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第百十二話『厄介な攻略対象』

「……魔喰とは、またずいぶん物騒な名前ね。そんなものをこの村の人は崇拝してるわけ?」


「ああ、そうだ。ダンジョン名はあくまで通称でしかないから、彼らなりの呼び名があるのかもしれないがな」


 肩を竦めるリリスの問いかけに、バーレイが自分なりの仮説を立てながら答える。この中で唯一村の実情をよく知るノアが、そのやり取りに口を挟んだ。


「……うん、多分あると思うよ。厳しいルールでもあるのか、ウチの前だと決して呼んでくれないけど……だけど、あの人たちは『魔喰の回廊』とも呼ぼうとしないからね」


「いよいよもって宗教と言うか、得体の知れない崇拝じみて来たね……。ボクの知る限りだと、こういうのは集団においてロクな役割を果たしてくれないと思うのだけど」


「ああ、わが国もツバキと同じ意見だ。だからこそ魔術的な知識を豊富に蓄えている研究院に話が行き、こうしてノアやお前たちの力を借りようとしている。……戦闘において研究院は不得手なのだが、それを言って理解してくれるわけでもないからな」


 軽くため息をつきながら、バーレイはここまでの経緯をそうまとめる。その話を聞いている限り、どうやら国の上層部も研究院のことを完全に理解しているわけではないらしい。……まあ、知識が一番ある場所がそこである事だけは間違いないんだろうけどな……。


「それで雇われのウチたちに話が回って来る、ってわけだね。……まあ、個人的な好奇心が絡んでるのは全く否定できないんだけどさ。村人から信仰されてるダンジョンとか、何もないわけがないし」


 少し沈んだ様子のバーレイをよそに、ノアは軽く舌を出してカミングアウトを一つ。まだ見ぬ何かに期待を膨らませる表情は、確かに研究者の浮かべる表情とよく似ていた。


 しかし、それを見てもバーレイの表情は晴れないままだ。眉間にしわが寄ったその顔をノアはしばらく見つめていたが、やがて観念したと言わんばかりにへにゃりと表情を崩した。


「……なんだけど、ウチ一人じゃ調査には限界があってねえ……日に日に村人さんたちの視線も厳しいものになってくし、そろそろ『成果が出ないならもう帰れ』とか言われちゃいそうで」


「……つまり、調査は難航してるってことか」


「そういうこと。あのダンジョン、少し――いいや大分変った作りしててさ。間違いなく何かを隠してるんだけど、それがあるところまでたどり着けなくってさ」


 大きく肩を落として、ノアはここまでの調査状況を説明する。届きそうで届かない手掛かりを追いかけることは、ノアにとってかなりもどかしいものであるらしかった。


「それじゃあ、その行き詰った現状に風穴を開けるのがボクたちの役目か。……なるほど、確かにボク

達には向いている仕事かもしれないね」


「謎解きで貢献できる気はしないけど、力技なら覚えがあるものね。……少しだけ、話が分かりやすくなってきたじゃない」


 調査と聞いて少しだけ表情を曇らせていたリリスだったが、その概要を知るにつれて少しずつだが元気を取り戻している。こぶしを握り締めるその横顔は、自分の実力に対する信頼であふれていた。


 その実力を知らない人が見たら傲慢な姿にも思われるかもしれないが、リリスの場合はちょっと傲慢になるくらいで初めて正当な評価だ。『プナークの揺り籠』でいくつもの死線をくぐって来た彼女の実力は、初めて出会った時に比べても劇的な進化を遂げていると言えた。


 その突破力が必要となるような仕事なら、王都にも俺たち以上の適任はいないと言えるだろう。成り行きで成立した話ではあるが、ウェルハルトの人選は的確だったというわけだ。


「……まあ、大方その理解で問題ないな。素材や情報を持ち帰ってさえくれれば、私たち研究院が総力を挙げてその分析を行うことが出来る。それで害のないものと解明できるならよし、被害をもたらしうるものならば憲兵が取り締まりに出る。……国が正しい決断を下すために、お前たちの力が必要なんだ」


 俺たちの話をまとめ上げたバーレイはおもむろに立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げる。ここまでその詳細を全く話してこなかったことには不満もあるが、その事情の奥深さを思うともう文句は言えなかった。


「……結局は、その『魔喰の回廊』とやらを攻略すればいいんだろ? ……まあ、前の時みたいに明確な主が居るかとかは分かんないけどさ」


「……いや、それでいい。『それらしいものは確認できなかった』という事実も、私たち研究院にとっては大事な手掛かりの一つだ。……もっとも、適当にそう報告されるのは論外だが」


「そんなくだらないことしないわよ。あなたたちが誠実な対応をしてくれるなら、私たちだってそれ相応の誠意を返す。それが協力関係って奴でしょう?」


 ほぼノータイムで返って来たリリスの言葉に、バーレイは満足そうな笑みを返す。最初からその返答しか想定していないようなレスポンスの速さに、俺はひっそりと肩を竦めた。


 ……まあ、何はともあれ俺たちのやるべきことは単純らしい。ダンジョンを攻略して、そこにある素材やラ情報やらを研究院の下へと持ち帰る。戦力の補充的な観点で見るのであれば、なるほど確かに俺たちの存在は重要なものになって来るだろう。俺たちがいかに戦力になれるかというところこそが、この探索の成否を分ける一番の要素――


(……そのはず、なんだけどな)


 ノアの全身を見つめながら、俺は内心そう呟く。失礼なことだと分かっているし、今ここでそれを言いだしてしまえばこの雰囲気に水を差すことになるのも分かっている。だけど、一度気になってしまった違和感はどうしてもぬぐうことが出来ない。何気なくノアを見つめた時に感じたひっかかりが、彼女の言葉を聞くにつれてどんどんとその存在感を増してきていた。


 ……まだ俺たちは、何か重要なことを聞かされていないことがあるんじゃないだろうか。長期間ダンジョンに挑み、そして撤退を繰り返し続けた人にしては、あまりにもノアは……


「……マルク、何かあったかい?」


 再現悪深まっていく思考を、ツバキの声が現実へと引き戻す。気が付けば、ツバキが俺の目の前でひらひらと手を振っていた。


「……んや、大丈夫だ。この先どんな風に動いて行こうかなって少し考えてただけだからな」


「おお、意欲ばっちりだね! その作戦会議、ウチも混ぜてもらっていいかな?」


 俺が繰り出した咄嗟の言い訳を信じて、ノアが上機嫌に身を乗り出してくる。そのあまりの素直さに、俺は思わず苦笑するしかなくて。


「……そうだな。せっかくだから二人も案出してくれよ」


「それがいいね! 何せあたしたちはチームになるんだからさ!」


 俺の控えめな誘いに乗っかり、ノアが元気よく二人に向かって手を伸ばす。俺たちを迎えに来ただけだからなのか、丈が短めな袖からは血色のいい肌がはっきりと露出していて――


「……俺の考えすぎであってくれよ、頼むから」


『かすり傷一つついていない』ノアの肌を見つめながら、俺はぼそりと呟いた。

マルクが感じた疑念がこのあと一体どんな形で紐解かれていくのか、まだまだ安心も楽観もできない状況です。そんな中でマルクたちはどう動いていくのか、どうぞご期待いただければなと思います!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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