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第百六話『普通の定義』

「……ああ、バーレイか。そっちこそ、ローナンへの話は終わったのか?」


 コックピットから帰って来たバーレイの声に、俺は今気づいたといった風を装って返す。バーレイは疲れた様子も見せず、俺の問いかけに対してこくりと頷きを返した。


「俺はまだ眠気が来てないからな。せっかくこいつらが安眠できてるみたいだし、起きてきたらそれと入れ替わって俺も寝るよ」


 それを確認した後、俺は伸びをしながらそう答える。眠気が来ていないというのも本当の事だったが、睡眠をとらない本命の理由はまた別にあった。


 いくら言葉を重ねた相手が起きてくれているとはいえ、パーティ全員で一斉に眠ってると不測の事態に対応できないかもしれないからな……。この舟の戦闘性能が高いのは知っていても、中々俺も眠ろうという気にはなれなかった。


 俺の最悪の想定に基づくのならばそれが襲来するのはこの舟の内部、つまりバーレイからになるだろう。――いくらここまでの旅が快適だったんだとしても、ここが研究院のホームグラウンドであることに変わりはないからな。俺まで気を緩めて二人の身に危険が及ぶなんてことは間違ってもあっちゃいけないことだ。


 そんな事を考えながらの返答をどう受け取ったのか、バーレイはますます目を細める。そのまま俺の隣の座席へと腰を下ろすと、背もたれに大きく体重を預けた。


「……仲間思いなのだな」


「これくらいなんてことねえよ。二人が一分でも長く熟睡できるなら、俺の睡眠時間が減ってクマが出来ようが安いもんだ」


 バーレイはそれを賞賛すべき行為として見ているのかもしれないが、俺からしたら本当に何でもないことだ。……まあ、同じことを二人の前で言ったらお叱りを受けてしまうかもしれないけどな。俺がクマを作ってたら二人はそれだけで察してしまうだろうし、そう成らないくらいにはしっかり寝るつもりだ。


 だが、俺にとっての二人がそれくらい大きい存在なことは事実だ。だからこそ全力で大事にするし、それを脅かそうとするなら容赦はしない。……たとえそれがある程度気のしれた奴であろうとも、二人を傷つけようとするならばその時点で俺の敵だ。――その考え方は、今俺の隣に座っている奴に対しても例外ではなかった。


「……物騒な目をしているな。それが私に対するお前の本心か?」


 知らないうちに表情が険しくなっていたらしく、バーレイが冗談めかして俺にそう問いかけてくる。それもまた世間話の一つだったのかもしれないが、俺は迷い無く首を縦に振った。


「ああ、お前たちのことはしっかり警戒してる。出来るなら仲良くしたいのが本音だけど、生憎俺はネガティブ思考だからさ」


 笑みは忘れないように意識しながら、俺はバーレイの問いかけを肯定する。それを見て何を思ったのかは分からないが、バーレイは口の端にふっと笑みを作った。


「……大丈夫だ、私たちに害意はない。これでも研究院はお前たちのことを高く評価しているのだぞ?」


「体のいい実験体として、の可能性だってあるだろ? よくしてくれるお前には申し訳ないけど、研究院のトップがアレだとその下についてる奴らのことも疑わなくちゃいけなくてな」


 苦笑を浮かべつつ、俺はきっぱりとバーレイにそう宣言する。朗らかな時間を過ごした関係性ではあるが、それでも俺の立ち位置だけははっきりとしておかなきゃいけないからな。


 最悪の想定を常に考えて動くのは俺の仕事だと、俺は『プナークの揺り籠』で二人に誓ったのだ。ウェルハルトがリリスを見る視線はどう考えても普通のものじゃなかったからな。あの時は戦闘テストに付き合わされただけだったが、リリスがアイツの申し出を受けてたらいったい何をされていたか分かった物じゃないし。


「俺が守るのはあくまでリリスとツバキだ。そこだけは勘違いしないでおいてくれ」


「ははは、嫌われてしまったものだな。院長はアレだし、お前の警戒心が正しいとも言えるが」


 警戒心を前面に押し出す俺に対して、バーレイはしかし満足そうな笑みを浮かべている。その眼はいつの間にか大きく開かれており、隣に座る俺の事をじいっと見つめていた。


「しかし、この場までその警戒心を感じさせずにいるとはさすがだな。それがもっと前に出ていれば、ローナンは縮こまって動けなくなっていただろうに」


「本心を押し隠すのはちょっと前までさんざんやってたからな……。それだけはあそこにいた恩恵があるってもんだ」


 バーレイの賞賛を受け、俺はため息をつきながら軽く手を横に振る。相手に警戒を気取られていないこと自体は良い事なのだが、それが身についた経緯を思えばため息も出ようというものだった。


 クラウスと言いカレンと言い、『双頭の獅子』のリーダー格は大体不満の感情に敏感だからな……。普段の生活でそれを気取られてちゃシャレにならないし、気が付けば身についていたっていう方が的確ではあるのだろう。……まあ、まさかそれがこんなところで役に立つとは思ってなかったけどな。


「本心隠して接さなきゃいけない相手とか、ほいほい現れてほしくないしさ……」


「それに関しては私も同感だし、出来るならお前にも心を開いてほしいと思っているんだがな。……ここは一つ、私が持つ情報を開示するとしようか」


 少し悪い顔をしながら、バーレイは俺にそう切り出してくる。しかし、俺は耳を塞ぐ仕草でそれに拒否の意を示した。


「別に言わなくていいよ、それを聞いたくらいで信用しきれるわけじゃないし。……というか、それってここまで隠し事をしてたってことにほかならねえだろ」


 聞いたからもう後戻りはできない、なんて脅しをされるのもイヤだしな。信頼しないってのは深く踏み込んでいかないってことで、踏み込まないってのは必要以上に聞かないってことなのだ。


 事実、俺は修復術のことを伝えていない。追放されたことも伝えてないし、話したことと言えば二人とダンジョン探索を通じてパーティを組むことになったということくらいだ。リリスたちはそれを不思議そうに見ていたが、何も言わないでいてくれたのがありがたかった。


 耳をふさいだままぶんぶんと首を横に振る俺の様子を、バーレイは目を丸くして見つめている。瞬きの仕方を忘れたのかと言いたくなるくらいにその姿勢が続いたのち、塞いだ手を貫通して聞こえてきたのは楽しそうなバーレイの笑い声だった。


「……本当に、院長の言った通りだったな。マルク・クライベット、お前は最高に面白い人間だよ」


「……何つーか、褒められてんだか皮肉なんだか判断に困るお言葉だな」


「とんでもない、私が贈っているのは最大級の賞賛さ。お前はどこまでも非凡で、しかし凡人のようにも思える。……こんな人間、会おうと思ってもなかなかお目にかかれるものではないさ」


 俺の方を見つめるその瞳はきらきらと輝いていて、その言葉に嘘偽りがない事をいやでも思い知らされてしまう。……俺の口から、思わずため息がこぼれた。


 その言葉に偽りがないということは、バーレイから放たれた一つの情報もまた真実であることを意味する。バーレイが伝えたかった情報ってのは、大方それの事のはずで――


「……アイツ、俺の事を『面白い』だなんて言ってやがったのか……」


「ああ、私に仕事を依頼するときにな。『あの男のことを観察できるのが羨ましい』と、院長はとても羨ましそうに言っていたよ」


 俺の予想を肯定しつつ、バーレイはさらに一つ情報を付け加えてくる。……どうやら、あの場で俺が取られていたのは一本どころの話ではなさそうだった。


「俺、出来る限り目立たないように振舞ってたつもりなんだけどな……」


「数々の研究を革新に導いてきた手腕は伊達ではないさ。というか、私の目から見てもお前は特異な存在に見えていたぞ?」


 ここまで警戒されていたとは思わなかったがな、とバーレイは豪快に笑う。それを聞きながら、俺は思考が停滞しているのを感じていた。


「……うまい事、警戒心は悟られないように動けてたはずなんだけどな」


「ああ、それに関しては間違いない。今日ここで話を聞くまでその事には気づけなかったからな。人並み程度の警戒心はあると思っていたが、それもすっかり打ち解けられたと思っていたよ」


 頭を掻く俺を見つめながら、なおもバーレイは笑みを深めていく。それに俺が怪訝な表情を浮かべると、その細長い指が一本立てられた。


「私は院長からお前たちのことを聞いていてな、リリスが圧倒的な力を持ち合わせたエルフであることもツバキが稀有な影魔術の使い手であることも知っている。……そして、その二人の両方ともがこの世界に数えられるほどしかいない存在であることももちろん知っている」


 警戒されかねんから話してもらえるまでは切り出さなかったがな、とバーレイは独白する。そこまで聞いてもなお、俺が目を付けられた理由は見えてこなかった。


「……じゃあ、その二人に注目が行くはずだろ。その中で、どうして俺なんだ?」


「なに、逆説的な話さ。普通というのは流動的なもので、並外れた物の中に普通の物が紛れれば目立ってしまうのは普通の方だ。……お前が目を付けられたのは、それと同じだよ」


「……っ!」


 そこまで聞いて、俺はバーレイの……いや、その奥に居るウェルハルトの思考パターンをようやく理解する。一度分かってしまえば、確かにそれはおかしいくらいに簡単なもので――


「世界でも稀有な存在であり、色々な人間に重宝されるであろう二人から信を置かれ、リーダーとしてふるまう普通の少年。……それが本当に普通の存在なのだと言われても、信じる理由なんかどこにもないだろう? ……だからさあ、聞かせてくれ」


――お前は、一体何を隠している?


 いつの間にかこちらに身を乗り出しながら、バーレイは俺にそう問いかける。いつの間にか話の主導権を握られている嫌な感覚は、コイツの上司と話した時に感じたものとよく似ていた。

 有効な関係を築ける可能性だってありますが、やはり研究院と冒険者と言う違いがある事には変わりなく。それは視座の違いになり、そして考え方の違いになりえるわけです。そんなわけで注目を浴びてしまったマルクですが、次回どう出るのか! どうぞお楽しみに!

――では、また次回お会いしましょう!

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