がしててさ。何つーか、もっと厄介なことがあるんじゃないかって思えてならないんだよ」


「へえ、それは興味深い推測だね。……何か、根拠があるのかな?」


 続きを促されて、俺は今まで考えてきたことの一部をツバキにだけ聞こえる声で伝える。ノアの体にかすり傷一つできていない事、ノアの戦闘力が高い事。考えのきっかけになったものとすればそれだけなのだが、違和感を抱くには十分すぎる要因だ。


「……うん、確かにそれは疑わしいね。君がわざわざリリスに聞こえないようにしていた理由も、少しわかった気がするよ」


「だろ? 誰が敵で誰が味方か、今のアイツを混乱させちゃいけないと思ってさ」


 それがツバキの理解を得られたことに安堵を覚えつつ、俺は二人の方に視線を戻す。リリスの足取りはいつもよりも力強く、決意に満ちたものであるように感じた。


 少なくとも、リリスはノアにかなり大きめの信頼を抱いている。俺の事を助けてくれたし、俺たちにとってノアが味方であることはもはや疑いようがないだろう。というか、命の恩人を疑いたくはなかった。


 だが、ノアはまだ何かを俺たちに隠しているということは俺の中での確定事項だ。それがダンジョンについての事なのか、それとも自分自身のことに関してなのか。……それは分からないが、それが判明した時に何かが大きく変わるだろうという妙な確信だけが俺の中にはあった。


「いろんな可能性を疑って、考え込むのは俺の仕事だ。……優しいアイツに、そこまでのことは背負い込ませられないしな」


「そうだね、君の判断は間違ってない。ボクが保証するよ」


 その俺の判断に、ツバキが笑顔で太鼓判を押す。そのことに俺が微かな笑みを浮かべていると、ノアが唐突にこちらの方を見やった。


「……二人とも大丈夫? もしかして足どり速かった……?」


「いや、これくらいで大丈夫だ。ただちょっとつまずきそうになっただけだからさ」


 リリスの杖のおかげで助かったよ、と俺はノアに言葉を返す。その返答に、杖の作成者であるリリスは思い切り胸を張っていた。


 転びそうになったのは作り話にしても、リリスの杖に助けられてるのは間違いないからな……長さもいい感じだし、溶けたり折れたりする様子もない。足にうまく力が入らない今の俺にとって、その杖は理想的な三本目の足だった。


「うん、転んでないなら良かった。それじゃあ、質問の続きと行こうか」


「そうね。それじゃあ、ダンジョンの階層構造について分かってることを――」


 安堵したような表情を浮かべながら、ノアは話題をリリスの方へと戻す。それに対して、リリスは最初から準備していたかのような速さで質問を再開した。


 それに対してノアが分かる限りの情報を返し、即座に理解したリリスが次の質問を投げかける。目的地を目指しながらの質問会は、ダンジョンの入口が俺たちの目の前に姿を現すまで途切れることなく続いた。

今までで一番の積極性と未だぬぐえない数々の疑問たちを両立しながら、物語は『魔喰の回廊』へと向かっていきます。果たしてリリスの宣言通り一発クリアは成るのか、是非ご期待いただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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