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第十一話『影を繰る少女』

「……その、声は」


 洞窟の中に響いたその声に、目の前で魔物を飲みこんで見せた声の主――ツバキが驚いたような声を上げる。自分の感覚を信じられていないような、少し震えた声だ。


 しかし、その声の主の姿はまだ見当たらない。死角などもない筈なのだが、俺たちの視界にツバキの姿は全く見えてこなかった。


「大丈夫、幻聴なんかじゃないわ。約束通り、貴方を助けに来たの」


 その不可解な状況にも、リリスは戸惑うことなく声をかけ続ける。俺にはよくわからないが、この状況はリリスにとってまた違う意味を持っているのかもしれなかった。


「……本当かい? でも君は、もう壊れてしまったはずで……」


「ええ、他ならぬ貴女の前でね。……だから、直してもらってここまで来たのよ」


 未だ戸惑いを隠しきれない声色のツバキに対して、得意げにリリスは断言する。見えないはずの友人に胸を張るその姿は、こんなところにいるにもかかわらず楽しそうだった。


「……君が偽物だったなら、ボクの全力を賭して死ぬよりも辛い目に合わせるからね」


 聞こえてくる声は、徐々に剣呑さを増していく。リリスという存在が偽物であることは、ツバキにとって最も許せないものなのだろう。その言葉が軽い脅しじゃないのは、今初めてこの声を聴いている俺にも分かった。


「そんなことにはならないわよ。……ほら、そろそろひきこもるのは終わりにしたらどう?」

 

 だが、その姿勢もリリスは苦笑とともに受け止める。見えない友人を抱き寄せるように両手を広げると、そこに向かって暗闇の中から一人の少女が飛び出してきた。


 黒髪を長く伸ばし、その身を覆う防具はほとんどその原型をとどめていないくらいにボロボロになっている。今こうやって出会うまで彼女がどんな苦境を切り抜けてきたのか、それを知るには一目見るだけで十分だった。


「……リリス。……リリスだ、本当に」


「ええ、紛れもない貴女の相棒よ。……間に合って、本当によかった」


 その姿を見てもなお、ツバキは信じられないと言いたげにその場に立ちすくんでいる。他の人間が出てくる気配もなかったし、リリスの予想通りツバキ以外は全滅してしまったのかもしれない。そんな孤独の中でいるはずのない友人と出会えたら、こうなるのも納得できる話だった。


「……それは、ボクのセリフだよ。君が無事でいてくれて、本当によかった……‼」


 しかし、一度現実だと受け止めてしまえばその思いはもう止まらない。目にもとまらぬスピードでリリスに向かって駆け出したツバキの体は、瞬きの後にリリスの腕の中で抱きすくめられていた。


「君が壊れた時、ボクは何もできなくて。君が奴隷になって売られていくのを、見守る事しかできなくて……ほんとうに、ごめん……‼」


「大丈夫、大丈夫よ。……運がいい事に、最高の買い手がついてくれたの」


 うるんだ声で謝罪を繰り返すツバキの髪を、リリスの白い手が優しく撫でる。もはや友達というより、家族のような光景だ。……そう表現しても過言じゃないぐらい、二人の繋がりが強いのは間違いないんだろうけどな。


「私はもう、壊れて使い物にならないあの時の私じゃない。……また、貴女と一緒に戦えるわ」


「うん……うんっ……ボクは、とっても嬉しいよ……‼」


 リリスの胸に顔をうずめ、ツバキは声にならない声を上げる。それを優しく抱き留めるリリスの目にも、大粒の涙が浮かんでいた。


「……良かったな、リリス」


 決して二人に聞こえないように、俺は口の中でそう呟く。あの二人の世界に、俺はまだ必要ないだろう。せっかく再会できた親友の時間に、合理性とかそういう事情で割って入るのはナンセンスが過ぎるってやつだ。俺が動くのなんて、二人が俺の事を認識してからでいい。そうなるまでは、二人の世界にたっぷりと浸っていてくれればいいさ。俺は……まあ、壁にでも張り付いて気配を消しておこう。


 お互いにお互いの体を強く抱きしめ合って、再会を果たした二人はその事実を噛みしめる。……この景色が見るためなら借金なんて安いものだったと、心からそう思えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……おう、二人とも。感動の再会は十分噛み締めたか?」


「ええ、十分すぎるくらいにね。……ごめんなさい、一番の立役者のはずの貴方をずっと蚊帳の外にしてしまって」


 俺が壁と一体化して、大体十五分か二十分くらいは経っただろうか。二人並んでおずおずと俺の方に近づいてきたリリスは、バツが悪そうな目でこちらを見つめていた。


「それに関してはボクからも謝罪させてほしい。決して、貴方の存在が見えていなかったなんてことはないんだ。……うん、ちゃんと見えてた」


「その言い方だとちょっと真偽には疑問が残るな……まあ、見えてなくても全然いいんだけどさ」


 せっかく二人が再会できたのに、その直後に俺を気遣うことなんてしなくてもいい。というか、そうされるのがイヤだから俺は壁になってたんだからな。誰かの友情に水を差す人間にはなりたくないし。


「……改めて、この人が私を買った当人よ。金持ちでも何でもないのに、『仲間が欲しいから』って理由だけで私を買い入れた、本当に変な人。……そして、壊れた私を治してくれた人」


「おう、マルク・クライベットだ。ご紹介の通り、今はリリスの所有者をやらせてもらってるしがない冒険者ってところだな。……気に入らないなら、排除してくれても構わないぞ?」


 リリスの紹介を受け、俺は冗談めかしてそう自己紹介して見せる。そのユーモアをくみ取ってくれるだけの余裕は取り戻してくれたのか、ツバキは苦笑しながらゆるゆると首を振った。


「そんなことはしないよ。リリスの目を見れば、君が邪な気を起こしてリリスを買った訳じゃないことなんてすぐにわかるからさ。……ツバキ・グローザだ、よろしく」


 名乗りとともに差し出された手を俺は迷うことなく握り返し、笑みを交換しながら軽く上下させる。相当訳ありな難しい立場ではあったが、どうにか打ち解けることには成功したとみてよさそうだ。


「助けてもらった側から提案するのも申し訳ないけど、ちょっと現状を整理させてくれ。ボクたちの身に起こったことから、リリスたちの方で起こっていたことまで。……できるだけ、皆が持っている情報は共有しておきたいんだ」


「ええ、とりあえずはそうするべきね。……貴方と商会に何が起きたのか、私もちゃんと知っておくべきだと思うから」


 もうズタボロの状態でありながら、ツバキはいたって冷静にそう提案してくる。その切り替えの早さは、リリスから聞いていた知性的な一面が垣間見えていた。


「ああ、俺もその案には異論はねえよ。……けど、安全に話し合える場所なんてこの辺にあるか?」


 情報交換は何を差し置いてもすべきことではあるが、ここは魔物が闊歩する地下二階だ。一階の石室でならまだしも、ここで一つの地点にとどまることはかなりのリスクを伴いかねない。それが改善できないのなら、とりあえず地下一階まで戻るのが最優先になりそうなのだが――


「ああ、それに関してはボクに任せてくれ。貴方からしたら、ボクがどうしてこの場所で生き残れたのかには疑問が残っているだろうからね」


「……そうだな。隠密や隠蔽とか、そういう搦め手に優れているって聞いてはいたけど」


「うん、まあ大体その通りだね。……今からボクがやるのも、その応用だ」


 リリスからの伝え聞きをツバキは笑顔で肯定すると、唐突にツバキは地面に片手を当てる。そして、もう片方の手を遠くの壁に向かって力強く伸ばすと――


「――影よ、ボクたちに安寧の地を」


「……ッ⁉」


 小さく、しかしはっきりと、中性的な声が洞窟に響く。その瞬間、俺たちがいる空間が何かによって切り離されたかのように黒い壁で覆われた。ツバキの詠唱を真正面から信じるのならば、影の壁とでもいうべきなのだろうか。全ての景色は遮断され、隔絶された空間に俺たち三人だけがいる。その光景に、俺は思わず声にならない叫びをあげた。


「ここはボク達だけの隠密空間。もう少し頑張らないとこっちから外の状況は見えないけど、反対に外側からもボクたちの姿を見ることもできない。さっきまでとは違って、音も通らないように加工済みさ」


――さあ、のんびり話し合うとしようか?


 何でもないように説明を終えるツバキに、俺は内心で感嘆せざるを得ない。ここまでに聞いてきたリリスの言葉に何の誇張もなかったことを、俺はひしひしと思い知らされていた。

ということで、新キャラツバキの本格登場になりましたがいかがでしょうか! 三人になって少し賑やかになった彼らがここからどう動いていくか、ぜひお楽しみいただけると嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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