足らぬ足らぬは金が足らぬ
真珠湾攻撃及びマレー沖航空戦の大成功により、帝国海軍は航空主戦に舵を切った。
今後の戦艦建造は中止。重巡洋艦の建造すらも中止する。そして残った全てを空母と駆逐艦につぎ込む…はずだった。はずだったのだが。
その予算が、潜水艦に持っていかれちゃったのである。
戦争におけるひとつの作戦として、通商破壊作戦というのがある。敵国の輸送船団をぼこぼこに叩いて、補給を滞らせる作戦だ。
この作戦においては潜水艦がとても有効である。なぜなら隠れて接近できる上、潜水艦を攻撃するのはとても難しいからだ。つまるところローリスクハイリターンな戦術だといえよう。
だがこの通商破壊作戦、こちらが被害者となってみるととても痛いのである。帝国海軍の場合はその傾向が深刻である。
そこで対潜水艦戦術の研究を専門とする機関が海軍に存在する。
1938年頃、そこでとある研究結果が発表された。
「いかに水中探信儀の能力を向上させたところで、船速が20ノットを越えると雑音により潜水艦の探知は不可能となる」
これに目を付けたのは潜水艦建造の権威である。20ノット以上では潜水艦を探知できないならば、潜水艦が20ノット以上で逃げれば探知されないということだ。
ここを詳しく説明すると、まず潜水艦が20ノット以上で逃げる。すると水上艦は20ノット以上で追走しないと潜水艦に追い付けない。しかし20ノット以上で航行すると潜水艦を探知できない。こういう理屈である。
そこで海軍艦政本部の潜水艦部門は高速潜水艦の建造に着手。なんと水中速力24ノットで航行可能な潜水艦の量産に成功し、早くも通商破壊で大活躍する。
しかし、この高速潜水艦は最新技術をふんだんに採用している。よって一隻あたりの単価がアホみたいに高い。しかし通商破壊するには数が必要なのだ。
さて、予算が足りない。どこから持ってくるか。
例によって空母の予算からである。
このお陰で空母用の予算が大きく食い散らかされ、なんと1943年までに大和型二隻分の予算で飛龍サイズの空母を30隻建造しろと抜かす予算が1942年初頭に爆誕したのである。
無茶である。
無茶はよそに押し付けるしかない。どこか海軍の無茶を押し付けられそうな会社は…
あった。北海道炭鉱グループである。
例によって平賀譲造船中将が山吹色の菓子折りを持って土下座しに行った。
話を聞いた社長はこう話した。
「話はわかりました。ワシもアメさんに殺されて死にたくはないから作ってやりましょう。けどな中将さん、あんたとこが提示する予算額がだんだん減っていって、フネができたのはいいけどカネ払えません、ってなるのは目に見えいるんです。」
「その件に関しては誠に申し訳なく…」
「言い訳は聞きません。今回も払えないと思われる分は別商品の購入で埋め合わせて頂きます。」
そして平賀中将が連行されたのは室蘭にある北海道炭鉱グループの子会社、室蘭技研興業であった。
そして社長は契約書をヒラヒラさせていい放った。
「ここに航空機用の2200馬力のエンジンと2400馬力のエンジンがあります。これをそれぞれ毎年1万機ほど買ってください。」
無茶である。2000馬力を越えるエンジンを積める飛行機など平賀中将の知る範囲では存在しなかった。それなのにエンジンだけ年間1万機も買うなど不可能だ。
「その表情では難しいようですね。あぁ困りました。このエンジンは三菱の依頼でわが社が総力を挙げて血の汗を流して開発したエンジンなのに…。」
平賀中将は恐れおののいた。三菱は艦政本部としても重要な取引先。そこから依頼されて作られたエンジンを買わないわけには行かない。だって輸送船の建造止められたら困るし…
平賀造船中将はその契約書を持って海軍省に戻った。そしてソッコーでサインして北海道炭鉱グループ本社に郵送した。
さて、面倒を押し付けられて困ったのは海軍空技廠である。
空技廠は2000馬力エンジンを求めて中島飛行機にめちゃくちゃな額の援助をしていた。そう、皆さんご存じの誉エンジンである。栄エンジンを元に気筒数を増やしたこのエンジンは故障が頻発するポンコツではあるものの、何とかモノになりつつあった。しかしそれも中島飛行機に莫大なカネをつぎ込んだからであって、中島が売り込んできたわけではない。いわば中島飛行機に無理難題を押し付けた形なのだ。
そんな状況で、他社が作った同じコンセプトのエンジンを買わなければならない状態が来てしまった。しかも、いいえと答えようものなら戦争継続が不可能になるレベルで。
困ってしまった空技廠は仕方なく結論を出した。新型機のエンジンはすべて北海道炭鉱グループと三菱から提供されたエンジンを装備し、現行の機体も北海道炭鉱グループのエンジンに換装するという結論を。
悲しそうな雰囲気であるが、読者諸君はこのようにお考えではないだろうか。「あれ?ハ43とハ42に値するエンジンがたくさん手に入ったんだからいいじゃん。北海道炭鉱グループってとこめっちゃ大盤振る舞いじゃん。中島飛行機との関係以外、なんも都合の悪いことなくない?」と。
逆である。都合の悪いことだらけである。それぞれ年間1万機購入するとしたら、確実に予算が足りない。だから他のところの予算を削らなければならないのだが、飛行機の予算は削ることができない。なぜなら航空手主兵の時代になったから一機分たりとも予算を減らせない。艦政本部と違って削れる予算がないのだ。
ならどうするか。予算を置き換えるしかない。前にも記した通り、現行の軍用機のエンジンをすべて北海道炭鉱グループのエンジンに置き換えるしかない。それは練習機も例外ではないのだ…
これにより、海軍航空隊は「馬力は上がったが機動性と航続距離が落ちる」現象に悩まされることになるのだが、それはまだ二年ほど先のお話。