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第百二十二話『はっきりした区別』

「それでこんなに大きな刺し傷を作って、全身ボロボロ命からがらでここまで来た、と。……貴方、災難を呼びこむ体質でも持ってるのかしら?」


「いや、そんな事はない筈なんだけどな……。正直、そう疑いたくなっても仕方ねえよ」


 俺の左肩に触れながら、床に腰を下ろしたリリスが呆れたような表情でため息をついている。とっさにその指摘を否定したくなったが、ここまでの状況を思うとそうすることも難しいのが現実だった。


 一ヶ月に二回刺し傷作るとか、今までの人生では考えられないレベルの負傷速度だからな……『双頭の獅子』を追放された時にも手首を爪楊枝で切り裂かれてるし、刃物に関連する災難を呼び込んでいる可能性は決して否定できなかった。


 ――襲撃を切り抜けてから二十分ほど。どうやら二人も警戒して寝ていなかったらしく、ゆっくりとした足取りで拠点にたどり着いた俺とノアをリリスたちはすぐに迎え入れてくれた。そこでリリスが俺の肩口の傷を見つけ、それに関わる事情説明を経て今の小言に至るというわけだ。


 二人の拠点もサイズ以外は俺のところと同じようなもので、寝床が二つ無ければ全く同じだと言われても信じてしまいそうなところだ。せめてもの環境改善のつもりなのか、寝床用のわらが絨毯代わりと言わんばかりに拠点の中に散らされていた。


「……まあ、急所を外したことだけは進歩だと言えるけどね。前はお腹だったでしょう?」


「ああ、そうだな。あの時もあの時できつかったよ」


 だからと言って今の傷が痛まないわけでは絶対にないが、あの時刺された経験が無ければもう少し冷静さを失っていた未来は大いにありえた話だ。今まで積み重ねて来た戦いの経験は、少なからず俺にも図太さを与えてくれているようだった。


 そんなことを考えている間にもリリスの手元から淡い光がこぼれだし、左肩に深々と開いた穴がゆっくりとふさがっていく。それとともに心地よい感覚が身を包んで、俺は思わず目を細めた。


「……それにしても、呪印術式とやらは厄介だね。まさか強引に魔力切れを誘発させて意識を飛ばすとは」


「うん、いろんな魔術がある中で厄介さは相当上だと思う。……だって、知らなきゃ魔術をかけられてることにも気づけないんだもん」


 治療を行うリリスから少し離れたところに座るツバキが、扉の傍に背中を預けているノアから受けた説明に眉を顰める。俺よりもはるかに戦いの経験が長い二人からしても、その術式は特殊なものであるようだ。


「確かあの男がマルクの肩を叩いたときに術式を刻んでたって話よね。……ほんと、拒否しておいてよかったわ」


「それはノアもさっき言ってたな……。お前たちまで術式にかかってたら、分身して救わなきゃいけなかったとかなんとか」


「勿論分身の部分は冗談だけどね……。ほんと、あの村長が人づきあい下手で助けられたよ」


 安堵の息を吐きながら、ノアはしみじみとそう呟く。その言葉の通り、俺たちが壊滅に至らなかったのはアイツらのコミュニケーションの取り方に明らかなおかしさがあったからだった。


 それが無かったら、今頃俺たちは三人そろって意識を取り落としたままだろう。……もっと言えば、今の今まで生きていられたかも怪しいかもしれない。


「……だけど、ある意味では良かったと言えるかもしれないわね。まぁ、ノアがマルクのことを助けてくれたからそういうふうに思えるだけな気もするけど」


「うん、そうだね。……なんとなく、君の言いたいことは分かったよ」


 俺の治療を手際よく進めながら、リリスは唐突にそんな風に呟く。一切冗談だと感じられないその物言いに、しかしツバキは深々と頷いた。


「ああ、誤解しないでおくれよ? マルクが襲われたこと自体は決していい事じゃないし、君が欠けたらこのパーティは詰んでしまう。……だけど、そうならなかった以上この出来事はボクたちにとって好都合なんだよ」


 言葉足らずのリリスの分も補うかのように、ツバキが少し早口で説明を付け加える。……それにうんうんと頷くリリスの右手は、わなわなと震えだしているほどに強く握りしめられていた。


 そんな中でも左手は繊細に俺の傷を癒やしているんだから器用だと言わざるを得ないが、その握りこぶしを見れば俺にもなんでこの状況を『良かった』と言ったのかはすぐに理解できた。……ああ確かに、分かってしまえば簡単な理屈だ。


 いつもはクールな風を装っているリリスだが、その内に秘める熱量は俺やツバキに全く劣らない。不満なことがあれば表明するし、楽しい事があればそれを全力で堪能する。そして、仮に仲間が傷つけられたのだとしたら――


「……この村で誰を潰せばいいか、ようやくはっきりしたんだもの。これを良かったと言わずしてなんといえばいいのよ」


――リリス・アーガストは、誰よりも激烈にキレるのだ。


 普段より数段低い声でそう呟きながら、リリスは俺の左肩を軽く叩く。それにつられてふと見れば、かなりの大きさだったはずの左肩の刺し傷はすっかりふさがっていた。『プナークの揺り籠』でも思ったことだが、本当に大した治癒魔術だな……。


 そんな凄腕の治癒術師は、俺の目の前で口元を獰猛にひきつらせている。治癒魔術なんかでは決して追いつかない傷を負わせんと言わんばかりのその表情からは、治癒術師の素養なんて微塵も感じられなかった。村の連中に対してあった僅かばかりの優しさは、敵意によって全てのみ込まれてしまっている。


「私の大切な仲間を――マルクを傷つけようとした罪は重いわ。全力を尽くして、喧嘩を売る相手を間違えたって理解させないといけないわね」


「うん、そうだね。……この村は、ボクにとって敵でしかなくなったよ」


 瞳を戦意に濡らすリリスに続いて、ツバキもその黒い目を爛々と輝かせている。……間違いなく、二人は今ブチギレていた。


 二人の怒りは感情に飲み込まれるモノじゃなく、あくまで理性的に怒るからなおのこと怖いのだ。一度的に回したが最後、彼等にとって最悪な手を打ち続けられていずれそれらは壊滅する。その事実を、俺は「とある事件」を通じて知っていた。


「……ノア、夜が明けたらダンジョンに案内してちょうだい。そこに居る何かを、この村の連中は崇拝しているのでしょう?」


「うん、そうだね。あのダンジョンこそがこの村の心の拠り所で、それが国の疑念を呼んだ理由でもある。……遅かれ早かれ、あのダンジョンに踏み込むことにはなってただろうけど――」


「それを極限まで早めれば、村の連中もよりハイスピードに追い込める。その中で怪しいものが見つかったら、国直々にこの村を潰してもらえばいいだけだからね」


 穏やかな口調を保ちながら、ノアの言葉に割って入ったツバキがとんでもないことを言ってのける。明らかに口調が変わっているノアとの対比も相まって、いつもと変わらないままの態度で敵意をむき出しにするツバキの姿は威圧感に満ち溢れていた。


「ま、出来るなら私たちの力で叩き潰してやりたいけどね。ダンジョンの正体を全部暴ききったら、アイツらも心が折れてくれたりしないかしら」


「有り得ない話じゃないね。『この村はあのダンジョンとともにある』って、アゼルが前言ってた気がするし。崇拝対象にもし秘密があるんだとしたら、それを暴いたときの精神的ダメージはものすごいと思うよ」


 治癒を終えた左手も強く握りしめたリリスに対して、ノアはあくまでいつも通りの姿勢でそう答える。話を聞けば聞くほど、この村とダンジョンのつながりは異常だった。


「それなら話は早いわね。……マルク、もう動ける?」


「ああ、もう痛みは引いてるからな。魔力切れの反動はまだ残ってるけど、準備する間にマシになるだろ」


 リリスの問いかけが何を見据えた物なのかを察して、俺は近くに置いたリュックを引き寄せながら答える。期待通りの返答に満足したのか、リリスは大きく頷いた。


「よし、それなら問題なしね。……ノア、ダンジョンに案内してもらえる?」


「ボクからもお願いするよ。……この怒りが熱を失わないうちに、仕事を終わらせてしまいたいんだ」


 ノアの方に身を乗り出すリリスに続いて、ツバキも胸の前でグッとこぶしを握りこむ。それが決定事項だと確信していたかのように、リリスはその隣で不敵な笑みを浮かべていた。


 暫くノアは二人と視線を交錯していたが、やがて一瞬だけ俺の方に視線を投げる。そして、意を決したように視線を正面に戻すと――


「……分かった。あそこの何が厄介なのか、三人にも説明しなくちゃいけないしね」


――そう告げて、ダンジョンへ向かうことを承諾したのであった。

 と言うことで、第三章でもついにダンジョンに乗り込んでいくことになるかと思います! 謎を残しながらも少しずつ前進していくマルクたちの姿、お楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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