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第百十二話『村までの道のり』

「……そう言えばノア、あなたは何の研究を専門にしているの?」


 ――これからの仕事に対する話し合いが終わってから数十分後。リリスが唐突にノアへと問いかけたのは、村に続く道をノアの案内で歩いている時の事だった。


 朝早くに出発したこともあって、あたりはすっかり静けさと暗闇が包み込んでくれている。ノアが持ってきてくれた魔力灯とリリスの光魔術が無ければ、俺たちはきっと一メートル先を見通すことすら難しいだろう。バーレイが言っていた辺境と言う言葉に偽りなし、だな。


 当のバーレイはと言えば、『定期的に状況確認に向かう』とだけ俺たちに言い残してアポストレイとともに去って行ってしまった。役割を終えたことを報告しなければいけない都合上仕方のない事ではあるが、これで俺たちは王都へと戻る手段を本格的に失ったというわけだ。


 そんなわけで状況だけを並べるとかなり穏やかではないのだが、俺たちの雰囲気は暢気なものだった。先のリリスの問いかけは、その象徴とも言っていいだろうな。


「ああ、そう言えば言ってなかったっけ。皆の話を聞くのに夢中で、ウチの話が全然できてなかったね」


 ノアもまたその雰囲気にたがうことなく、うっかりしていたと言わんばかりに自分の頭をこつんと叩く。これまた芝居がかった仕草だが、ノアがやるとそれが自然な行動に見えてくるんだから不思議なものだった。


「ウチはね、魔術の構造に関する研究を中心に行ってるの。特にどこかの組織に籍を置いてるわけでもないんだけど、その道ではそこそこ有名なんだよ?」


 論文もいくつか国に提出してるしね、とノアは胸を張って俺たちにその経歴を説明する。後ろで一つ結びにされた赤髪が、誇らしげな感情を反映するかのように大きく揺れた。


 その背中にはかなり大きめなリュックが背負われているのだが、そんな事を苦にする様子もなくずんずんとノアは俺たちの先頭を歩いていく。リリスやツバキとは一回りくらいしか変わらないはずなのだが、その背中はやけに俺の中で存在感を放っていた。


 なんでそんなことになっているかと言えば、さっき気づいてしまったことがずっと俺の中でグルグルと渦巻いているからに他ならない。言ってしまえばこじつけにも等しいものだし、出来るなら否定できる材料が欲しいと思っているのだが、その願いは今のところ叶わなさそうだ。


「研究院と違って、研究のための材料集めとかもお前は一人でやるんだろ? ……アシスタントを雇おうとか、そう考えたことはないのか?」


 一つでもノアについて多くのことを知っておこうと、俺は前を歩く背中に声をかける。それに対して返って来たのは、少しだけ困ったような苦笑だった。


「うーん、考えたことはないでもないけど……。ウチのノリについてきてくれる人がまず貴重だし、その道の中でもウチってちょっと浮き気味だからさ。こうやって誰かと一緒にーってするのはホントに珍しいんだよねえ」


 さっきまで叩いていた頭をポリポリとかきながら、ノアは力ない声を発する。ことあるごとに触っているせいで髪が少し跳ね始めていたが、当のノアはそれに気づいていなさそうだ。ま、癖みたいなもんなんだろうな……。


「研究者たちに連帯意識が薄いというのは、バーレイからも聞いた話だものね……。そう言う話を聞くと、冒険者とは全く違う価値観の業界なんだって思い知らされるわ」


「ボクたちに向いてないってことは間違いないだろうね。別に手柄を独り占めしたいとも思わないし、何なら実際に功績を残すのはボクでなくたって構わないしさ」


「お前の戦い方は典型的だよな。実際賞賛されるのはリリスの方が圧倒的に多いし」


「私としては納得いかないことだけどね。このパーティが私のワンマンだと思っている人ほど、ツバキに勝つことなんて絶対に不可能だっていうのに」


 どいつもこいつも節穴なのよ、とリリスは不満げに鼻を鳴らす。王都の面々が聞いたら首をかしげたくなるような言葉ではあったが、それが的を射た発言であることを俺ははっきりと理解していた。


 確かにツバキの影は直接武器にはならないが、五感を遮断する影の拘束は簡単に抜けられるものではない。宣戦布告の時にクラウスの動きを止めたのだってツバキだし、その実力はリリスに全く引けを取らないのだ。


 というか、人間の身でエルフに、それもリリスくらいの術者に並び立ってることは異常とも言えるんだよな……。その二人を抱えてなお壊滅したあの商会がいかに愚かだったのか、二人と日々を過ごせば過ごすほどその疑問は深まっていくばかりだ。


「へえ、二人とも強いんだね……。ということは、マルクも二人と変わらないくらいに強いの?」


 リリスの賞賛を素直に受けつつ、ノアは俺の方へと話題を向けてくる。……その瞬間、俺たち三人は揃って息をつめた。


 はっきりと言ってしまえば、俺の役割は戦闘の中にはない。二人が全力を出してもいいって安心できる環境を作って待っているのが俺の仕事だし、俺が戦闘の中で果たせる役割なんてほんの少しのものに過ぎない。……というか、俺が戦闘しなくてはならない状況自体が異常なのだ。


 その異常事態が起こった結果があのクラウス戦なわけだし、俺が戦闘に絡んでいるということがどれだけ追い詰められている事を意味するかというのは言うまでもないだろう。だからノアの問いかけには思い切り首を横に振らなければいけないのだが、修復術の事を隠しておきたい都合上そうするのもためらわれるのが難しいところだった。


「……いや、戦闘においてマルクは本当に弱いわね。弱いというか、前に出しちゃいけないというか」


 何気なく――きっと本当に何の悪意もなく投げかけられたであろうその質問に、ゆっくりとリリスが口火を切る。慎重に言葉を選びつくしたそれに追随して、ツバキもブンブンと首を縦に振った。


「うん、マルクは本当に危なっかしいからね。マルクが前に出なくちゃいけない時ってのは、ボクたちが負けている状況にほとんど等しいと思うよ」


「中々厳しい言われようだね……? マルク、何か反論はないの?」


「いや、何もねえよ。俺は戦闘向きじゃねえし、そういうのは二人の仕事だ」


「滅茶苦茶あっさり認めちゃった⁉」


 即座に返された肯定の言葉にノアが戸惑ったような声を上げるが、しかし俺はそれに大きな頷きを返す。俺が積極的に前線に出ることはあの揺り籠が最初で最後だし、もうあっちゃいけない。……また無理をして、リリスを泣かせちゃいけないからな。


「マルクも雰囲気がある人だと思ってたんだけど、まさかの非戦闘員だったんだね……。じゃあ、マルクは二人のバックアップ係なの?」


「そんなとこだな。アイツらが戦いにだけ意識を集中できるように、周りにある面倒な物事をあの手この手で解決しとくのが俺の役割だよ」


 ノアの理解が早い事をありがたく思いながら、俺は自分の役割をそんな風にまとめる。いつだったかリリスたちが俺の存在を命綱だと評してくれたことがあったが、今でもその役割は変わっていないような気がした。


 二人が迷い無く力を振るうことが出来れば、この世界全体を見渡してもリリスたちが手も足も出ないような手合いはそうそういないだろう。だからこそ、俺はその才能を最大限サポートするところに全力を回せるのだ。まあ、それでも二人に作戦面で頼ってしまうことは今でも多いのだが……


「……うん、いい役割だね。話を聞けば聞くほど、三人の関係が羨ましいや」


 気が付けば、ノアの目がこちらをまっすぐに見つめている。その瞳の中に写った俺の口元には笑みが浮かんでいて、それで俺は初めて自分が微笑んでいることに気が付いた。


「……三人とも仲間のことを信頼していて、その人たちのために思い切り力を振るえる。君たちがいてくれるなら、きっとあのダンジョンだって目じゃないね」


「ええ、当然よ。私たちはこんなところで終わるわけにはいかないもの」


 ノアの賞賛に、リリスがいつも通りの声色でそう答える。ここすらも通過点でしかないと宣言するそれはとても強気で、俺からするととても頼もしかった。


「そうそう、その意気だよ! まあ、そのモチベーションのままダンジョンに直行できない事だけが残念だけどね……」


「そうなのかい? ボクたちは睡眠もとってるし、向かおうと思えば向かえなくもないと思うのだけど」


 珍しく言葉を濁したノアに対して、ツバキは怪訝そうな表情を浮かべる。すると、ノアが申し訳なさそうに首を横に振って――


「……ううん、そうもいかないの。なんせあのダンジョンは、村が管轄する土地の中にあってさ」


 そう切り出すと同時、ノアの手に持たれた魔術灯が少し先の景色を映し出す。そこには、厳重に組まれた木製の塀が高々とそびえたっていた。


「いくらこの夜だって、村の人たちの目を完全にかいくぐることはできないの。……だから、ホントはしたくないけどちゃんと挨拶はしなくちゃね」


 その塀を指し示して、ノアはいやいやと言った感じでここからの動き方を口にする。……その眉間には、珍しく深いしわが寄せられていた。

次回、ノアが警戒心を抱く村へと足を踏み入れていくことになるかと思います!どんなものがそこで待ち受けているのか、ご期待いただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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