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第百十六話『夢か、それとも』

「……なあ師匠。魔力ってさ、結局何なんだ?」


 どこか幼い子供の声が、どこからともなく聞こえてくる。声変わりする前の甲高いものであったが、それは確かに俺が発した言葉だ。……ちゃんと、覚えている。


 その事実を理解すると同時、ぼやけていた俺の視界がはっきりとしたものへ変わっていく。俺の見つめる先では今より一回りも二回りも小さな背丈の俺が屈みこんでいて、黒髪の青年がそんな俺の事を優しく見つめていた。


 ……間違いない、これは俺がまだ『あの場所』に居たころの――修復術を仲間たちと学んでいたころの光景だ。今となってはめったに思い出さない記憶ではあったが、あの時の生活は忘れたくても忘れられるもんじゃない。その始まりから今へと繋がる終わりまで、俺の記憶には正確に焼き付けられている。


 問題なのは、なんで今そんな夢を見ているのかということだ。眠らないと決めていたはずなのに俺の意識は消し飛ばされて、寝床に横たわって、それからどうなった。こんな夢を見ているくらいなら、すぐにでも体を起こして一つでも現実を見るべきなんじゃないのか。


 俺の理性がそんな風に叱咤するが、しかし夢は覚める気配を見せない。……まるで現実を追体験させられているかのような状態で、俺は目の前の二人の姿を見つめていた。


「……魔力が何かって、そりゃまた突拍子もない質問だな。なんでそんなことを考えてたんだ?」


「だって不思議だろ? 魔力ってのは普段実体を持たないのに、神経が傷ついて循環が悪くなると途端に体の調子が悪くなっちゃうんだからさ。魔術神経が損傷して魔術が使えなくなるのはそりゃ分かるけど、それで体調まで悪くなるのは絶対におかしいだろ。聞いた話だと、魔力が切れてもいけないみたいだし」


「そうだな、魔力切れも生物にとっては重大な状況だ。どれだけ意志の強い魔術師でも、魔力切れになってしまえばもはやただの人間――いや、それ以下か。魔力を使い果たすというのは、それだけ自らの命を削っているということと同格なんだから」


 まだ子供な俺の疑問を笑い飛ばすこともなく、師匠は丁寧に俺の知らない知識を教えてくれる。……普段は途轍もなく厳しいくせに、そう言う好奇心には喜んで付き合ってくれるんだから師匠のことは嫌いになれなかった。


「じゃあ、魔力は生命力そのものなのか⁉」


「そう言う訳でもない。だが、魔力が俺たちの体の中を循環していることは生きるうえで大きな役割を果たしているんだ。魔力切れでも魔術神経の損傷でも、『魔力が体の中を循環しなくなる』っていう事象においては一緒だろ?」


 少し早合点気味な俺の結論に笑みを返しながら、師匠は正しい答えへのルートを提示する。その言葉を聞いた瞬間、幼い俺の声が大きく弾んだ。


「なるほど、確かに一緒だ! 入れ物の中から水がなくなるか、水を通すための管が止まっちゃうかの違いだもんな!」


「そうそう、よく分かってるじゃないか。魔力を保有するものの体を容れ物として考えるなんて、最近の魔術理論でようやく出てきた考えなんだぜ?」


 やっぱりお前は賢いな――と、師匠は俺の頭をワシワシと撫でる。その手のひらはどこかかさかさしていて、それに撫でられるのが俺は好きだった。……いつから、そうしてもらわなくなったんだっけ。


「まあ、あくまでそれは理論的な話ってだけなんだけどな。どっちの方が戦闘の中で実際に起きたらヤバいかって言われたら、俺は間違いなく魔力切れだって断言できる。魔術神経が切れたとしても体を動かすために大事な魔力は体の中に残ってるわけだけど、それに比べて魔力切れは本当にただ『無い』わけだからな。俺たち人間がそんな状態に追い込まれたら、その時はただ眠る事しかできなくなるだろうよ。俺たちの術式で修復することもできずに、ただ魔力が回復するのを待つしかない」


『……ッ‼』


 師匠が何気なく発したその言葉に、意識だけの俺が思わず息を呑む。なぜ俺がこの光景を思い返しているのか、その意味がようやく腑に落ちたような気がした。


 これはまだ仮定でしかないが、あの部屋に入った瞬間俺が何らかの要因で魔力切れになったのだとしたら今の状況にも納得が出来る。魔力切れという現象が人間の体に何をもたらすか、修復術師である俺はよく理解していた。


 プナークと戦った後のツバキも半ば魔力切れ寸前で、あそこから更に無理をしていたら間違いなくその意識は吹き飛んでいただろう。あれだけの結界を張ってなお体をふら付かせただけで耐え忍んでみせたのは、ツバキの意地がなせる技だと言って良かった。


 それと同じ……いや、それ以上の症状が起こっていたんだとすれば、俺の意識が飲み込まれていったのにも納得が出来る。ひどく単純に、俺の意識は魔力切れからくる強い睡眠欲に従っただけなのだから。


 だが、その結論が出てもなお疑問は残る。それが何かと言われればもちろん、その現象を引き起こした下手人は誰か、そして何が引き金となって俺の体から魔力を根こそぎ奪い取ったのか。


 おそらく村の中の誰か……アゼルが俺に対して何らかの仕掛けをしてきたというのが、今のところは一番の可能性だ。あの部屋に何かが仕組んであったのか、それともそれより前から何かを仕掛けられていたのか。……どっちにせよ、あの村の連中が真っ黒なのはもうほぼ確信していいだろう。


 だが、引き金が分からなければ今後の対策も不可能だ。何か少しのヒントでもいい、今までの事から何かを拾い上げないと――


「……何が何だか分かんないって顔してんな、マルク?」


 加速しながらも空転を繰り返している俺の思考に歯止めを利かせるかのようなタイミングで、師匠の声がこの夢の空間に響き渡る。それに幼い俺が驚いたような顔で師匠を見上げると、おかしそうな笑みが返って来た。


「色々と考えられるのはお前のいいところだけどさ、考えが深く深く潜っていきすぎなのはお前の悪いところだ。『魔力っていったい何』とか、俺たちの研究でも解明しきれてないようなものなんだからな。……お前が思ってるより、世界ってのは単純な事の積み重ねでできてるんだよ」


『「……っ‼」』


 何でもなさそうに放たれたその言葉に、俺はもう一度息を呑む。……今度は、幼い俺とタイミングが完全に重なった。


「問題に関わってるいろんなややこしい事を取り除いて、今起こっている事象だけを見る。どこで起こったとかどのタイミングで起こったかなんてのを考えるのは二の次だ。まずは今その場で起こってる問題に対して完璧に答えを出せるようにならないとな」


 魔力が何かを考えるのはそれからだ、と師匠は俺の問いにそう返して見せる。それが冒頭の俺の疑問への答えだということが分かって、幼い俺は顔をしかめた。


「……師匠、俺の事を子ども扱いしてねえか?」


「してねえよ、これは俺なりの考え方だ。デカい事を考えるためには、目の前のことをちゃんと考えなきゃいけねえからな。そこに答えが出せないのに、もっと大きな問題に挑んでもトンチンカンな答えを出すのがオチってやつだ」


 俺の抗議に肩をすくめて、師匠はあくまでも自分の考え方をそう強調する。それは確かに記憶の中にある光景で、まだ『あの場所』が平和だったころの一幕だ。


 だが、なんで今そんな夢を見たかだけがまだ俺には分からない。今俺に襲い掛かっているのが魔力切れだと、そう理解できたのは大きなことなのだけれど――


「……『お前』には、そんなことを考えてる暇なんざない筈だろ?」


『は……ッ⁉』


『記憶にない』師匠の言葉が急に俺の意識に届いて、俺は思わず叫び声を上げる。いや確かにそんなことを言われたことはあるが、間違いなく今ではない。何かが、俺の夢の中で大きくずれている。


 それに、おかしいのはそれだけじゃない。今まで幼い俺にしか認識していなかったはずの師匠の視線が、なぜだか『俺』の……この場にいないはずの俺に向いている。まるでその言葉が、今魔力切れに追い込まれている俺へのメッセージであるかのように。


「目の前にやって来る問題を一つ一つ超えてこそ、初めてでっかい問題は本当の姿を現してくれる。……今のお前に、いろんなことを考えてる暇なんかないはずだ」


 その師匠の言葉をぼんやりと聞きながら、俺はこの夢を見ていた理由を悟る。これは決して暢気な過去の振り返りなどではなく、今のこの状況を切り抜けるためのもの。窮地に追い込まれている俺が発した、現状を理解するための記憶の現像――


「……行ってこい。お前にとっての答えを見つけに」


 走馬灯なんだ――


「は……っ‼」


 その事実に到達した瞬間、俺は弾かれたように身を起こす。現状を理解できた以上、後はそれを打破するべく動くだけだ。そのためには、多少でも無理はしないといけないのだけど――


「……ん?」


 どうしてだろう、左肩が熱い。まるでカレンに腹を突き刺された時のような痛みが、今俺の左肩で巣食っている。……不愉快な感覚だと、覚醒したての意識がそう結論付けていた。


「嘘だろ、もう起きやがった⁉」


「術式は完璧に起動したはず……‼ なら、どうして!」


 俺の目の前では、二人の男たちが驚きを隠せないといった様子で俺の事を見つめている。……よく見れば、それはさっき俺たちをそれぞれの宿に連行していった二人組で。……そんな荒っぽい口調もできるのだと、そんなとりとめのない事を考えた。


 そんなことを重ねていくうちに、事態を単純に認識することしかできなかった俺の脳みそがゆっくりと活動を開始する。視界が動いて、また変化した現状を捉えんと回転を始める。そうなったときにまず最初に観察しなくてはならないのは、左肩で今もその規模を増している熱の正体で――


「……へ?」


 俺の左肩からは、ナイフの柄の部分が飛び出している。それはつまり、刃の部分は俺に突き刺さってるということで。今まで熱だと感じていたそれは、全て痛みが為していたものだったという訳で。


「が、く」


 その正体を観察した瞬間、俺の背筋に大粒の冷や汗が走る。熱と大まかにくくられていただけのそれが、明確に痛みとして俺の全身を駆け巡り始める。その証明だと言わんばかりに、柄と肌の隙間からどろりとした血がゆっくりとこぼれだして――


「あ……あああああああァァーーーッ‼」


 それが肩口を伝うのと連動するかのように、俺の叫びが小さな拠点の中に響き渡った。

次回、負傷したマルクに状況を打破することはできるのか! まだまだ予断を許さない状況が続く村での一夜、是非息を呑みながらお楽しみいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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