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第十話『地下に潜む気配』

「……何度歩いても、この暗さは慣れねえな……」


「光源があるとはいえ、頼りないものなのは変わりないものね。この辺りは魔力も濃いし、うっかりすると魔術が暴発してしまいそうで敵わないわ」


 地下二階へと続く階段を、俺たちはゆっくりと降りていく。はやる気持ちはあっても、その焦りがどんなトラブルを引き起こすかなんてわかったもんじゃないからな。リリスからしたらじれったいかもしれないが、これくらいでちょうどいいと俺は思っている。


「……アイツらの目的地は、この階段を降りた先って思えばいいんだよな?」


「ええ、そう言ってるのを何回も聞いてきたわ。アイツらとしても商談を成功させるのが第一でしょうし、それ以上に欲を掻くような真似はしないはずよ」


「このダンジョンに金目当てで来てるって時点で、欲張りなのは間違いないんだけどな……」


 なんせあのクラウスさえも踏み込むことをためらうような迷宮なんだ。ここの素材を持ってこられれば一攫千金どころの話ではないが、それにしたってもう少し安定した稼ぎも見据えられただろうに。


 リリスを戦力として抱えてたくらいの商会だし、そこいらのダンジョンなら息をするように制圧できてしまうだろう。金持ちのボンボンが立てた商会って言ってたし、上々ぐらいの稼ぎじゃ満足できない体質なのかもしれないけどな。


「あの商会に人としての理性を求めるだけ無駄よ。あの子の存在が無かったら、私はすぐにでも商会のメンバーを全員倒して逃げ出してたわ」


「そりゃまた野蛮な選択肢だな……でも、そういやなんでそうしなかったんだ? その友達とも協力してやればよかったじゃねえか」


 力づくが過ぎる手段ではあれ、リリスだったらまったく不可能ではない……というか、涼しい顔をして達成してしまいそうだ。待遇が悪かったのは今までの話からも垣間見えるし、別に脱走したって罰は当たらないと思うのだが――


「……あの子の家族、商会の主に脅されてるのよ。たとえ私たちがその商会を壊滅させたとしても、それまでの少しの時間にどうやっても連絡は行く。それであの子の家族が傷ついたとき、私は責任を取れないわ」


 顔を曇らせて、リリスは悔しそうに唇を噛む。あの場所でどうにか耐えていられた理由である彼女は、同時にリリスを縛り付ける枷にもなってしまっていたわけだ。


「そうなったときにあの子が平然としていられるわけがない。それが分かったから、私はあの子と一緒に沈黙することを選んだのよ。いつかこの商会の命運が尽きて、あの子を縛る枷が自然にほどけるまで」


「……つまり、今が一番のチャンスってことか」


「そういう事よ。だから、私はあの子をなんとしてでも助けないといけないの」


 今まで何度もたどり着いてきた結論にもう一度たどり着き、リリスは踏み込む足に力を籠める。それに呼応したかのように、階段の終わりが俺たちの前に現れた。


 さっきまでの整然とした石室と違って、ここはもう純正の洞窟と言った感じだ。特に整備がされている様子もなく、踏みしめる地面はざらざらとしている。……ただ、一番の違いはもっと別のところにあった。


「……血の匂いが、濃いな」


「おまけに魔物の気配もうじゃうじゃしているわね。……あくまでここからが本番だって、冒険者たちにそう警告してるみたい」


 鼻を突く鉄の匂いに、俺は思わずのけぞる。人にせよ魔物にせよ、ここには死の気配が充満していた。ここに足を踏み入れた命は全部等しく死んでいくのではないかと、そう錯覚するくらいに。


 冒険者として魔物と戦っていればその匂いはどうしても慣れていくものだが、ここの密度は今までに体験してきたそれとは段違いだ。今しがたここで大量の何かが死んだんじゃないかと、そう推測したくなってしまうような濃い気配が、俺の気分を否が応にも曇らせていた。


「これだけ血の匂いがしてるってことは、やっぱり最近人が来たってことになるんだろうな。それが商会の連中だったら、嫌な想像をせざるを得ねえけど――」


「……いいえ、あの子は生きているわ。いつだってちゃっかりしてて、どこまでもしぶといのがあの子の取り柄だもの」


 俺の脳裏によぎった予感を、リリスは力強い言葉で否定する。それは決して希望的観測などではなく、リリスという少女から無二の友人への信頼だった。


「上から何も分からなかった時は肝を冷やしたけど、ここまで下りてきてしまえば魔力の気配を関知できるみたいね。もしかして、あの階段も転移のギミックが仕込まれてたのかしら」


「実際にあの部屋の地下にあるわけではないから、何も拾える情報がなかったってことか。……あながち間違いじゃなさそうなのが怖いな」


 一度そういう搦め手の存在に気が付いてしまえば、それはどうしても頭の中にこびりついて離れてくれない。あるいはそれも罠なのかもしれないが、ここもまた悪辣な迷宮の一部であることには変わりないのだ。


 もしかしたら、ここに踏み込んだ時点でその罠は起動しているのかもしれない。そんなことを思うと、この場に長居すること自体が憚られるような気がした。


「……リリス、その友達の魔力反応は拾えそうか?」


「……時と場合による、としか言えないわね。あの子が戦闘を始めれば拾えるけど、潜伏体勢に入ったあの子のことは魔力感知じゃ絶対に見つけ出せないもの」


「そうか。……それじゃあ、とりあえず動いてみるしかねえな」


「ええ、ここに長居するのもあまり気が進まないし。……最速最短で、あの子の気配だけを見つけ出しに行くわ」


 そう言い切って、リリスは手近な通路へと歩いていく。魔力感知なんかに頼らずともここら辺に魔物が多い事は分かり切っているので、出来る限り足音は殺して、ゆっくりと。もどかしい足取りではあったが、一つの戦闘が起こってしまえばそこから芋づる式に戦闘が連鎖することだってあり得るのだ。


「友達を見つけ出せるかもわからないうちに、無駄なリスクはとりたくねえ……」


「戦闘のせいで方向感覚が狂わされるのも御免だしね。こんな場所じゃおちおちマークを刻めないのが困ったものだわ」


 小声で方針を確認しつつ、俺たちは慎重に洞窟の中を進んでいく。リリスが作り出してくれた光源が無ければ何も見えなくなってしまいそうなその地形は、五感の全てを使って俺たちの不安感をあおってきているかのようだった。


「あの子が一人で生きてるんだとして、それに耐えられているかどうかも問題だよな……さすがの『修復』でもメンタルまでを治せるわけじゃないし」


 ケガも治せないし、修復の術式はそんなに万能ではない。クラウスに対しては何の申し訳なさもわいてこないが、治せないものに対する罪悪感というのは少なからずあるのだ。リリスの友人も、もしそうなってしまっていたら――


「大丈夫よ。あの子はそんなやわじゃないから」


 そんな俺の不安を、リリスは全幅の信頼をもって蹴り飛ばす。ともすれば自分に対して持っている以上の信頼を、リリスはその友人に対して持ち合わせているようだった。


 それほどの信頼が生まれるまでに、いったいどれだけのやり取りがあったのだろう。きっと、俺には想像もつかないくらいの長い長い時間がそこにはあるはずだ。……助けなければならないと、強く思う。


「……一刻も早く、お前たちをもう一回引き合わせてやらないとな」


「ええ、私は寂しくて仕方がないもの。……だから、一秒でも早く会いに行かないとね」


 俺の言葉に小さく頷くと、リリスは突然くるりと俺の方を向き直る。突然の行動に対して俺が何か質問するよりも早く、ひったくるような勢いで俺の手がリリスに握られた。


「しっかり握り返してなさい。あの時の二倍――いや、五倍は飛ばすから」


「おい、それって……うおおおおッ⁉」


 俺が確認するのも待たず、リリスは俺たちが今まで来た道を超高速で戻っていく。一歩踏み込むたびに景色が流れるのは早くなり、リリスにしか見えない目的地に向かって右へ左へ迷宮を駆けまわる。その途中で何匹かの魔物を吹き飛ばしていたが、そんなことはお構いなしだ。


 後ろから時折覗けるその表情には、明らかな確信がある。リリスの目には、助けるべき存在が明確に見えているのだ。――それなら、リリスに身を任せるのが一番というものだろう。


 できるだけ横や後ろを見ないようにしながら、俺はリリスとともに迷宮を途轍もない速度で駆けまわっていく。その速度は、どんなに高性能な馬車でも追従することは不可能だと確信できた。


「……この辺りよ。この辺りから、あの子の気配が」


 その速度に身を任せて、一体何分が経っただろうか。リリスは急速にその速度を緩め、友人の気配を探してあちこちに視線を投げる。俺もそれに倣って、何か手掛かりはないかと視線をさまよわせていると――


「……ん?」


 少し先の通路からのぞく景色に、俺の目が釘付けにされる。暗いせいでぼんやりとしか見えないが、体長三メートルはあろうかという四足歩行の魔物が不自然な様子でもがいていた。まるで底なし沼にはまってもがいているかのように、どれほどバタついてもその体が前に進むことはない。むしろ、その体はより何か深みにはまっていっているかのような――


「……リリス、あれってもしかして」


 その方向を指さして、俺はリリスに念のため確認を取る。その指し示す方向にリリスも視線を向けたその瞬間、リリスの目がぱっと見開かれた。


「……ええ、間違いないわ。あんなトリッキーな魔術を使えるのは、私の知る限りあの子しかいない。だってあれは、あの子の――」


「……影よ、飲みこんでくれ!」


 リリスの言葉を引き継ぐかのように、中性的な声が洞窟の中に響く。その言葉がトリガーとなったかのように、その魔物は何かの中に引きずり込まれて見えなくなっていった。


 目の前で起きてもなお信じられないぐらいに、その芸当は抜きんでたものだ。それもリリスみたいに力技じゃなく、とても独特な方向に突出している。ちょうどそれは、リリスが語っていた友人の特徴と一致するもので――


「……やっぱり生きていてくれたわね、ツバキ!」

次回、リリスの友人の状況はいかに! キャラも増えてまだまだ盛り上がっていきますので、どうぞ応援していただけると嬉しいです!ブックマーク・評価等ポチッとしていただけると喜びます!

――では、また次回お会いしましょう!

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