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第百二十話『その体を蝕んだのは』

「……その刺し傷、相当深いよね。パーティの中に治癒魔術を使える子はいる?」


 俺の体を引っ張り上げながら、俺はしばらくぶりに二本の足で立ち上がる。まだ思うように力は入らないが、支えがあれば倒れ込むようなことはなさそうだった。


 その口ぶりからするに、ノアは治癒魔術を使えるわけではないらしい。さっき俺に触れた時は鈍い痛みを消し去ったように思えたが、それはまた違う原理なのか……?


「ああ、リリスがばっちり使えるぞ。こんな傷を見せたら、何があったってすごい剣幕で聞かれるだろうけどな」


「本当に仲間思いなんだね。……マルクのことを助けられて、本当によかったよ」


 苦笑する俺に笑みを返しながら、ノアはしみじみと呟く。疑問をぶつけるなら今しかないと、だんだん戻りつつある思考が結論を出した。


「そう、そこだよ。……どうしてお前は、俺のところに襲撃が来ることを読めてたんだ?」


 アゼルとのやり取りからするにノアが寝泊まりしているのは俺たちの拠点とはちょっと離れたところにある民家のようだし、そもそも音を遮る魔術が使われていたんだから近かったとしても気づくことはできないはずだ。……なら、ノアは何を感じ取って俺の拠点にまで来ることが出来たのか――


「……ああ、やっぱり気になっちゃうか。ま、確かに不思議な話ではあるよね」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに、ノアはこめかみを押さえて大げさにのけぞる。そのまま一歩二歩と後ずさった表紙にその足が倒れ伏す男の背中を踏みつけ、「ぐえ」という低い声が拠点の中に響いた。


「……それじゃ、そこらへんも含めて歩きながら説明しようかな。こんな場所で立ち話もなんだし、その傷も早いところ癒さないといけないでしょ?」


「それがよさそうだな。……正直なところ、ずっとズクズク痛んでるし」


 出血の勢いこそ止まっているが、これが大けがである事に変わりはない。今は生存本能がその意識を繋ぎとめてくれているからいいものの、それが終わればいつ意識を失ってもおかしくないように思えた。


 ノアに右手を引かれながら、俺たちは拠点を後にする。まだ夜明け前の空には、やけに青白い月がぼんやりと浮かんでいた。


「……さて、どこから話そうか。マルク、君が一番気になってるのはどこ? やっぱり助けに来れた理由の部分なのかな?」


「……そう聞かれると答えに困るな。ノアが助けに来てくれたところも不思議だけど、そこから先も訳の分からない事ばっかだし」


 助けに来たことも、一瞬にして男たちを無力化したことも、そのすべてがまるでこの事態を予期していたかのようなスムーズさだ。それのおかげで今の俺は生きていられるのだから、それを疑ったりするのは少し引け目も感じるんだけどさ。


「…………よし、決めた。何はともあれ、お前が何でここに来れたのか聞かなきゃ話は始まらなさそうだ」


 少し考え込んだ後、俺は少し前にした問いと同じものを投げかける。ノア・リグランと言う人物そのものにもたくさんの謎が残っているが、それよりもまずはこの襲撃に関する謎を紐解かなければいけないような気がした。


「ん、じゃあそこからね。……と言ってもこれは簡単で、ウチにある程度の知識があったからなんだけど」


「知識……ね。そう言えば、この村に居る時間も相当長いんだっけ」


「そうそう。それだけで家族とか言われるの、ウチからすると勘弁してくれーって感じだけどさ」


 少しばかり顔をしかめながら、ノアはのんびりと頭の後ろに手を回して答える。アゼルとやり取り時のノアは確かに嫌悪感にあふれていたし、そこに関して間違いはないだろう。……というか、器用に駆け引きが出来るような人物だとも思えなかった。


「だけど、ウチだってここで無駄に時間を過ごしてたわけじゃなくってさ。……この村独特の魔術体形がある事を、ウチは今までの時間で見つけてたんだ」


「独特の魔術体形……ってーと、アイツらが『寵愛』とか呼んでたあれか?」


「そうそう、察しがいいね。実際のところは寵愛でも何でもないただの魔術なんだけど、あの村の信仰がそう呼ばせてるみたい」


 開いた左手で俺の頭をわしわし撫でながら、ノアは講釈を一つ付け加える。研究者の堂々とした断言は、素人に疑う余地を与えないくらいの重みがあった。


「……でも、それがこの話にどう関係してるんだ? いくら独自の術式があったとはいえ、それを仕掛けられた記憶なんて――」


「いや、仕掛けられてたんだよ。あの三人の中で君だけが、この村に入ってから術式を仕込まれてた」


 珍しく言葉を遮って、ノアが俺の認識を改めにかかる。その目付きはとても真剣で、場を和ませえようとジョークを言っているようにも思えなかった。


 俺があの拠点に入ってから魔力切れに追い込まれたのには、何らかの仕掛けが関わっていることは分かり切ったことだ。だから、俺はあの拠点自体に罠が仕込まれていると思っていたのだ。そう考えれば、アイツらが無理やりあの拠点に押し込めたことにだって納得がいくからな。


 だけど、ノアの言葉によってそれは否定された。魔術の構造に明るい研究者が、俺の体に魔術が仕掛けられていたのだと断言した。……ならば、それはいったいどこで――?


「……訳が分からない、って顔してるね」


「まあ、な。いきなり推論を根底からひっくり返されたら訳も分からなくなるってもんだろ」


 顎に手を当てて考え込む俺をのぞき込んで、ノアはどこか悪戯っぽく笑っている。その眼には俺には見えない何かが見えているようで、それが少し悔しかった。


「……ま、こればかりは仕方ないよね。口頭で説明するのもめんどくさいし、実際にやって見せちゃおうか」


 しばらく俺の姿を見守った後、ノアは唐突にそんなことを言いだす。弾んだ口調と輝きを増した目の光が、ノアがこの状況を楽しんでいる事を雄弁に語っていた。


「……実際にって言っても、お前がその魔術を使えるわけじゃないだろ? その状態でやられても、結局真相は分かんないと思うんだけど……」


「出来るよ。ウチだから、出来る。……まあ、これ以上は実際に証明していくしかないね」


 机上の空論ばかりじゃいけないや、とノアは自信ありげに笑う。まるで宝石のような深い緑色をした瞳がふわりと揺れて、俺の背中になぜか寒気が走った。


 ……なんなのだろう、この時折走る感覚は。俺たちと同じようでどこかズレた物を見ているような、俺たちと微妙に違う価値観を見せられているかのような、何ともいえない感覚。それがあるからと言ってノアのことを信用できないかと聞かれればそれは違うし、ノアのことは信頼したいとも思っている。それはそれとして、『何かが違う』という感覚がそこにあるだけで――


「……ねえマルク。服の袖、少しまくって?」


「……ん? それが実践に必要な事なのか?」


 そんなことを思っているうちに唐突に投げかけられた要求に、俺はどぎまぎしながらも左腕を覆っている袖をまくる。肩口にしびれるような痛みが走ったが、これで俺に仕掛けられたものの正体が分かるならまあ安い買い物と言えるだろう。


「……うん、それくらいで大丈夫。それじゃあ、ちょっと痛いかもだけど我慢してね?」


 素直に腕を露出させた俺に満足げな頷きを返して、ノアは俺の肌に手を触れる。最初は重ねるように置いていただけだったのだが、突然ノアは俺の腕を強く握りしめた。


「ちょっ、なっ⁉」


 その想像以上に強い握力に、俺は思わず声を上げる。普段だったら声を出さずに耐えられるかもしれない痛みではあったが、今の弱った体力でそれをするのは少しだけ難しいというものだ。


 しかし、ノアは俺の様子など目もくれる様子もなく俺の腕の方を見つめている。真剣な視線をその一点に向けながら、ノアは小さく息を吐くと――


「……やあやあ、ようこそお越しくださいました!」


「……っ、ああ……ッ⁉」


 まるであの時のアゼルのセリフを真似たような高らかな声、そしてそれと同時に左手首に走る鈍痛。……それは、あの時肩を叩かれた部分に残った痛みとよく似ていた。そしてそれは、あの拠点でノアが取り除いてくれたものでもあるわけで。


「……結局なんなんだよ、この感覚……⁉」


「うん、やっぱりびっくりしちゃうよね。……手首の方、見てみてくれる?」


 まだ状況を整理しきれていない俺の手首をそっと離しながら、もう片方の手でノアは視線をさっきまでノアが握りしめていたところへと促す。その先にこの疑問全てへの答えがあるのだと、俺はその指が指し示す先を目で追いかけて、そして。


「……な、んだよ、これ……‼」


「これがこの村のいう『寵愛』。人の体に直接刻み付けて発動する術式――『呪印術式』だなんて、ウチは名付けてるけどね」


 ――さっきまで握りしめられていた部分に、青白い線でできた半径五センチほどの文様が描かれている。……『呪印術式』と言ういかにも不吉な名称が、俺の中で何度もリフレインしていた。

 この村に足を踏み入れてから何が起こっていたのか、その謎が少しずつ紐解けて行きます! 果たしてどんな経緯でマルクは魔力切れに陥ったのか、そしてそれをなぜノアは勘付けたのか、今回と次回ですっきりしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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